第2話「勇者オーディションと聖女オーディション」

「第173代勇者と第157代聖女オーディションを受ける方は、必ず受付を済ませてください」


 第106代目勇者と魔王は、とある盟約を交わした。

 自分たちの持つ力を争いに使わず、世界を生きる人々を楽しませるために使おうと。


「ねえねえ、次の世代の勇者様の顔レベルはどんな感じ?」

「体格はいい人が多いけど、顔はちょっと……」


 まるで物語のような設定が組み込まれた世界に転生した私は、初めて平和な光景を目にすることになる。

 そんな破っても支障がないような盟約は、何百年も経過した現代でも有効とされているらしい。


「顔をとるか、体をとるか……」

「未来の伴侶探しも楽じゃないわ……」


 この世界で勇者と魔王は私利私欲のために戦うことはなく、国民を楽しませるためのパフォーマンスとしての戦闘を披露するために今日も磨きをかけている。


「そんなこと言ったら、聖女の面々だって!」

「ほ……ほら、聖女様は顔を隠している人が多いから……」


 この度、第172代勇者と第156代聖女様が結婚をすることになった。

 結婚が決まると、勇者と聖女の役職を離れることが定められている。

 そして新たな勇者と聖女の募集が始まるというのが、この世界に置ける勇者の在り方。


「……勇者様に復讐……勇者様に復讐……勇者様に復讐……」


 世界には、前世持ちと呼ばれる人々が存在する。

 前世持ちとは、前世の記憶と魂を引き継ぐ者のこと。

 異世界からの転生者が前世持ちになる可能性が高いとか、頭のいい人たちは今もいろんな議論を交わしている。

 けれど、私にとっては、そんな理論どうでもいい。


「……今度こそ、勇者様に復讐を……」


 毒耐性を持つ一少女としての記憶と魂を引き継いだ私は、もちろん前世持ちに該当する。

 勇者様に絶たれた命。

 愛しの魔王様に何も残すことができずに終わった前世を悔やんだ私は、今日も勇者様への復讐を試みる。


「勇者様だけが幸せになるなんて許さない……」


 もちろん前世で私の命を奪った勇者様が、現世で前世持ちとして生まれてくるとは限らない。

 それを理解した上で、私は勇者様という役職に就任する人間に復讐すると幼い頃から決めていた。


「随分と物騒な呟きだな」


 まるで人々の聴覚を癒すために存在するような、とても綺麗な低音が私の聴覚を一瞬にして惹きつけた。


「勇者に復讐とか、物騒なことを呟いていたから声をかけさせてもらった」


 久しぶりに開催される勇者・聖女オーディション。

 数えきれないほどの人々が集う大きな広場で、わざわざ小声で呟いていた私の言葉を拾い上げる人物が現れるわけがない。そんな高を括っていた私の元に天罰は下された。


「すみません!」

「いや、まだ俺は勇者じゃない……」

「通報しないでください……」

「別に妄想するくらい自由だろ」


 勇者・聖女オーディションが行われる会場で不審者扱いされ、この場からつまみ出されて私の復讐計画は台無しになる。

 そんな妄想を打ち消すように、声をかけてきた男性は優しい言葉で存分な甘えを私に与えてくれる。


「……お兄さん、とても綺麗な顔立ちですね」

「お兄さんはやめろ。どうせ、たいして年齢は変わらないだろ」

「顔に関しては否定しないんですね」

「女に声をかけられる回数が多い自覚はあるからな」

「ふふっ、面白いです。お兄さん」


 世を生きる女性の平均身長を下回る私は、声をかけてきた男性の身長の高さに驚かされる。

 けれど、男性は私に親しみやすい空気を与えながら話を弾ませてくれる。

 おかげで驚くくらいの身長差も、私が抱えている勇者復讐計画が聞かれてしまったことも気にならなくなってくるから不思議だった。


「ローレッド・ドフリー」

「あ、お名前ですね!」


 お兄さんと呼ばれることに耐えかねたのか、素敵な容姿と声を持つ男性は名乗らなくても支障のなさそうなのに、私に貴重な名を教えてくれた。


「私はフェミリア・ウィネットと申します……が、リアという略称で呼ばれることが多いかと……」

「ん、まあ、適当に呼びやすい方で呼ぶ」

「よろしくお願いいたします」


 名前を知るのは、特別なこと。

 名前を呼ぶことができるのは、もっと特別なこと。

 まだ出会って数分しか経っていないのに、ローレッド様は私にとっての特別を与えてくれた。


「ローレッド様、注目されていますね」

「まあ、モブみたいな顔の勇者候補が多いからだろ」


 暇を持て余している人たちは、勇者・聖女候補の顔面チェックに勤しんでいた。

 1番目立つ美しい容姿をしているローレッド様が見つかってしまうのに、時間はほとんどかからなかったかもしれない。


「ローレッド様は自信家ですね」

「自信がなきゃ、勇者オーディションなんて受けに来ない」

「確かに……」


 ローレッド様の話し相手になっている自分は、まるで特別な存在に扱われているような気分になってくる。

 それだけ多くの人たちにローレッド様が注目されているのが分かって、顔に籠るはずのなかった熱のようなものを感じ始める。


「で、どんな復讐をするんだ?」


 顔が熱くなってきていることなんて知ってから知らずか。

 ローレッド様は、話を出会った頃の振り出しへと戻す。

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