第十九話 火曜日の約束

 あの後、「上手く話を繋げられず、自分語りになってしまい申し訳ございません」と謝られた。いかにも、貴奈子らしい。


「琳太郎様? 何笑ってるんですか?」


 おっと、顔に出ていたらしい。ちょうど食卓に朝食を持ってきてくれた一胡に見られてしまった。


「ちょっと思い出し笑い」

「思い出し笑いする人は変態らしいですよ」

「うぐっ……」


 一胡はたまに、スパッと鋭い物言いをする。ピンクのツインテールに地雷メイクで固めた可愛い見た目に反して、侮れない攻撃力だ。

 持ってきてくれたトーストを、一口齧る。上にのせられたレタスはシャキシャキ、そのまた上のスクランブルエッグはふわふわで、いい具合に焼かれた食パンと合っていた。


「……昨日、貴奈子と何かあったんですか?」


 しばらく静かだと思ったら、さっきとは打って変わってぼそぼそとして声で聞いてきた。俺が笑っていたのを見て、何かを察したのだろうか。

 貴奈子のプライバシーは守るべきだ。俺は誤魔化して、様子を探ることにした。


「別に? 何で?」

「あ、いや、えっと……」


 聞き返すと、一胡は言い淀んだ。顔が赤くなっている。一胡は恥ずかしがり屋だが、今照れる要素あったか?


「べっ、別に、貴奈子の様子がおかしくて、琳太郎様と何かあって取られるんじゃないかとか、心配してるわけじゃないんですから!」


 なるほど、ツンデレだと思っていることが分かりやすいな。今まで創作物を見てきて気づかなかったが、リアルで会って気づくとは。


「やましいことは何もないよ。ただ、いつもはしない話をしただけだ」

「そ、そうなんですね」


 あからさまに安心している。悪いとは思うが、反応が分かりやすい一胡を見ているのは楽しい。だからと言って、からかっているわけでは断じてない。


「その……踏み込んだことだったらごめんなさい。琳太郎様は、ゲームの人物を、いわゆる単推しではなく、箱推ししているんですか」


 予想の斜め上をいく質問に、戸惑いを隠せなかった。けど、今まで共有する人がいなかったからか、趣味の話を振ってくれるだけでも嬉しいと思ってしまう。


「いや、まあ、何とも言えないな。『君とならどこまでも』は、希愛が最推しだけど、他も好きだから箱推しみたいなものだと思う。けど、他のアニメは単推しかな。ギャルゲーと違って全員の好意が俺に向いてるわけじゃない分、アニメは好みで決まるから単推しが多くなるんだよなあ」


 一胡がポカンとしてる。

 やばい、喋りすぎた。この光景、見覚えがあるぞ。

 俺がおにぎりについて喋りすぎて、貴奈子と藍栖が呆気に取られていたのと一緒だ! しかもあの時と違って、オタクみたいに(オタクなんだけど!)めっちゃ早口で喋ってしまった!


「ご、ごめん! 喋りすぎた!」

「あっ、いえ、一胡が聞いたので大丈夫です。ただ、情報量が意外と多くて、頭の中で理解するのに時間がかかっちゃいました」


 何だか、気を遣われているような気がする。何か話を振ってみたけど、意外と分からなくて反応に困っているような、そんな感じに見えた。

 このまま沈黙が続いても気まずいので、話題を変えることにする。


「一胡もアニメとか漫画見たり、ゲームしたりするのか?」


 すると、一胡は少し困ったような顔になった。あれ、もしかして何も知らない。確かに、さっきので混乱していたんだから、知らなくてもおかしくない。振る話題をミスったな。


「ご、ごめん。忙しいんだし、そんな見る余裕とか――」

「ここだけの秘密に、してくれますか……?」

「え?」


 そして一胡は、俺が返事をする前に話し出した。


「実は禁止されているんですけど、一つだけゲームをしているんです」


 そう言う一胡の顔は、微かに色づいている。それに見覚えがあって、俺は察した。


「もしかして、乙ゲー……?」

「え!? 何で分かったんですか!?」

「まあ、男女で差はあれど、ギャルゲーをやっている男の勘」


 一胡はまさかバレると思わなかったのか、すごく挙動不審になっている。色んな方向に視線を向けながら悩んでいるようで、やがてそれが終わると俺と目を合わせた。金に輝く瞳が、真っすぐに俺を捉える。


「『今宵、初恋に落ちる』っていうゲームで『よい恋』って言われてるんですけど、冒険者で恋愛をしてこなかったヒロインがギルドからの依頼で吸血鬼を討伐することになるんです。けど、ヒロインはそれに失敗し、囚われの身となってしまいます。そこで、駄目だと分かっているのに吸血鬼の魅力や魔力に逆らえず堕ちていきますが、それに抗い彼の心を掴んだらハッピーエンドというゲームなんです!!」


 今度は、俺が面食らう番だった。ゲームについて教えてくれただけではあるけど、既に熱量が半端じゃない。俺並みか、俺以上……いや、それはない!


「へ、へえ、一胡は吸血鬼が好きなのか?」

「はい! あの美貌、溢れる色気、尖った歯、口端から滴る血……。うっとりするほど、全てに見惚れてしまいます」


 一胡は両頬に手を当てて、幸せそうな顔をしていた。本当に好きなのが伝わって来る。

 それにしても、俺が聞いたとはいえ、何でこんなに詳しく教えてくれたんだろう。ここだけの秘密ということは、他の姉妹にも教えていないはずだ。それなのに、なんで出会ってまだ一週間程度の俺に教えてくれたんだ?


「これ、俺が聞いてもよかったのか……?」

「むしろ、琳太郎様に聞いてほしかったんです」


 予想外の言葉が飛んできて、俺は首を傾げる。一胡は俺を見て目を三日月形に細めると、俺に聞いてほしかった理由を教えてくれた。


「琳太郎様がギャルゲー好きと聞いて、もしかしたら楽しく話せるかもしれないって思ったんです。しかも、一胡もこのゲームは箱推しなので、気持ち分かります!」


 だから、さっき単推しか箱推しか聞いてきたのか、と合点がいった。多分、ゲームの話ができるか、推し方は一緒かなどを聞いて、話すか否かを決めようとしていたんだろう。意外と慎重なんだな。

 でも、一胡の期待には、応えられそうにない。


「でも俺、男キャラを推す女の子の気持ちとか分からないから、全く話合わないと思うんだよね」


 申し訳なく思っておずおずと言うと、一胡は結構ショックを受けているようだった。それでさらに申し訳なくなる。でも、俺だって、何も案なく否定したわけじゃない。


「その代わりさ、何かアニメを見て、毎週感想を言い合うってのはどう?」


 一胡の俯いた顔を覗き込んで言うと、急にパッと顔を上げて、目を輝かせていた。まるで、本物の金が、瞳の中に入っているようだ。


「いいんですか!?」


 今までになるほど近くに来たから、驚いて少しのけ反る。


「も、もちろんだよ!」


 俺も、アニメについて話せる友達がいなかったから、一胡には感謝している。アニメは一人で見ても面白いが、感想を共有することでより一層面白くなる。

 そこで一胡は、ハッとした顔をして、それからほんのり赤くなった。


「まあ、琳太郎様が感想を言いたいって言うなら、全然いいですよ」


 ここに来て、まさかのツンデレ発動。別にいいけど、嫌いじゃないし。

 こうして、俺たちは共通のアニメを見て、感想を言い合う仲になったのだった。

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