第四十五話 男として
予想通りというべきか……。
帰宅するなり、ダイニングの方でばたばたと足音がしたかと思えば、チョコを持った波夢が凄まじい勢いで玄関にやってきた。
「おかえり! ねえ、早くわたしのチョコも食べてよ~」
いつもは大人っぽい波夢が、まるで駄々をこねる子どものようになっていた。
よく見てみると、頬が少し赤い気がする。それに、間延びした話し方はいつも通りだが、それが普段よりもだらけたかんじというか……。
「酒臭っ!!」
「え~? なぁに~?」
こいつ、俺が仕事に行ってる間待っててくれたのかと思ったら、酒飲んでたのか! てか、仕事はどうした!?
眉間に皺を寄せて、どうしたもんかと悩んでいたら、玄関近くのドアが開いた。貴奈子の部屋だ。中から出てきた貴奈子は、俺とほとんど同じ顔をしている。
「おかえりなさい! ちょっと、もう、琳太郎に迷惑かけちゃ駄目でしょ!」
「迷惑かけてないもん~!」
チョコが入っているであろう箱を振り回して暴れる波夢を、貴奈子が首根っこを掴んでダイニングに引っ張っていった。ついていくと、貴奈子が波夢をソファに投げていた。
さすが姉妹、容赦がないな。波夢は大丈夫かと見ていたら、投げられた瞬間に寝てしまったのか寝息が聞こえてきた。酔いすぎだろ、どんだけ飲んだんだよ。
「自分のチョコだけ朝食べてもらえなかったから、拗ねてやけ酒しちゃってたの。途中まで皆で交代しながら止めてたんだけど、皆が予定ある時にすっごく飲んだっぽくて、気づいたらこれだったんだよね」
「な、なるほど……」
「……んんぅ、りんたろぉ」
波夢が寝ぼけて、俺の名前を呼ぶ。
俺は夢の中に出させてもらえるくらいの存在には、なれていたのか。
酔っていて子どもっぽいとは言っても、胸の形が分かるようなニットの服を着ていて色っぽさがある。E……いや、Gか?
「琳太郎?」
「わー!! ごめんなさいごめんなさい!」
やましいことを考えていたせいで、貴奈子に声をかけられた瞬間に妙な反応をしてしまった。でも、仰向けに寝ていて、しかも寝返りをうつたびに胸が強調されるのを見たら、男なら誰だって見てしまうだろう。
「わ、私こそ、急に声かけてごめんね」
「いや全然大丈夫。それで、どうかした?」
何か言おうとして声をかけたのだと思い、俺は貴奈子に要件を聞いた。
しかし、貴奈子は歯切れ悪く、ぶつぶつと言いながら天井を見たり壁を見たりしている。瞬きも多くて、明らかに何かを言い淀んでいる。
「え、え、何? そんなに言いにくいの?」
「いや……! えっと、その、琳太郎宛にチョコが届いていたから、悪いとは思ったんだけど溶けるよりはいいかと思って、段ボールから出して琳太郎の冷蔵庫に入れておいたよ」
「ああ、愛結からかな。ありがとう!」
「い、いえ……」
貴奈子は元気がなさそうにしていて、気まずそうに見える。何か嫌なことでもあったのかな。
「何でそんな気まずそうなの?」
俺は思い切って聞いてみることにした。何もせずに貴奈子が辛い思いをするより、ちゃんと話を聞いてあげたい。
隣で波夢がもぞもぞと動いて貴奈子がかけてくれた布団を引っ張り、芋虫のように丸まっていた。
貴奈子はしばらく困ったように黙っていたが、意を決した目でこちらを見据えて話し始めた。
「その……、琳太郎に好かれたい身としては、他の、それも姉妹以外の女の人からのチョコは少し複雑で……」
つまり……嫉妬!? え、そういうことだよな!?
貴奈子は未だにもじもじしているが、俺としては嬉しいことこの上ない。まさかこの俺が、他の女の子からチョコをもらって嫉妬してもらえるような存在になれるなんて。
いや、高校の時は一応モテてたんだし、気づいてなかっただけで嫉妬してた人がいたかもしれない。けど、今さらとやかく考えるのはダサい気がしたため、胸の内の興奮を外に出さないようにした。
「な、なるほど。ま、まあ心配するな! 幼馴染だから、恋愛がどうとかって人じゃないからさ」
「琳太郎はそう思ってても、相手も同じか分からないじゃん!」
菊谷と同じだ。何で皆、愛結という幼馴染の存在を、そんな恋愛対象で見るんだろう。本当にだいたい小学生の時から一緒だったから、今の時点で告白すらなかったらないだろ。
「大丈夫だって! 今まで何もなかったんだし、今さら何かあるわけないよ」
「そんなの、分からないよ。琳太郎は、警戒心がなさすぎる」
なっ、それは普通、男が女の子に言うものでは!?
「例えば、今も……」
「え?」
ぼそっと何かを言ったかと思えば、素早く足を引っかけられて押し倒された。それでも、頭を打たないように守ってくれたし、背中を支えてふんわりと床に寝かせられる。
「ほら、すぐ押し倒されちゃいますよ」
だから、これって普通、男が女の子にやるものだよね!?
何で、男の俺が押し倒されてんの!?
てか、力強すぎて、ここから反撃できない……。男としての何かが、俺の心の中で音を立てて崩れていく。
「わ、悪かった。考えを改めるよ」
「ほんとですか?」
貴奈子が不服そうに、顔を近づけてくる。
おいおい、この前から思ってたけど、最近距離近いし、積極的すぎやしないか。
貴奈子の息がかかるくらい近くにいて、俺の胸板に貴奈子の柔らかい胸が微かに当たる。柔らかい……じゃなくて、このままじゃ襲われる!
「なーにしてんのぉ!」
解決策を考え始めた時、誰かが貴奈子の上にのったらしく、貴奈子が俺の上に倒れた。まあ、誰かとは言っても、酔っ払いの声だったから波夢しかいないんだけど。
「ちょ、ちょっと! 波夢!? どいて!」
「貴奈子! 暴れないで! その……俺の理性がブちぎれる……」
「何言ってるの!?」
「そもそもそっちが始めたんだろ!?」
「それはそうだけど……、こんなことになるなんて思わないもん!」
それはそうだ。ていうか、もん、って可愛いな。
貴奈子が言っているのが、なお可愛い。
「波夢、チョコ食べるから持ってきて」
「やった~! 持ってくる~!」
俺が一声言うと、波夢は起き上がって貴奈子が片付けた箱を自分の冷蔵庫に取りに行った。その間に貴奈子が起き上がり、俺も起き上がって立った。
「ごめんなさい、やりすぎた」
元々、貴奈子は真面目な性格だ。ちゃんと反省しているらしい。
「俺は全然いいけど、強くても貴奈子だって女の子なんだから」
「……うん」
俯いた貴奈子は、小さな声で言って頷いた。
言い過ぎたか? でも、女の子が簡単に男に近づくもんじゃないし、どんな理由があっても自分を大切にしてほしい。五つ子の皆は、大切な目的があるとはいえ、俺以上に隙が多いと思う。俺がその隙にその場で気づけるほど、達観してないだけで……。
「持ってきたよぉ~!!」
「おう、ありがとう」
少し沈黙が気まずかったけど、酒を飲んで陽気になっている波夢のおかげで助かった。てか、満面の笑みが可愛すぎる。
できれば波夢が酔ってない時に感想を伝えたかったけど、それだと明日になるだろう。自分で飲んで酔ってるくせに、今日食べないと悪酔いして泣きそうだから、今のうちに食べた方がいい。
反省している貴奈子が正面、波夢が左隣、俺が真ん中でダイニングテーブルの方に座り、チョコが入った箱を開けるために深紅のリボンに手をかけた。
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