第一話:お口が小さい撫子
「いただきます」
わたしは目の前の朝食に手を合わせる。机を挟んだその向こうで撫子(ナデシコ)がまじまじと見つめてくる。同棲し始めて一ヶ月。まだわたしの朝食に慣れていないようだ。
「撫子。まだ慣れない?」
「あ…。うん…」
撫子は少し申し訳なさそうにそう答えた。そんな事じゃ怒らないのに、と思いながらわたしは朝食にフォークを滑らしカットする。撫子の小さなお口には到底入りそうにない大きさだがそのままフォークで刺し彼女の目の前に持っていく。
「食べる?」
「ぇ…あ」
「どうぞ」
わたしはそのまま撫子の小さなお口にフォークごと突っ込む。びっくりする撫子。当然のごとく小さなお口には入り切らなかったのか噎(む)せてしまっている。黒い瞳に涙がたまる。
あぁ、可愛い。
可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い。可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い。…わたしの撫子。
「噎せちゃった!?ごめんなさい…っ」
わたしは慌てた振りをしてフォークを口から離して机の上に置いてあったティッシュを取り、撫子の口元に添えてやる。その間も撫子は仕切りなしに噎せて苦しそうだ。生理的に流れた涙が目尻からこぼれ落ちる。
「ごめんね。ごめんなさい。………大丈夫?」
困り眉をしながらわたしがそう言うと撫子はいつも同じ言葉を言う。
「…うん。大丈夫だよ」
瞳に涙を浮かべながら必ずそう言うのだ。その様子がとても愛らしい。だからわたしは安心してしまう。安心してにっこりと笑えるのだ。
だからだうか。わたしは普段言わない事を言ってしまった。
「そう…。でもごめんなさい。もう撫子に食べさせるのはやめるね」
「え」
「だってこの前も同じような事あったでしょ。人に食べさせるのってわたしには向いていないのかも……」
わざとらしく視線を逸らして申し訳ないという表情を作り出す。ちらり、と撫子の表情を盗み見ると悲しそうだった。撫子の口からいわせたいわたしはもう一押し、と続けて話す。
「ごめんね…。なんだか…撫子は妹みたいだから食べさせてあげたくて…。ダメダメだね」
「そっ、そんな事ないよ!」
撫子が珍しく声を張った。
その先はわたしが望んでいた言葉たち。
「わ、私…、和夏(ワカ)ちゃんに食べさせてもらうの好きだよ。確かに上手ではないかもしれないけど、私の食べ方にも問題あると思うし…」
普段口数が少ない撫子がつらつらと言葉を並べる。あと一単語。それが欲しくてわたしは上目遣いで撫子を見つめながら問う。
「また……食べさせてもいい?」
「もちろん…!」
無事に撫子の口から聞きたい言葉を聞けたわたしは微笑む。そして机を挟んだ向こう側にいる撫子の所まで行き、抱きしめる。
「良かった。嬉しい。…ありがとう、撫子」
わたしはそう言って食べさせた際に撫子の口元についた甘い甘い生クリームを指で取り、舐める。
「次も作るからね、パンケーキ」
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