第二十三話 意外な一面から知る本心

 早速、早く帰って一胡にアニメの感想を伝えたあと、藍栖も含めて二人にデートについて相談しようとした。しかし、その矢先に、弁当を会社に忘れたことに気づき引き返していた。

 何やってんだよ、と心の中で自分を罵りつつ、走るのは注目を浴びてしまうため全力で早歩きをしていた。でも体は温まらなくて、吹き付けてくる風で顔ばかりが冷えた。次第に、耳も冷えて痛くなってくる。

 足と耳が限界を迎えそうになりながら会社に戻ってくると、入り口付近に人が固まっているのが見えた。スーツの人が、女の子たちに囲まれている。

 どうしたんだろうと思って近づくと、スーツの人は菊谷、女の子たちは家政婦の皆だと気づく。俺はすぐさま、近くにあった柱の陰に隠れた。

 いつものメイド服じゃないから、全然気がつかなかった。俺の頼みを聞いて行きと帰りは私服に着替えてくれているけど、朝は俺が起きる前に着替えてるし、夜は電気を消してから洗面所で電気をつけて着替えて帰っていくからほとんど見えない。だから、私服を見るのは初めてだったけど、じっくり見れる状況じゃない。

 何やってんだあの子たち。菊谷と面識があるのは藍栖だけだから、藍栖が手引きしたのか。でも、俺の身辺調査をしていたなら、皆知っていてもおかしくはないかもしれない。

 とりあえず、話の内容が気になった。俺が勤めている会社は割と大きい方で、入り口は大きいし、柱も何本かある。俺はササっと移動して、皆に一番近い柱まで行った。

 顔を出すとバレるかもしれないので、柱に背を預けてスマホを触っているふりをして耳を傾けた。ただ立っていると、会社の前を通った人に怪訝そうな顔で見られるからだ。


「…………が、彼女はいらない、という理由を教えていただきたいです」


 今の一言で、だいたいの状況は把握できた。

 主語は聞こえなかったけど、後半の内容を聞く限り俺の話に間違いない。そもそも、家政婦の皆が菊谷に接触する時点で、十中八九俺の話に決まっていた。それ以外に、皆が菊谷に話しかける目的が浮かばない。

 話しているのは、声や言葉遣い的に貴奈子だろう。


「自分で聞いてみればいいじゃん」


 菊谷は相手が年下だと分かっているからか、ため口で話していた。突然大人数でおしかけられているのに、怒ったり困っている様子はない。


「ですが、琳太郎様とはまだ会って日が浅く、教えていただけないと思うのです」

「じゃあ、一年は短いけど、その中で深く関わる時間を重ねるしかないね」

「一胡たちには、そんなにゆっくり仲を深めてる時間はな――」

「だからって、こんな裏技みたいなの使って、琳太郎に好かれようとしてるの?」


 そこで、菊谷の声が、少しだけ鋭くなったように聞こえた。大学の時から知ってるけど、菊谷のこんな声は聞いたいたことがなかった。


「そうです。人からの信頼を得るには、少なくとも半年、長くて一年はかかるでしょう。それでは遅いのです。今からでも琳太郎様の悩みを知り、その手伝いをしたいのです」


 落ち着いた声で、ゆっくりとした話し方。波夢だった。金曜日担当の波夢とは、今週はまだ会っていない。だからか、久しぶりに声を聞いた気がする。


「ふーん、で、弱いところで優しくつけ入って、信頼を得ようってこと?」


 菊谷ー!? 口悪くない!? でも、言い換えたら、多分菊谷の言う通りそういうことになる。けれど、皆は別に、そういうつもりで言っているんじゃないだろう。


「なんか、初対面の時と印象違うね」

「状況が違うからね」


 どちらも引かない状態が続いていた。空気がピりついていて、陰で聞いているだけの俺まで緊張してくる。内気な空月の声は、聞こえてこない。


「では、教えてくださらないんですか」

「うーん……」


 貴奈子が聞くと、菊谷は悩んでいるようだった。


「ここでおれが教えれば琳太郎からの信用を失う。けど、教えなくても、君たちからは嫌な人だと認識される。ってことは、答えを教えなくても、別のことを教えればいいんだな」

「何言ってるんですか……?」


 多分、菊谷は得と代償を考えていたんだろう。怒っているように見えたけど、ちゃんと冷静で安心した。


「ねえ、真心って知ってる?」

「はい。人のために尽くそうという、嘘偽りのない純粋な心のことですよね」

「うん。その心があれば、いいんじゃないかな」

「今の私たちには、それがないと仰るんですか?」

「そうだよ」


 やばい、またピりついてきた気がする。そんなこと言ったら、誰だって傷つくよ!? 得と代償の考えどこいった!?


「それはさすがに、琳太郎様の友人といえど失礼なのでは?」


 波夢も少しカチンと来たのか、いつもより低めのトーンで言い返していた。


「じゃあ逆に聞くけど、好かれたい相手と話さずにこそこそ裏で情報集めて、それで琳太郎のこと知れると思ってるの? 琳太郎のことは、文面の情報だけで攻略できるって言ってるようなものだよ」

「ちが――」

「違わない。相手の目を見て、話しを聞いて、分かることってあるよね。例えば今、おれはどんな感情を抱いてると思う?」

「……怒っていますね」


 貴奈子が気まずそうに、微かな声で言った。

 完全に怒っている菊谷に俺は驚きつつも、そろそろ喧嘩が勃発しないか心配だった。


「そうだよ、おれは怒ってる。じゃあ、琳太郎は過去の話をする時、どんな顔をして、どんな声を出して話すだろう。きっとそれは、過去の感情に関係しているし、でも、俺は琳太郎じゃないから、その感情を知らない。だから、俺が琳太郎の過去を知っていても、事実しか話せない。そんな話を聞いても、本人に寄り添うなんて到底無理だと思うよ」


 そこで、菊谷は言葉を切った。

 誰も話さない。物音一つせず、風が吹き過ぎていく音、会社前を歩く足音や車が走る音、木々が揺れる音が、はっきりと聞こえていた。


「分かってほしくて回りくどい言い方をしたけど、要するにおれは、君たちに琳太郎と面と向かって話してほしいんだ。君たちは会って日が浅いから違うかもしれないけど、おれは琳太郎が大切だ。だから、半端な気持ちで琳太郎から好かれようと思ってるなら、今すぐ修行を中止してほしい」


 僅かな間の後、一人が声を発した。


「ぼ、ぼくは……」


 空月だ。声がいつもより震えていて、緊張しているのがよく伝わってきた。それでも話しているのは、きっと伝えたいことがあるからだろう。


「きき、菊谷、さんの意見に、さ、賛成……です。ま、まだ、会って日は浅いんです、けど……ぼくも、り、琳太郎様が、た、大切です。だ、だから、直接、話して、琳太郎、様を、し、知って、いきたい……です……」


 空月が勇気を出してくれたことに感動したが、何より、俺のことを大切だと言ってくれる人がいて嬉しかった。元カノにすぐ振られたことから、俺自身に問題があるんじゃないかと考えてた時期もある。今でも、たまに思う。

 けど、大切だと言われて、俺は自分で思っていたよりも安心した。


「一胡にとっても、琳太郎様は大切な存在だよ!」

「そんなこと言ったら、私も琳太郎様をお慕いしています」

「わたしも、琳太郎様をお守りしたいくらい、大切に思っていますよ」

「あたしは……誰よりも大切に思ってるよ」


 珍しく、藍栖が元気のない声で言った。でも、皆が、俺のことが大切だと言ってくれた。そのことがこんなにも嬉しいなんて、この場にいなかったら知れなかった。


「それは、修行をやめたくないからっていう、建前の言葉じゃないよね」

「違います!!!!!」


 全員の声が重なって、一斉に否定した、と思う。実際どうか分からないけど、聞いた感じはそうだった。


「長女として代表して言いますが、今私たちは先ほどの過ちを理解しています。何が間違っていて、これからどうすればいいのか……。菊谷様、ご教授いただき、ありがとうございました」

「そんな大したことはしてないよ。それより、怒っていたとはいえ、口調とか言い方がきつくなっちゃってごめんね?」

「いえ、大丈夫です。非は、こちらにありますので。大変申し訳ございませんでした」


 どこまでいっても菊谷は正義感が強くて、だから、家政婦の皆のことも助けたいと思ったんだろう。得と代償を考えながらも、その実、皆の幸せを願っている。そんないい奴だからこそ、皆もそれを分かって喧嘩になることはなかったのかもしれない。

 皆には監視するのは禁止と言ったけど、そうした意味が多分伝わっていなかったに違いない。俺も、上手く言語化できなかったから、これからはもっと細かく伝えていこう。

 菊谷にお礼を言いたいけど、これを聞いていたことは言えないし……。明日までに考えないとな。



 その後、挨拶をして、菊谷も皆も帰っていった。俺はそれから急いで弁当箱を取りに行き、すぐに帰宅した。一胡に「遅かったですね」と言われ、弁当を忘れたから取りに戻ったと言うわけにもいかず、ちょっと寄り道してきたと誤魔化した。

 それから、一胡とアニメの話をしながらご飯を食べ、それが終わったあとに俺は二人を呼んだ。そして、土曜日に、皆でここに来てほしいと頼んだ。

 行動するなら、早い方がいい。

 俺は今週の土曜日に、過去を――「彼女はいらないと思うようになった理由」を皆に話すと決めた。

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