初恋の呪縛
米飯田小町
起
「ねえ
授業中。突然隣の席にいる女の子。
俺と彼女の二つの机は隙間なく繋がっているため、声が小さくても自然と耳に入ってくる。
「ん?」
先生の板書をノートに写しながら、特に目線を彼女に向けることなく返事をした。
「私、中学から転校するんだ」
「ふーん……え?」
ポキッっと。シャーペンの芯が折れた。
「え? まじ」
「まじ」
「今日ってエイプリルフールだっけ」
「今三月だよ」
そんなつまらない冗談を言ってしまう程、俺は動揺しまくっていた。
「ど、どこに引っ越すの?」
しどろもどろになりながらも藍塚に聞いた。
「○○県。お父さんが仕事で転勤するんだよ。せっかくだから家族みんなで引っ越そうって』
彼女は俺の気持ちなんて露知らず、質問に答えながら呑気に板書を写している。
○○県だって……? そんな遠い場所に引っ越しちゃうのか。
俺は自分でも驚くほどにショックを受けていた。
「伏見と話せるのもあと少しか~」
間延びした声で彼女は言った。
彼女の口から出たその言葉が、心臓をギュッと締め付けてくる。
……引っ越しとかまじかよ。
単刀直入に言うと俺は藍塚が好きだ。それはもう初恋と言ってもいい。きっかけは恥ずかしい話、一目惚れってやつだ。
あれは確かこの小学校に入って間もないころ、入学式で藍塚を見つけた時だった。
……目が離せなかった。こんなに可愛い女の子がこの世にいるのかと冗談じゃなく本気で思った。
肌は白く、華奢な見た目で、目鼻立ちが整っている。特に横顔が一番好きだった。あんなに綺麗なフェイスラインは、テレビに映る女優レベルなんじゃないかと思う。
しかし、不思議にも綺麗な藍塚を可愛いって思う男子はあまりいないらしい。みんな目が節穴過ぎるんじゃないかと悔しく思っていた。
けれど反対に嬉しくもあった。
俺以外に、藍塚が可愛いと思っている男子は居ないのである。それはつまり、彼女の魅力に俺だけが気づいているということだ。それはそれで誇らしくもあった。
というわけで、俺は小学校一年の時から藍塚の事が好きだった。
入学式ではクラスの発表もされるのだが、教室に入ってから俺は血眼で彼女の姿を探した。俺はクラス替えの神様に心から祈った。どうかあの可愛い女の子と同じクラスになっていますように!
馬鹿馬鹿しい願いだが、八百万の神々というならクラス替えの神様もきっといるだろう。願うだけなら無料なんだから、いくらでも祈ってやる。
しかし彼女の姿は教室には無かった。どうやら違うクラスのようだった。
うちの学校では二年間に一度、クラス替えが行われる。つまりあと二年間は彼女との距離を縮められないというわけだ。俺はこの時すでに新しい小学校生活が億劫になっていた。
おのれ、神様め……
俺はクラス替えの神様を呪った。
時が経ち、俺は三年生になった。
ようやく待ちに待ったクラス替えの時がやってきた。
もしこれで藍塚と同じクラスになれれば、彼女と仲良くなることが出来、男女の仲を縮めることが出来る。。
そういえば、彼女の名は藍塚と言うらしい。
この情報は藍塚と同じクラスだった幼稚園時代の友人から聞いた話だから間違いない。
俺はウキウキ半分。ハラハラ半分で始業式に赴いた。クラス替えが楽しみで仕方ないと同時に、また同じクラスになれないんじゃないかと心配で、昨日の夜はあまり眠れなかった。おかげですっかり目の下にクマが出来てしまっている。
学校に着いて校門へ入ると、既に新しいクラスの名簿表が掲示板にデカデカと貼り出されてあった。これから小学校生活の新シーズンが始まるんだと主張しているようだった。
早速俺はクラス表を見た。
そして再び祈る。あのクラス替えの神様に。
前回はその御業をあまり発揮してくれなかったけれど、今回は期待してますよ。今日のために始業式の一ヶ月前。春休み中地元の神社へ毎日お参りしたんだ。何を司ってる神様か、そしてどんな神様を奉っているかはよく分からないけど、とにかく頼みますよ神様!
しかし、クラス表に自分の名前を見つけたものの。彼女の名前は一向に見つからなかった。
彼女の名前はア行の一番初めである。それにアとイの両方を名前に持つため、居たとすれば出席番号1〜2番を争っているはずだ。故に見つけるのは簡単なはずだった。しかしそれは反対に、彼女が違うクラスであることを早々に悟らされるものでもあった。
何度も何度も確認した。
けれど何度確認しようとも、藍塚という名の欄はどこにも見当たらなかった。藍塚を探してアから始まる名前を探すも、すぐにイの名前が始まってしまった。
……どうやら、また違うクラスになってしまったようだった。おのれ、神様め……
再び俺はクラス替えの神様を呪った。
そしてまた時が経ち、俺は五年生になった。
待ちに待った二度目のクラス替えである。
今回は入念に準備をした。
準備とはいっても相変わらずの神頼みである。
今回は春休み中だけでなく、四年生になってから毎日のように参拝していた。お金は持っていないので、毎日無銭参拝だったが、懐の深い神様はそんなこと気にしないはずだ。
神頼みという入念で曖昧な準備を施し、ようやく今日の五年目の始業式を迎えた。
前日は特に意味もなく早く寝た。おかげでクマなんて無い血色の良い健やかな顔つきだった。心なしか身体も軽い。
昨日早く寝過ぎたせいか、普段よりもずっと早い時間に起きてしまった。家に居てもやることが無いので、俺は早々に学校に向かうことにした。
どうやら夜中のうちに雨が降っていたらしく、水たまりが街の至る所に点在していた。
親に買ってもらった新しい外靴を汚さないように、水たまりはなるべく避けて通った。
そして今日も、神社にお参りに行った。
いつもは学校帰りの夕方に来ていたから、早朝の神社は何かと新鮮だった。
俺は改めて、地元の神社の情景を見た。
比較的小さな
もし神様が存在して、神社がその役割を果たしているのであれば、神様が人間に姿を見せるのは正にこの時なのだろうと、そう思わせるほどの美しさだった。
俺は社にお参りをした。
「藍塚と同じクラスになれますように」
きっと何か良いことが起きるとすれば、こんな日のことなんだろう。
校門へ入ると、新しいクラス表がデカデカと掲示板に貼ってあった。どうやら二年前と一緒のようだ。
早速俺は彼女の名前を探した。
伏見であるフの俺を探すよりも、アとイを持つ彼女の名前を探す方が手っ取り早いのだ。
案の定あっという間に彼女の名前を見つけた。
藍塚 凛という彼女のフルネームは、その時初めて知った。なんて美しい名前なんだろうと本気でそう思った。
彼女の名前を見つけた後、その名簿表の下へ下へと指と視線を同時にずらしていく。俺は一文字も見逃すことはせず、懸命に自分の名前を探した。
その間、ずっと神様へ祈っていた。クラス替えの神様に。
「……あ、あった」
いつの日か、テレビで見たことがあった。
確かドキュメンタリーだったと思う。中学生か高校生か、彼等彼女等がどれくらいの年齢かは覚えていない。けれど受験という、いずれ俺たちが味わうことになる競争の社会をテーマにした番組だった。
主人公は受験生の学生達。
みんなこうやって名簿というか、番号が書かれた掲示板の前に立っていた。そして真剣な表情で自分の番号を探していた。
そして自分の番号を見つけた時、みんなして泣いて喜んでいた。
俺は今正に、そんな受験生達の気持ちを先取りしたような気分だった。
みんなが静かに『一緒のクラス!』だの、『離れ離れになっちゃった……』だの、友人同士で新しいクラスの感想を述べている中、俺は一人ガッツポーズを決めていた。
俺はクラス替えの神様に心の中で言った。
ありがとう。願いを叶えてくれて。
もちろん。周りからは変な目で見られた。
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