『怨刃』の白銀-White Silver of Resentment Blade-

舞竹シュウ

一話『白い悪魔』

「何ですか、アレは!」


 『きつねきよめ』は薄暗い路地裏を走る。

 極東人には珍しい金髪金眼に、背は女子高生としては平均的。細い肢体で派手さはないが整った顔立ちのクラスで三番目くらいの美少女

 セーラー服に汗が滲んで、肌に張り付く感触が気持ち悪い。初夏の湿り気を帯びた風が肌を撫でて、不快感は更に上がる。が、そんなことを気にしていては追いつかれてしまうので今は無視。


「あの見た目で足が速いなんて」


 後ろを振り返って目に飛び込んでくるのは三体の鎧武者。ただし、その顔は腐り果てて原型を留めておらず、鎧の隙間から覗く内側は骨と内臓が剥き出しでグロテスクな容貌。欧州で有名な不死者アンデットの極東版といった見た目だ。


「なんで私がこんな目に……」


 家を出た時から視線を感じていたが、こんな化け物につけられているとは思っていなかった浄。今更になって、憲兵を頼らなかったことを後悔する。見栄を張らずに誰かに助けを求めるべきだった。


「距離、近づいてきている?」


 狭い路地裏を必死に逃げる浄だが、高校の友人たちのように運動の出来るタイプではない。むしろ、文学が好きな物静か少女だ。全力を超えて走っても、限界はたかが知れていた。


「このままでは捕まってしまう。なら……やるしかない。人目は無いし、非常時だし、問題ないはず」


 人気のない方へ逃げてしまった自分を呪いつつ、もう一度辺りを見回す浄。人ひとりが通れるくらいの道幅。彼女でも十分な強度は確保できる。

 息を大きく吸って、吐く。出来る限り集中して、授業で習った手順を頭の中で思い出す。実戦で使うのは初めてどころか、浄にとっては初の実戦。だが、得体のしれない化け物に捕まりたくないならやるしかない。


「我が名は浄。かしこき結びの大神よ、其の指を針と成し、その軌跡を糸と成して、空を結い隔て切り離せ——『空縫間断くうほうまだん』!」


 詠唱の隙に浄へと迫る腐りかけの鎧武者たち。その手が少女の背中に届こうとした時、蒼白く光る半透明の壁が両者の間に現れる。鎧武者の一体が刀で斬りつけるが壁を突破するには時間が掛かりそうだ。


「上手くいきました!」


 周囲から体内に取り込んだ物質『魔素エーテル』を用いて、様々な現象を発生させる技術を総称して『魔術まじゅつ』という。料理から戦争まで、現代社会はこの技術無しには成り立たない。


「あとは……早く人のいるところまで行かないと」


 浄の身分は魔術師志望の学生、ということになる。と言っても、人気のある戦闘用魔術の派手な分野ではなく、地味で有名な結界術の魔術師だが。

 結界で鎧武者たちを足止めしたのは良いが、浄は足を止めない。

 自分がまだまだ未熟なのは彼女自身が一番分かっている。焦って無駄に魔素(エーテル)を注ぎ込みすぎた。次に追いつかれそうになった時には、魔術には頼れない。


「倦怠感が酷い。頭も、ぼーっと……魔素エーテル切れなんて何年ぶりでしたっけ……」


 次第に言うことを聞かなくなっていく体を引きずって動く。逃げてきたのは自宅とは真逆の方向、土地勘なんて無い。路地裏に足を踏み入れたのも、これが初めて。どうすればここから抜け出せるのかも分からない。ただひたすら前進し続ける浄。


「分かれ道、どっちに進めば……」


 どちらに進もうか逡巡していた時、ソレは現れた。


「嘘ですよね……そんな」


 分かれ道の先から鎧武者の群れが来る。甲冑の留め具が擦れあう音がいくつも聞こえて、薄暗がりの向こうに爛々と輝く赤い瞳。心臓が鷲掴みにされるような威圧感が浄を支配する。


「嫌、そんな。別の道は!」


 来た道を全力で駆けだすが、横道なんて無いのは知っている。それでも、自分が見落としている可能性に縋らずにはいられなかった。


(助けて、誰か、助けてください!)


 走って、走って、走って、そして少女はヒビの入った半透明の壁の前で立ちすくむ。どんな小さなモノも見落とさないように、緊張の糸を張り詰めて逃げてきた。けれど、現状を打開する何かも、彼女を助けてくれる誰かも見つけられないまま。


「来ないで、来ないでくださいっ。お願いします……」


 背後から迫る無数の鎧武者たち。

 浄は涙目になりながら壁に背中を預けることしか出来ない。その結界も鎧武者達の攻撃を受けて壊れつつある。


「オイ…デ、ヨミ………ジハ、ココゾ」


「ヤスク……ウツク…シ。ネノ……クニヨ」


「オソル…ル…ベカラズ。トモ………ガラ」


 此の世のモノとは思えない声。声帯も腐っているからだろう、聞き取りづらい耳障りな音だった。

 浄と鎧武者達との距離は数歩。が、怯えて座り込んだ浄を前にして、鎧武者たちは突然動きを止める。


(何、何なんですか……)


 呆然と鎧武者達を見つめる浄、が背を預けていた壁が音を立てて崩壊する。

 伸びてくる手が首を掴み、冷たいアスファルトへと少女を仰向けに引きずり倒す。一瞬、思考を手放しかけた隙に伸びてくる手。体中を力任せに押さえつけられる恐怖で体が動かなくなる。


「放して! 触らないで!」


 浄は震える声で叫ぶが、鎧武者達は止まらない。冷たく体温を感じさせない吐息が耳元を撫でて、全身を気色悪さが襲う。


「ミコハ……ココゾ」


「ツルギハ……ドコゾ」


 浄の顔を見つめ、呟く鎧武者達。いつのまにか奪われていたカバンも中身をひっくり返されて、辺りに散らばっている。


(何かを探している?)


 何も考えられなくなりそうな頭で、浄が導いた推論。それを差し出せば見逃してくれるだろうかと考えて。


「アラタメ…ヲ」


 更にいくつもの手が伸びてきて、浄の服をはぎ取る。無理やり引っ張られた制服がビリビリと裂け、少女の色白の肌をさらけ出す。無遠慮に全身を撫でまわす冷たく柔らかい手に不快感と恐怖が溢れ出して止まらない。


「嫌ぁ! 誰か! 誰か、助けて!」


 浄の叫びは誰にも届かない。全身を手がまさぐる間、声が枯れるまで叫び続けても、少女を助けに来る白馬の王子は現れなかった。


「ツルギは……ドコゾ」


「ミコヲ…ササゲン」


 涙でぐちゃぐちゃになった顔。泣き疲れてぐったりとした浄を気にも留めず、囁きあう鎧武者達。浄の肩を押さえていた一体が、少女の体を軽々と持ち上げる。


(疲れた。どこに連れていかれるの?)


 恐怖で思考が麻痺して、抵抗する気力は無くなっていた。ただ、為されるがまま流れに身を預ける浄。

 少女を連れて裏路地の暗がりの中に消えようとした鎧武者の群れ。が、一体が声をあげて群れが止まる。


「アラタメテ……オラヌ」


「イズコ…ゾ」


 それは今までの腐った声帯から聞こえる掠れた声とは違う。鮮明に、腐り落ちた怪物から放たれたとは思えない人間的な声で。


はらわた


 振り落とされる浄。少女の眼に恐怖の光が戻り、鎧武者が握る太刀の刀身に彼女の顔が映った。力の入らない足を引きずって、肌を擦りむくことも厭わず後退るが、すぐに鎧武者達に押さえつけられてしまう。


「アラタメ……イタス」


 馬乗りになった鎧武者の切っ先が少女の肌に触れて、赤い雫がこぼれ出す。


「うぅぅう……うぅぅぅううう!」


 口を押さえつけられて唸るしか出来ない。そのまま、刃が浄の腹を切り裂こうとした瞬間。


 声がした。


「やぁ」


 鎧武者の頭上から迫る、一人の少年。そのまま、足元の鎧武者を踏みつけて着地する。肉がつぶれ、骨が折れる音が響く。


(助か……る?)


 艶を帯びた濡羽色の髪に、鮮やかな水色の瞳の少年。浄が知りえる限り、最も美しい存在を挙げるなら、間違いなく目の前の彼と断言できるほどに優れた容姿。鴉羽を思わせる意匠をあしらった白いコートの印象も相まって、正に白馬の王子に相応しい姿をしていた。


「で、何してるんだ? レイプか?」


 彼の発言は、物語の王子様とは程遠かったが。


「犯罪の現場に出会うとは、な」


 わざとらしく肩をすくめて、凶悪な笑みを浮かべる少年。鎧武者達の真っ赤な眼光を一身に受けても気にしていない。


「帝国法に則れば五年以上、最大三十年以上の懲役だけど……っと」


 首筋に迫る斬撃を指で挟んで止める。そのまま、身をよじっての回し蹴りで吹き飛ぶ鎧武者の頭。


「人の話は最後まで大人しく聞けよ」


 なおも斬りかかる鎧武者を蹴り飛ばして、咳払い。


「が、まぁ、法律ってのは人間用だしな。お前らはオレ個人の裁量権によって死刑ってことで」


 少年を取り囲む鎧武者達が、一斉に襲い掛かる。刀、槍、槌、それぞれが武器を手にして彼の首を狙うが。


「じゃあ、始めるとするか」


 白い鴉羽のコートを開く。中に隠されていたのは、何振りもの錆まみれの刃物。まるで彼自身が武器庫に見える程の本数。


 引き抜かれたのは六本の包丁。左右の手の指の間に挟まれたソレらは、空を斬りながら、赤黒いべったりとした何かを纏う。


 そして、鎧武者達の武器を錆びた刀身からは考えられない切れ味で真っ二つに裁断。音を立てて武器の一部が地面に転がる。


「っと、トドメを刺す前に人助けだ」


 浄を押さえつける鎧武者達へと包丁を投げつける少年。敵の隙間を縫って飛んできた刃は鎧の隙間から腐った体へ突き刺さり、勢いを殺さず吹き飛ばす。


「あの人は、一体……ぁ、後ろです!」


 浄が見つめる少年、その背後から刀が振り下ろされて。


「大丈夫」


 半身をずらし、ギリギリのところで刃を避ける。お返しに手元に戻ってきた六本の包丁で四肢と頭を切り離してから胸を穿った。


「——『人礫ひとつぶて』」


 流れるような動きで散らばった人体を礫代わりに鎧武者達へ打ち出し、崩す。そして、崩れた敵から次の餌食になっていく。

 首をねじ切り、肩を切り裂き、膝を砕く、芸術的すら思える人体破壊技巧を繰り出す少年と彼に追従して飛んでいく刃が、鎧武者達をバラバラにしていくのを、浄はただ見ていた。

 あまりのグロテスクさとその中心で踊る少年の美しさに、夢でも見ているような、そんな気がした。


「ヨモツイクサ、面倒だな。相性悪いし」


 一方的に鎧武者達を鏖殺してから呟く少年。包丁の刃を覆う赤黒い何かを手で拭って納刀する。


「これで君を襲っていた使い魔は倒した訳だけど、無事? いや、命に別状はないか?」


 浄の腹の傷を見て言い直す少年。深くはないが浅く広く切り裂かれて血が滲んでいるのは見ている方が痛みを感じる程。もしくは、浄への彼なりの気遣いだったのだろうか。

 そんな、自分に笑いかけてくれる少年が、どうしようもなくカッコよく見えてしまって。


「あ、ありがとうございま……っ!」


 自分がどんな格好をしているかに気付いて耳まで真っ赤に染まる浄。


「み、見ないでください……」


「あ、悪い。これでいいか?」


 少年は白い鴉羽のコートを脱ぐと、浄の肩にかける。彼女にはかなり大きいサイズだが、肌を隠したい今はむしろ都合が良かった。


「あ、あの……お名前、聞いても良いですか?」


 色々あったせいで頭が上手く回らない。でも、彼の名前だけは聞きたいと思ったから。


「オレは、『神威(かむい)』。ただの神威だ。君は?」


「私は……狐(きつね)火(び)…浄(きよめ)……です」


「そうか、浄か。いい名前だ」


 この日、少女は白い悪魔と出会った。

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