「ラック」少年の異世界迷走譚
@THERDRIE
第1話 僕はサイテーだ
家から数キロ。四時間ほどかけて、僕、桐山要はこのビルの屋上に来ていた。もちろん、鍵はかかっていた。だが、扉を蹴破ったらいとも容易く破壊できた。
親が心配しているだろうが、許してほしい。とはいえ、邪魔されたら困る。その万が一のためにも、僕は包丁を携えていた。
一歩踏み出す。すると、冷たい風が、ツン。と皮膚が出ている箇所を突き刺した。ただそれ以上に、伸び過ぎた前髪から薄っすらと見える、地上から十メートルほどの場所から見える月と、家の電気によってできている夜景がきれいだった。普段なら関係ないって、僕はあしらうのに。それも、もう二度と見れないからかもしれない。
ふと下を見る。僕の真下には疲れた社会人。はしゃぐ一人の子供。そして、ちょっとスピードを出している、僕の好きな車、トレノ。
僕は、受験に落ちた。高校受験に、だ。これで僕は浪人生。僕はあの瞬間、この世界に淘汰された。
いつもそうだった。底無しの自信が溢れてくる僕は、絶対にうまくいくんだ。と、そう思っていた。実際のところ、僕がいける。と思ったことはたいてい上手くいく。だが、この大事な人生の岐路で、僕の唯一の長所である運の良さは、神様は、僕を見捨てたのだ。
人間関係にも恵まれていなかった。僕のクラスの女子は、特にそうだった。彼女たちは僕を忌み嫌っていた。特に、女子の中でも人望の厚く、学級長をしているミナを利用していた、ナナという女子が、たいそう僕を嫌っていた。故に、僕の友人であるリュウと付き合っていた頃に行われた修学旅行の二日目と文化祭では、とても僕が楽しいとは言えないことをしてきた。
空を見据えて、目を細める。
疲れたなぁ。
笑う。嬉しかった。もうこれで、僕はなんの心配すらせずにこの生涯を終えることができるのだから。そう思うと、嬉しくて、嬉しくてたまらない。
十五年とちょっと。そんな短い出来事だったけれど、いろいろなことを体験した。友達の賢さ。僕の未熟さ。先生の偉大さ。僕の無力さ。親の手厚いサポート。僕が消費した無駄な時間。みんなの凄さを実感するたびに、胸が痛くなった。
「ありがとう。そして、さようなら」
いつしか風は止んでいた。まるで、僕を留めるのをやめたようだった。
その時、僕は空中はこの身を、宙へと投げた。
頭を下にしたまま、九メートル。八メートル。徐々に、地面との距離が近くなる。まるで、ジェットコースターが下っているときと同じような気分を味わった。
そしてあと少し頭を下に動かせば地面とぶつかるその瞬間、僕は未練を残してしまった。絶対に残すまいと、頑なに決心していたのに。だけど僕は、願ってしまったのだ。
『ああ。 。』
一滴の涙をこぼして、僕は目を閉じ、最後に願うのだった。
そして僕は、意識を失うのだった。
そう思ったのに、僕の頬には柔らかい、そんななにかに滑られているような気がした。しかも、やけにあったかくて、それにまとわりつく液体?のようなもののせいで、背中あたりがゾワゾワした。
あまりの出来事のせいで、僕はうおっ!?と、我ながら情けのない言葉を出して起き上がった。ふと横を見ると、そこには羊に似た動物が、こちらを見つめるように、舌を出していた。
ううぇっ!
木の中でも一番大きい大木の木陰で、僕は吐きそうになった。
「あ、ようやくおきた。大丈夫?怪我とかはない?」
「だ...だいじょう...ぶ」
突然声をかけられた金髪の少女に、僕は驚きながらも空元気で返事した。
僕はたしかに死んだはずだ。あのとき、確実に僕は飛び降りた。死ねたはずだ。なのに、そこに広がる新緑の草原と、その中に佇む大きな屋敷を見ると、やけにそのことが嘘のように思えた。
だからこそ、僕は一つの結論にたどり着いた。
「それにしても、天国なんてあったんだね」
「何言ってるの?ここは天国じゃなくて私の領地、カノン邸よ。」
風がなびく。前髪が邪魔だったから、抽象的に見えたけれど、風のおかげで、前髪は眉ほどの高さまで行き、視界がクリアに見えた。
金色に近い、肩までかかった髪に、おしとやかな雰囲気を醸し出すその藍色の目。そして、まさにお嬢様と言った感じの、白いドレスを身にまとっていた。僕のドタイプである。
「わかった?」
そんな彼女の言葉に、思わずドキドキしてしまう。恋愛経験を積んでおくべきだったと、少し後悔する。
そう思いながらも、僕はたどたどしく返事をしてみせた。
「わ...わかったよ」
「そういえば、あなたはどこから来たの?もしかして迷子?」
「いや、そういうわけではないけれども。僕は日本から来たんだ」
「日本?どこにあるの?」
日本という単語がわからないカノンの姿を見て、僕は気がついた。にわかには信じがたいことだった。
僕は、桐山要は。異世界に来てしまったらしい。それも、あんなところよりもずっとずっといいところに。僕の心は嬉しさと失望の感情でごちゃごちゃだった。
「えっとね...。人がたくさんいるところだよ。だけど...帰り方がわからなくって。おまけに、帰れても...」
「じゃあ、屋敷に住み込む?」
なんと純粋なのだろう。僕の中にあった女性像は、男性を容易く裏切り、蹴落とし、おまけには過去の出来事を引きずり続けて何度もイヤミを言ってくる。そう思っていた。しかし、彼女のお陰でそんなイメージが払拭されかけていた。こんな女性を僕は初めて見た。
「いいのかい?僕が何者なのかもわからないし、もしかしたら君を殺そうとしているかもしれないのに」
「放っておけないのよ。私は、あなたみたいな人を助けたい」
僕は、彼女こそが女神なのだろうと、そう思った。
「私はカノン。ここ、カノンの次期王女候補よ」
「僕は桐山要」
「ごめん...。き、きりさや?」
「ああ、ごめんごめん。カナメだよ。カナメ。そう呼んでほしい」
急に何を言っているんだろうか。カノンに要と呼んでほしいと言っただけで、羞恥心が収まらない。彼女はぽかんとしながらこちらを見ている。やはり、距離を縮めようと意識しすぎてしまっただろうか!?
僕が混乱していると、彼女は微笑を浮かべ、その名を呼んだ。
「じゃあまずは住んでもいいか聞かないとね。行こっか、カナメ!」
「うん」
彼女が差し伸べた、雪のように白い手を、僕はガラスのように、傷つけないようにそっと触れ、立ち上がって屋敷へと向かった。
怪しまれないように、懐にしまっておいた包丁は捨てておこう。
屋敷に向かう道中、怪しまれたら困ると判断したため僕は、手を繋いだままの状態で、もう一方の手で懐を漁った。だが、包丁はどこにも見当たらなかった。
どこやったっけな。
疑問を抱きながら、僕はカノンと一緒に屋敷へと入るのだった。
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