第十一話 トラブルと秘密の告白
休憩室でおにぎりを食べていると、菊谷が隣に座って話しかけてきた。
「あれ、今日は弁当じゃないんだな。寝坊でもしたか?」
「まあ、そんなところだ」
寝坊したのは事実だが、弁当自体は作ってあったと思う。朝食もちゃんと作ってくれていたし。
俺が急いでいたから持ち忘れて、藍栖も渡し忘れてしまったんだろう。
そのことに気づいて、コンビニで朝ご飯と昼ご飯を両方買ったのだ。
「あっ、懐かしい。お前大学の時からちょっと前まで、ずっとそれ食ってたよな」
俺が食べているのは、鮭明太のおにぎりだった。隣には、既に食べ終えた焼きおにぎりのパッケージが置かれている。
「確かに、久々に食ったな。たまにはこういうのも、いいかもしれないね」
そう言って話していると、休憩所にいる数人の社員がざわざわしているのが聞こえた。
「え、本当に?」
「本当だって、メイド服着た女の子が、弁当持ってロビーにいたって」
小さな声だったが、しっかりと聞こえてきた。メイド服を着ている人なんてそうそういない。嫌な予感がする。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる!」
菊谷にそう言い、俺は食べかけの鮭明太を置いて、ロビーへと向かった。
休憩所は三階、ロビーは一階。その間に、この話があまり広がらないといいんだけど。
数分でロビーに着くと、壁際に隠れて様子を伺った。藍栖のことだから、誰に用があるか聞かれたら既に俺の名前を答えているかもしれない。まあ、もしそうなっていたら、出て行かざるをえないんだけど……。
「この会社の、誰に用があるんですか?」
「だから、それは個人情報だから、言えないんだって」
警備員にもため口……。とにかく、俺の名前は出してないみたいで安心した。
さて、ここからどうするか。このまま会わずに、藍栖を帰らせたい。でも、直接話しかけて、俺の家にメイド(正確には家政婦だけど)が通っていることがバレるのは、何としても避けたい。
このまま待っていても、お昼を過ぎたら諦めて帰ってくれる気もする。でも、その前に怪しくて警察に連れていかれるか? 俺に襲われたら対処するのも仕事って言ってたし、最悪、公務執行妨害……。
いやいや、それは考えすぎか。悩んでいたら、藍栖たちに変化があった。
「怪しいので、一度その弁当の中身を確認させてください」
「は!? これは大切な主のために作ったんだ! 渡さないよ!」
まじか、本当に公務執行妨害になりそうなんだけど!?
驚きと焦りで、俺はその場をうろうろして歩き回った。どうすればいい? どうしたら藍栖にも俺にも害なく、この場を切り抜けられる?
……だめだ、浮かばない。こうなったら、同居中の友達で切り通すしかないか。
そう思って出て行こうとしたら、俺の左を一人の男が通り過ぎた。男は迷いなく、藍栖たちの方へと向って行く。
「すみません、おれの従妹なんです、こいつ」
頭の後ろに手をまわして申し訳なさそうに笑うのは、まさかの菊谷だった。愛想のいい笑いが、ここからでもはっきりと見える。警備員も菊谷のことを知っていたのか、納得したような顔をして持ち場に戻っていった。
とにかく、どうにかなって一安心する。けど、何で菊谷は、このタイミングで現れて、わざわざ嘘を吐いてまで藍栖を助けたんだ? まさか、本当に従妹だったりしないよな。
その時、呆気に取られていた藍栖が、我に返ったように言った。
「い、いや、あんた誰――」
「これ以上、その弁当を作ってあげた人に迷惑かけたくなかったら、一緒に外まで行こうか」
声が小さくなったが、かろうじて聞き取れた。どうやら、従妹というのは嘘だったようだ。二人は入り口の方に向かっている。もしかして、このまま藍栖を帰してくれるのか?
それなら安心だと思っていた時、振り返った菊谷と目が合った。その瞬間、菊谷は顎をしゃくって、外に来いという合図を出した。
え、もしかして、俺が関係してるってバレてる!?
外に行くと、藍栖と菊谷が立っていた。藍栖は俺を見るなり嬉しそうにし、菊谷は困ったような顔をしている。
「それで、琳太郎とこの子は、どういう関係なの?」
や、やっぱりバレてる~!!
え、なんで!? 俺そんなに態度に出してた!? お弁当について聞かれても、別に何も言ってないのに。
「そんな、『何でバレてるんだ』みたいな顔されても、割と分かりやすかったよ。急に弁当に変わって、かと思えばおにぎりになって、そこにちょうどメイド姿の人が現れる。しかも、タイミングよくトイレに行くし……。関係を疑わない方が難しいよ」
確かに、いくら作ってくれるからって、一人暮らしの独身男が弁当を持っていくのは軽率だった。俺は諦めて、事の経緯を話すことにした。業務内容、というか家政婦の家系やその修行のことを話すことは禁止されていないようで、藍栖は黙って見守っていた。
「へぇ、じゃあ、この子はメイドじゃなくて家政婦なんだ」
「ああ、見た目は完全にメイドだけどな」
「これは、母の趣味だよ」
「え、そうだったの!?」
初めて聞かされた事実に驚く。そうなったら、もうメイドの家系でもいいじゃないかと思ったけど、家政婦の方が聞こえがいいんだろうか。でも、子どもがいる家庭に行った場合、絶対教育にはよくない気がする……。
「なるほどなあ。会社での、琳太郎に彼女ができたかもしれないって噂は、嘘だったんだな」
「そんな噂されてんの!?」
「知らなかったの?」
知らないし、噂されるほど目立っている覚えもない。いつも猫背で、早く帰ってギャルゲーをやることだけ考えて、ひたすら仕事をしていたのに。面白そうな噂だったら、ターゲットは関係ないのか。
「菊谷、お願いだ。会社の人にどんな噂されててもいいから、五つ子の家政婦がいるってことは秘密にしておいてくれないか」
「もちろんそのつもりだけど」
「本当!?」
目を見開いて見つめると、菊谷は一つため息をしてから言った。
「だって、そんなの言いふらしてもおれに得はない。その上に、琳太郎っていう友達を失う代償がある。琳太郎に関しては彼女がいるっている噂を否定できる得があるけど、何か色々代償がでかそうだろ」
考え方が昔から変わっていなくて、少しだけ可笑しくなってしまった。
菊谷は正義感が強くて、平等にものを考えようとする。だからか、得と代償を天秤にかけて考えて、代償より得が大きくなるような行動をする。この時、さっきみたいに友情とかそういう感情や関係も天秤にかけるから、無感情なロボットみたいに無慈悲になることもない。昔から、独特な感性を持っていて面白いと思っていた。
「そうか、助けてくれてありがとな」
「まあ、気になって見に来たら、琳太郎がうろうろしてたからな。あれは、助けざるをえない」
「うっ、俺も分かりやすかったよな。気をつける」
「これからは何でも相談しろよ。もう全部、知ってるわけだし」
「おう、ありがとう」
菊谷と話が一段落ついて、俺は藍栖を見た。
藍栖はよく分からないというような顔で、俺たちのことを見ていた。
「こいつは、大学の時からの友達で同僚の菊谷慶志。会社に来るとこういうことになるから、これからは何があっても来ないようにな。注意事項に書いといてくれ」
「うん、分かった。迷惑かけてごめんね」
「いや、これから気をつけてくれればいいんだ」
「それと、慶志もありがとう」
「お、おう、呼び捨てか。まあ、いいけど」
菊谷は少し、照れているようにも見えた。けど、助けてくれた菊谷をここでからかうのは配慮に欠けるだろう。
照れていたかはさておいて、菊谷のおかげでどうにか難を逃れたのだった。
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