第二章 特急列車は全力で

第三十五話 新生活の幕開け

 クリスマス当日のような気持ちで、アラームを止める。

 その理由は当然、今日から今までとは全く違う生活が始まるからだ。

 新しい家からの出勤、家政婦たちの私服とため口の開始、今までよりも積極的になるであろう皆の態度。何を考えても、気持ちは昂るばかりだ。

 二月上旬だから新しい季節ってわけでもないけど、学校でいう新学期みたいな空気を感じた。遮光カーテンとレースカーテンを同時に開けて、昨日は見ていなかった外の景色を見ながら、朝日を浴びてみる。

 何だ、この朝。めっちゃ気持ちいいぞ。

 俺今、アニメの主人公みたいじゃね!?

 調子に乗っていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた後、声がした。


「……琳太郎?」


 呼び捨て、でも、今の声って……。


「起きてるよ」


 息をのんで返事をすると、ドアが開かれた。

 変わらない、肩まで伸びた赤茶色の髪。切れ長で黒色のつり目をしていて、いかにも真面目そうな顔をしている。

 そんな貴奈子が、パーカーにジャージのズボンを穿いて、ひょっこりと顔を覗かせている。ドアにかけられた手元は、萌袖になっていた。


「お、おはよう……」

「くっ……」


 あまりの刺激に、思わず胸を押さえて俯く。

 いつも真面目に敬語だったから、自分から言い出したとはいえ、急にため口になるのは恥ずかしいって感じか!? 可愛すぎるだろ! まさか、これが狙いか!?


「ど、どうしたの? もしかして、この服変だった? 今日は出かける用事がないから、部屋着にしたんだけど……」

「いや! そんなことない、可愛いよ!」


 慌てて顔を上げると、りんごのように赤くなっている貴奈子がいた。敬語だった時は冷静でクールだったのに、私服ため口になった瞬間、こんなにおどおどして自信なさげな感じになるのか。

 ギャップがすごい……。そして、そのギャップが可愛すぎる。やばい、無自覚の可愛さが、一番やばい。なんてったって、俺は純粋清楚系が好きだからな!!

 しばらく沈黙が流れたが、貴奈子が思い出したように言った。


「あ、そうだ、朝食ができてるんです。準備ができたら、ダイニングに来てくださいね」

「あれ、敬語になった」

「あ。す……じゃなくて、ごめん。冷静になろうとすると、どうしても敬語になっちゃって……」


 つまり、冷静じゃなくなってて、焦ってたってこと? 何それ、それも可愛いんだけど。しかも、それを言っちゃうところも可愛い。

 初日からこんなんで、俺、大丈夫か?


「じゃあ、待ってるね」


 貴奈子が控えめにそう言って出て行った。少しした後に俺は部屋を出て、洗面所に顔を洗いに行く。一番手前の廊下側でちゃちゃっと洗うと、部屋に戻ってスーツに着替える。今度はダイニングに行くために部屋を出て、階段を下りた。

 ダイニングテーブルには既に皆揃っていて、奥に座っていた藍栖と波夢と目が合うと、挨拶してくれた。


「おっはよー!」

「おはよぉ」


 藍栖は元気に、波夢は眠そうな間の伸びた挨拶をする。けど、波夢は朝じゃなくてもこの話し方だ。おっとりしているのが、さらに大人っぽい。

 二人の挨拶に続いて、後で気づいた一胡と空月も挨拶をしてくれる。


「おっ、おはよう」

「おお、おはよう……」


 一胡は少し緊張しているようで、空月は敬語になった以外いつも通りだった。

 皆はすでに朝食を食べ始めていて、それぞれちゃんとした格好をしている子もいれば、部屋着っぽい子もいた。同じ家政婦でも、結構予定違うんだな。

 朝は基本ばたばたしているからゆっくり話す暇はなく、俺はさっさと貴奈子が用意してくれた朝食を食べた。

 それから玄関に行くと、貴奈子が弁当を渡してくれる。


「じゃあ、お仕事頑張ってね」


 やばい。ため口だと、より一層新婚感がでるそこれ。

 しかも、いつもの貴奈子じゃなくて、ため口で慣れずに大人しくなっている貴奈子だと、献身的な妻にしか見えなくて俺が挙動不審になってしまった。

 一旦口で深く息を吸って、鼻からゆっくり吐き出す。


「うん、行ってきます!」


 何とか精神を整えた俺は、見事に段ボールを忘れて家を出たのだった。

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