第87話 襲撃
祖父の登場に対してはまず、父が反応した。
「父様、停戦はオルテノス侯爵である私が決めたことです。どうか、口出し無用に願います」
父は鋭い視線を祖父に向けた。
これはちょっと怒ってるな。
「ラドナーク、これはお前に対する警告でもある。ナイアに甘い対応をするな」
「甘い対応ではありません父様、これは順序の問題なのです。とりあえず父様は黙っていていただけますか?」
「くく、あははは、言うようになったではないか」
父は祖父に厳しい口調で告げた。
開催前の段階で、父はこうなることを予期していたのだろう。
そもそも停戦自体、父が周囲の反対を押し切ってのことだ。
今更、祖父にかまっている暇はないということだ。
「ウルゴール、貴様、よくも我々の前に顔を出せたものだな」
「よう、ホシロス侯。最近戦場であって以来だな。調子はどうだ?」
今度はガルタノが顔をしかめながら祖父に話しかける。
祖父は、つい先日殺し合いをしたガルタノに対してフランクに声をかけた。
「……ここへ何をしに来た?」
「雑談もできんのか、つまらんな。俺は、お前たちに手土産を持ってきたんだ」
手に持ったズタ袋を雑にテーブルの上に投げた。
ズタ袋は古い血がどす黒く固まっている。
「開けてみろ」
祖父はガルタノに開封を促す。
俺は少し嫌な予感がして、この後起こる出来事に備えて心の準備をした。
ガルタノは一切表情を変えることなく、ズタ袋の中身を取り出した。
それは――老年の男性の首だった。
祖父は、その様子を見て凶悪な笑みを浮かべた。
(あーあ)
「先々代様……!」
「……」
ダビデの口から悲痛な声が漏れる。
ガルタノは、能面のような表情で不気味に沈黙を保っていた。
「簒奪者の一人、先々代ホシロス侯爵、ダルメヌオスの首だ。気に入ってくれたかな?」
ダルメヌオス・ド・ホシロス。
六十年以上前の王位簒奪事件にも協力した人物で、先日の祖父の討伐作戦にも参加していた。
俺がバルバトを討ち取ったことで、祖父の進撃は止まらなくなり、先々代ホシロス侯爵ダルメヌオスが殿となったらしい。
その結果、祖父に討ち取られた。
「貴様……よくも、よくもぉぉ!」
ダビデは怒りをにじませ、体を震わせた。
父親と比べてまだまだ感情の制御が甘いようだ。
「当時を知る大罪人も、あとわずかとなった。ダルメヌオスの意思を継ぐお前たちも、直にあの世へ送ってやる。……いや、この場の趣旨はそうではなかったか。どうするホシロス――停戦でもするか?」
祖父は薄笑いを浮かべた。
やれるもんなら停戦してみろ、という挑発。
祖父の言葉は、明らかにホシロスの退路を塞ぐ意図で投げかけられたもの。
「これほどの屈辱、許しておくものか!」
ダビデが激昂し、魔力が練られていく。
「はは、そうこなくてはな……」
祖父も、魔力を練り始める。
(やれやれ、こうなったか)
祖父の狙いは、停戦協議をぶち壊しにすることだったのだろう。
ダビデの暴走を口実に戦争を起こす。
今までの努力は何だったのだと途方に暮れる思いだが、こうなった以上、どうしようもない。
俺は制圧する方向に頭を切り替えることにする。
(……ただルーナだけは、どうにか生かしてもらう方法を考えないとな)
そんなことを思っていたら、死地に飛び込む者がいた。
「――もう、やめてください!」
ダビデと祖父の間に立ち塞がったのは、ルーナだった。
(エェ、何してんの?)
俺は早速、頭を抱えた。
祖父がルーナに容赦するとは、到底思えなかったからだ。
◇◇◇◇
ルーナは、気がついたら飛び出していた。
このままここが戦場になったら、すぐにでもナイアとオルテノスの間で戦争が勃発してしまう。
そうなれば元の
「その金髪に翡翠色の瞳、ナイアの姫だな?」
「私はルーナ・フォン・ナイア。ウルゴール殿とお見受けしますが、ここは停戦協議の場です。どうか矛をお収めください」
「ふむ、貴様は大罪人の血を引いていることを自覚しているか?」
ウルゴールの冷たい金色の瞳に射すくめられ、ルーナはたじろぐ。
「っ……かつてナイアがオルテノスに行ったことは、決して誇れることはありません。オルテノスがこの血を憎む気持ちも理解できます。ですが、戦争はもう終わりにしなければなりません」
「俺には、貴様らのすべてが癪に障る。多くの同胞を手にかけてきたその口で、停戦などという言葉が出ることに吐き気がする。貴様らが母に行ったことを考えれば、百回殺しても足りない」
ルーナは、これまでウルゴールのような世代の憎しみを直に受けたことはない。
きっとどれほど言葉を尽くしても、理解されることはない。
それがルーナには分かってしまった。
かつてのオルテノス王女イルミナの長男であるウルゴールが引き継いだ闇は、想像以上に深かったのである。
「……虫の良い話というのは理解しています。ですがどうか……。私はこれ以上、家族を失いたくないんです……」
ルーナができることはただ懇願することだけだった。
当然、そんなものが通じるわけもなく……。
「……そうか、なら死ね」
ウルゴールは極大のミーティアレイを放つ。
「ルーナァァァ!」
兄ニコラスの叫ぶ声が聞こえたが、もう遅い。
莫大な魔力量の熱光線が、視界を覆い尽くす。
圧倒的な殺意。
ルーナは自分の死を確信した。
しかしその光線がルーナに届くことはなかった。
ルーナの前に一瞬で現れた影が、その光をすべて受け止めたからだ。
「一体どういうつもりだ?」
ルーナとウルゴールの間には、黒髪の少年が立っている。
ウルゴールは、その少年に問いかけた。
「――シャルカ」
ルーナは、その背中を見てたまらなく胸が苦しくなった。
少年の左腕はその表面が黒く炭化している。
左腕を犠牲にしたのだ。
「シャルカ様、一体どうして……」
ルーナはシャルカに問いかけた。
その少年、シャルカはルーナの方を見て何も言わず、はにかんだように笑った。
その仕草を見て、再びルーナは胸を締め付けられる。
「お祖父様、ここは停戦協議の場です――どうか俺の顔を立てて、収めていただけませんか?」
シャルカはウルゴールに意見をしてみせた。
その姿はまるで強大な敵に立ち向かう英雄のようだった。
なぜ、こんなに体が火照るのか。
どうして、これほど疼くのか。
「シャルカ、お前も停戦を望んでいるのか?」
「――はい」
今なんと……?
ルーナは、信じられない言葉に耳を疑った。
「かぁ〜〜! チッ、ラドナークの奴に従ってるだけならやめておけ。俺に従ったほうが利口だぞ?」
「いえ、これは俺の意思ですので、どうか」
シャルカは、不退転の決意を固めていた。
ルーナは何が起こっているのかわからなかった。
しかしシャルカのその言葉は、ルーナが他の何よりも求めてやまないもの。
それは、暗闇の中に光が差しこんだ瞬間だった。
「はぁ……半分はお前の手柄だ。今回はシャルカに免じて退いてやる」
ウルゴールはため息を一つつくと、不服そうに踵を返し、自分の椅子に座った。
シャルカは停戦反対派ではなかったのか、とルーナは疑問に思う。
しかしシャルカは、身を
その事実だけで、ルーナには十分だった。
一度は消えかかっていた炎が、再びルーナの胸の内に宿るのを感じた。
それどころか、炎はかつてない輝きを見せ、その身を焦がすほどに燃え盛る。
重くのしかかっていた何かが、剥がれ落ちる音を聞いた。
先程までとは違う、まるで新しい自分に出会えたような、春の訪れ。
その炎は、――ルーナの積もりに積もった雪を解かし始める。
◇◇◇◇
祖父の思い切りの良さには、呆れを通り越して感心する。
いきなりミーティアレイをぶっ放すなんてやりすぎだ。
あのままだとルーナは消し炭になっていただろう。
本当に、間一髪だった。
(痛ェ……)
魔力盾を何重にも起動してこれだ。
魔法障壁を使えば防ぎきれたかも知れないが、間に合わず、左手で受けるしかなかった。
「ルーナ大丈夫か!」
「……はっ」
兄のニコラスの声で、ルーナは覚醒したようだ。
左腕が黒焦げになった俺を見て、小さく悲鳴を上げる。
「た、大変! シャルカ様、ただ今治療を」
ルーナは俺の手を取り、魔力を流し込んだ。
腕がギュルりと再生して、痛みが引いていく。
温かい。
「……はぁ……はぁ…………うぅ…………」
ルーナは、熱い吐息を漏らす。 どこか様子がおかしい。
(おや?)
送られてくる魔力からは、今までにない感情が紛れていた。
それは花の蜜壺からじわじわと滲み出てくるような、甘く、ねっとりとした俺宛の獣の欲求。
ルーナのこの感情はまだ生まれたばかりといった様子で、幼児退行したように「しゅき」と連呼しているようなもの。
エルミアよりもどこか拙いが、ある意味、偏愛の形としては正しい。
「ルーナ殿、大丈夫か?」
「な、なな、なにがですか?……はぁ……はぁ」
これはこれは。
俺はルーナの表情を見て、心の中でニンマリする。
どうやらルーナに自覚はないようだ。
今までずっと堰き止められていた何かが、溢れ出したような、劇的な変化だった。
先程まで塞がれていた深いところに、明らかに俺専用の魔力のパスが繋がるようになっている。
「き、貴様ぁぁ〜! ルーナが嫌がっているだろう! 離れろ、離れるんだぁ!」
ニコラスがガニ股で抗議してくる。
その様子は少し滑稽だった。
「嫌なのか、ルーナ殿?」
「…………嫌じゃ、ないです」
俺の左手はすでに完治しているが、ルーナは絶えず俺に魔力を送り続けている。
それどころか、自分の胸に引き寄せた。
手の甲に柔らかく、むっちりとした感触が伝わる。
(ホホホ)
できればルーナには、この気持ちをゆっくり成長させて高めていってほしい。
「ば、馬鹿な……ルーナが……不信を乗り越えた……だと?」
ニコラスは信じられないものを見たように頭を抱えた。
「ニコラス殿、大丈夫か?」
「…………殺す? 殺すか? いや、でもそうしたらルーナに嫌われてしまう! うぉぉぉ、俺はどうすればいいんだ!」
ニコラスは端正な顔が歪むほどに葛藤している。
……ルーナの兄、やばいやつ多くない?
そんな一幕があったが――唐突に終りを迎える。
「――仲間割れとは、愚かだな」
ガルタノが突然、周囲の視線を引き付けるように呟いた。
ああ、そういえばこいつらの存在を忘れていた。
「何?」
「ウルゴール、貴様はさっき停戦するかと聞いたな。――答えは当然、否だ。お前たちオルテノスは、ここでホシロスの手で仕留めると決めていた」
ガルタノの顔に自信の表情が浮かんでいた。
この時点で俺は、どこか背筋が凍るような嫌な予感がしていた。
「あ?」
「そして――もうすでに仕込みは終わっている」
ダルメヌオスの首を見ても眉一つ動かさなかった男。
その男が、底知れぬ悪意を今は隠すことすらしていない。
父も、ガルタノの様子のおかしさに気づいてロアに警戒を促している。
(何かするつもりか?)
ルーナは、少し頭がお花畑になってしまっているし、ニコラスもルーナの変貌に絶望した表情を浮かべているだけ。
この二人が関係しているとは思えない。
(となると、第三者の襲来――か)
俺は、とっさに感知魔法のソナーを打ち込んだ。
すると、やはりと言うべきか嫌な予想は当たっていた。
完全に予想外の方向から、しかも複数――。
「父様、上です!
「なに?!」
父が珍しく、焦ったような声を漏らす。
「勘がいいな、シャルカ。だが、分かったところで遅い」
ガルタノの言葉の直後、それは地面に落下した。
爆発したかのように地面が崩れた。
土煙が舞い上がり、それが収まると人影が現れる。
「あぁぁ、首打ったぁ、めんどくせぇ」
襲撃者一人が、首を回しながら言う。
獅子のような
「――いやはや、登場くらいはもう少しスマートに決めたかったですねぇ。せっかくの衣装が台無しです」
もう一人は、マジシャンのような服についた汚れを払う、神経質そうな黒紫色の髪の優男。
パラシュートなど存在しないこの世界で、上空数千メートルから決死のダイブを行えるのは
やれるかどうかは別にして、実際にやろうと考えつくことが恐ろしい。
(こんな芸当ができるのは、貴族じゃないな)
上空に上がる手段だが、おそらく空を飛ぶ生物を使ったはず。
『浮竜』という数十メートルほどの、上空を漂う幻獣がいると聞いたことがある。
「……シャルカ、ロア、気をつけろ、敵は星具持ちだ」
父が、俺達に警戒を促す。
落下してきた
やはりホシロスとつながっていたか。
(少し、まずい状況だ)
星具を持った
俺はまだしも、父とロア、ルーナはかなり不利だろう。
(さて、どうするかな)
そう考え始めた時、すでに誰にも気づかれずに動く存在がいた。
――祖父である。
「……星具があれば、勝てると思ったのか?」
「うぐっ!」
祖父は、すでに一人、襲撃者を捕らえていた。
その首を掴み、持ち上げる。
そして――
「――消えろ」
「ぎゃぁぁああ……!」
祖父は容赦なく、ミーティアレイを解き放った。
襲撃者の一人は断末魔の叫びをあげながら、強烈な光の奔流に飲まれて消える。
すべては一瞬の出来事だった。
「チッ、これだから
橙色頭の襲撃者が、たった今消え去った同胞を冷たい目で見送った。
「まぁそう言わずに、レオリール。お陰で、ウルゴールの『虚ろな影』が見れたでしょう」
黒紫色の髪の襲撃者は、余裕の笑みを浮かべていった。
「それもそうだな、コルヴァス。ただ流石に一回見ただけじゃきついな。あれの相手は、手筈通り慣れてるホシロスに任せるとしよう」
「ええ、それが最善でしょう」
コルヴァスと呼ばれた黒紫色の髪の男は、レオリールと呼ばれた橙色髪の男に同意する。
レオリールと呼ばれた男は、そう言って不思議な紋様が描かれた立方体の装飾品をガルタノに投げ渡した。
ガルタノは受け取ったそれを興味深そうに眺める。
「ふん、こんなものが本当に使えるのか?」
「当然だ。使い方を誤るなよ」
「ああ、分かっている」
ホシロスと襲撃者たちは怪しい会話を繰り広げていた。
ただ、これでホシロスが襲撃犯と通じていたことは確実。
ルーナは可哀想だが、元より停戦の道はなかったということだろう。
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