第85話 心優しき太もも王女

 ルーナは俺の想像を遥かに超える美少女だった。

 文通で性格、教養は申し分ないことは分かっていた。

 あとは、容姿が良ければ完璧だよなぁ、と思っていた矢先に美少女これである。


「ラドナーク・ド・オルテノスである」

「お会いできて光栄ですわ、ラドナーク様。今日はオルテノスとホシロス、そしてナイアがより良い一歩を踏み出せるよう、共に励みましょう」

「それは素晴らしい提案だ。我々の未来に幸あらんことを」


 父は貴族のベールで感情を巧妙に隠している。

 未だ、信を置ける相手か様子を伺っているのだろう。

 ルーナは父との挨拶を終えると俺に向き合う。

 まぁ、次はこっちに来るわな。


「はじめまして、オルテノスの方。あの、私ルーナです……」


 ルーナは父の時とうって変わって、モジモジした様子で俺に声をかける。

 気になるクラスメートに話しかけに来たかのよう。


「シャルカだ。あまりに麗しいナイアの姫君を前に言葉が出ない。こがね狐の精に化かされたのかと思うほどだ」


 貴族の令嬢を褒める時は、何か可愛いものに例える事が多い。

 花系が無難だが、この世界の生態系も豊かなので、動物や昆虫など例えの幅は広い。

 ちなみにナイアは黄金色の毛並みの狐が家紋に描かれているので、今回はそれを引用している。

 ルーナは俺の名乗りを聞いて、ぱぁっと顔を輝かせる。


「まぁ、お上手なのですね。シャルカ様は手紙から想像した通り、凛々しい殿方ですのね。ずっとお会いできることを楽しみにしておりましたわ」


 興奮と喜悦。

 貞操帯をつけているとは思えないほど、ルーナからは、好意的な感情が向けられているのがわかる。


「ナイアとオルテノス、今は反目している両者ですが、友好を実現できた暁には、公の立場ではなく、私人としてシャルカ様とは今後とも良い付き合いができると……」


 ルーナは頬を赤らめて言う。

 これは、まさかの脈アリなのか?

 いつの間に俺はこんなにルーナの好感度を稼いでいたのだろうか。

 そんな疑問をいだいていると、第三者によって会話が強制的に中断させられる。


「来たようだなラドナーク。ん、ウルゴールはいないのか。貴様、よもやその子犬共を連れて散歩でもしにきたのではあるまいな」


 一人の大男が、野太い声で父に挑発的な言葉をかける。

 ホシロス侯爵ガルタノ。

 顔に傷のある歴戦の戦士といった出で立ち、停戦協議の場であるにもかかわらず、その装いは明らかに戦装束であった。


「その子犬に、足元を掬われたのはどこのどいつだ、ガルタノ」

「言ってくれるじゃないか、俺達からバングウォールをかっさらったのはどっちの子犬だ?」


 ガルタノは俺とロアを見比べ、俺に焦点を合わせた。


「貴様がシャルカだな」

「そうだ」


 俺はガルタノと正面から視線をぶつけ合う。


「血に飢えている顔だな、貴様からはウルゴールと同じ匂いがする」


 ガルタノは、忌々しそうな顔でめつけ、俺に妙な評価を下す。


(誰が血に飢えた狼や)


 ガルタノに内心でツッコむ。

 俺みたいな平和主義者になんてことを言うんだ。


「ガルタノ様、この場をかき乱すようなことはおやめください。まだ停戦交渉のテーブルについてもいないのですから、挑発するような言葉は、控えていただきたく……」

「停戦など馬鹿らしい。何故我々がそれに応じなければならない? 今までどれほどの血が流れたか忘れたのかルーナ殿、我々はオルテノスへの恨みを決して忘れていない」


 ルーナの抗議に、ガルタノは応じようとしなかった。

 やはりホシロスはすんなり納得しないか。

 あまり好ましい展開ではないが、ある程度予想通りの展開ではある。


「いけません。これ以上戦火を広げれば、双方にとって不幸な結末が待っています。ここでどうか矛を収めてください」

「ルーナ殿の言うとおりだガルタノ、敗者は潔く停戦するのが、大陸憲章に定められた貴族の習わし。それを否定するというのか」


 ルーナの強い意志を感じさせる言葉に、父が同調する。

 これで父は停戦を支持していると、ガルタノの頭にインプットされたはず。


「牙を失った貴族の言葉など聞くに耐えん。元より六十年とこの戦乱を長引かせたナイアには今更引き返す選択肢はない。ルーナ殿がそれほど必死になるのは、女王になるという私利私欲のためであろう。西に頭の上がらないオルテノス同様、醜い魂胆が透けて見えているぞ」

「わ、私はそのような……」


 どうやらルーナは、ホシロス家の手綱を掴んでいるわけではないらしい。

 様子を見ているに、意思統一ができないままぐずぐずしていたら、当日を迎えてしまったようなまずさを感じる。


(これじゃ、一向に話が進まない)


 ルーナの未熟さもあるだろうが、ガルタノのような海千山千の貴族を放り込まれたのは、流石に不憫だ。

 女王カルリーナは、一体何を考えているんだか。


 そう思っていると、父から俺に合図があった。


(……まぁ、そうなるよな)


 気が進まないが、俺は一芝居打つことに決める。

 せっかく出会えた可憐な姫とのフラグをバキバキにへし折る事になるかもしれないが、やむを得ないだろう。


「はぁ……だから言ったでしょう父様」


 俺はうんざりしたように大きくため息を付いて、この場の注目を集める。


「ホシロスは停戦に合意などしない。やはり停戦などせず、滅ぼしたほうが手っ取り早い」

「シャルカ様? 一体何を……」


 ルーナが俺を見て目を白黒させる。

 これで俺と父が相反する考えを持っているということが伝わったはず。


「ガルタノ殿、あんたの言う通りだ。オルテノスもホシロスに対する恨みを忘れてなどいない。父様はあんたらの生存を許すようだが、俺はそうではない」

「……ほう」


 ガルタノは感心したような声を漏らす。

 おそらく余裕のアピールだろうが、警戒心を隠せていない。


「ホシロスにその気があるのなら、今すぐにでも応じる用意がある。覚悟ができているならば、その剣を抜くがいい」


 そういって俺はパイプの星具を持ち出す。

 使わないに越したことはないが、もしガルタノが本気でやり合うつもりがあれば、このままホシロスと全面戦争に突入するだろう。


「シャルカ様、いけません!」


 ルーナの悲痛な叫び声が響く。

 一触即発の雰囲気。

 ガルタノは腰の剣に手をかけようとして……止める。


「がっはっはっは……! それがシャルカ殿の本性か? 傑物なのか愚者なのか、未だ区別がつかん。だがその胆力は守り手にしておくには惜しいな」


 ガルタノは豪快に笑ってみせた。

 その様子を見て、揺さぶっていたはずのこちらが冷や汗をかかされる。

 侯爵家の当主の器の大きさというものを、垣間見た気分だ。


「だとしたらどうする? ガルタノ殿」


 俺は内心の動揺を必死に隠しながら続ける。

 父が俺に停戦反対派を演じるように言ったのは、ホシロスを疑心暗鬼に陥らせるためだ。

 俺という存在はいわゆるブラックボックスのようなもので、ホシロスからすれば、どういう立ち回りをするかわからない不気味な存在に映る。

 父はその心理的な隙を、巧妙に突いたのだ。


「……いいだろう。貴様の覚悟に免じて協議のテーブルにつくくらいはしてやる」


 ガルタノがついに折れた。

 俺は内心ホッと肩をなでおろす。


(ふぉぉ、良かった。これでようやく話は進むな)


 今のは「良い警官、悪い警官」のセオリーに近い。

 俺という理解不能なヒール役がいることで、父の主張に妥当性が生まれる。


(中々危ない賭けだったが、なんとか役割は果たせた)


 ここが戦場になれば、父やロアの命を危険にさらすことになっていた。

 最大四人のステラ級を相手に、被害を出さずに制圧する自信はまだない。


 皆が皆、状況に安堵する中ただ一人、俺の好感度が大暴落している者がいた。


「シャルカ様……嘘、ですよね?」


 ルーナが光を失った目で俺を見ていた。

 信じていた人に裏切られてしまったというような。


(心が痛ェ)


 果たして文通の俺は、一体どんなイメージだっただろう。

 家族思いで、平和をこよなく愛する、紳士の中の紳士シャルカ様といったところか。

 どうやらルーナの中にあったピュアなシャルカ像をぶち壊してしまったようだ。


「ルーナ殿、俺達は友好のためにやってきたわけではない。停戦にメリットがあったからに過ぎないんだ。それがなくなれば当然、停戦には応じない。オルテノスは今まで通りナイアを滅ぼすまで進み続けるだろう」

「……なんて恐ろしい」


 ルーナに絶望の目で見られて、俺のブレーキはどうやら壊れてしまったらしい。

 美少女にドン引きされると、何故か癖になってしまう現象かもしれない。

 ただ、ここで嘘だよと言ったら、全部が嘘になってしまう。

 俺はヒール役を続けざるを得ない。


「おい、おいおいおい! 貴様、なぜルーナを傷つける!」


 金髪碧眼の長身の男が俺に詰め寄ってきた。

 どこかバルバトに似た面影がある。

 おそらくこいつがルーナの兄ニコラスだろう。


「ルーナがどんな思いでこの停戦協議に望んでいるのか、貴様はわかっているのか」


 もちろんわかっている。

 手紙で色々教えてもらっているからな。


「ああ、だがその上で言わせてもらう。停戦は無意味だと」

「貴様、なんということを?!」


 ルーナ兄は激昂して俺に突っかかってくる。

 この兄、なんだかやばい匂いがするな。


「ルーナ殿は、恒久的な和平を望んでいるのだろう? 残念だがそれでナイアとオルテノスの確執が消えることはない」

「……では、どうしたら良いというのです?!」

「かつての行いを謝罪し、オルテノスに王位を返還すれば良い。それが最も建設的で手っ取り早い」

「…………王位を返還することは、できません」


 ルーナは絞り出すように言った。


「当然だ。国を売るようなことを言えば、俺はあなたを軽蔑していただろう。だが、それこそが問題の根幹なんだルーナ殿。表層だけ掬い取って声高に叫ぶだけでは和平は実現しない」

「…………私が平和を望むのは、間違っていたというのですか?」


 ルーナは、その瞳に涙を浮かべながら俺に問いかける。

 不謹慎かもしれないが、葛藤するルーナの姿は――美しいと思ってしまった。

 気の毒な境遇ながら、健気に前向きに和平を考えている姿はぐっと来る。

 ルーナは、気高く高潔で、本当に心優しき太もも王女なのだろう。


「ルーナ殿は別に間違ってはいないさ。ただ、平和を実現するには何者にも屈しない力がいる、それだけだ」

「……っ」


 ルーナは言葉を失って俯いてしまった。

 遠回しに「お前は何の力もない」と言ったようなものかもしれない。

 

 これ以上はいたたまれない気持ちになるので、俺はニコレッタにパイプを預け、会場に歩を進めることにする。

 視界の端に、呆然と立ちすくむ可憐な姫が見えた。


(これ、やりすぎたか?)


 俺は太もも王女の幻想を打ち砕いてしまったのかもしれない。

 正直、会話を重ね、ドン引きされる毎に惹かれていく思いはあるが、敵同士だという前提を忘れたわけではない。

 ゆえに、どれほど好みの体をしていて、顔も性格もどストライク、横切った際に甘い香りが鼻腔を刺激し、滾るものがあったとしても、簡単に心を許すことはない。


 それでも一人の人間として、この美しい魂を持った少女に傾いていく気持ちを偽ることはだけは難しかった。



 ◇◇◇◇



「ここで、星具をお預かりいたします」

「すでに置いてきた」

「かしこまりました、中へどうぞ」


 会場の入口でナイアの武官が、ボディチェックを行っていた。

 停戦協議に参加する者は、星具の持ち込みを許可されない。

 故に、ナイアとオルテノスの武官によるダブルチェックが行われる。


 俺とロアは揃って、会場に入る。

 ロアは緊張しているのか、俺の服のすそを掴んでいた。

 会場には、大きな長方形のテーブルに椅子が両サイドに八つずつ。

 武器などを隠しておける場所はない。


 反対側に椅子に、足を組んで腰掛けている若い男がいた。


「全くオルテノスと同じテーブルに付くなど、世も末だな」

「ああ、全く同じ気持ちだ」

「ダビデだ。先ほどのやり取りは一興だったぞ、オルテノスの」


 ホシロス侯爵家の次期当主、ダビデ・ド・ホシロス。

 茶褐色の髪に精悍な顔つきは、父親の面影がある。

 ダビデは愉快そうに俺達に語りかけてくる。


「シャルカだ」

「ロア」

「そっちはお前の妹か? 中々に可愛らしい顔をしているな」


 ダビデはロアを見て舌なめずりしている。

 バルバトの同類か?

 俺は無言でダビデを睨みつける。


「冗談だ、そう怒るな。ところでウルゴールは来ていないのか?」

「逆に聞くが、なぜそれほど気にする?」

「別にいいだろう。それに停戦協議のような場では、ステラ級の人数を合わせる決まりだ。オルテノスは常識を知らんのか?」


 ダビデは何かごまかすように鼻で笑った。

 安全保障の観点から、ステラ級は同数で望むのが一般的だ。

 とはいえ、こちらが少数だと知らせるメリットもないし、祖父の幻影を作っておくことにする。


「お祖父様は、急用で遅刻しているだけだ。直にやってくるだろう」

「この重要な席に遅刻だと? チッ、相変わらず面倒だな……」


 そう言ってダビデは爪を噛んだ。

 ホシロスが、祖父とロンシャント砦でぶつかったのは記憶に新しく、祖父の出欠を気にしているのは別に奇妙なことではない。ただ……


「何が面倒なんだ?」

「貴様が知る必要はない」


 それきりダビデは口をつぐんだ。


(やはり、何かありそうだな)


 直感的に何かしら企んでいる気がした。

 ナイアの二人はわからないが、ホシロスには注意したほうがいいだろう。


 しばらくして、全員が席についた。

 オルテノス側は、ゲトラード、ニコレッタ、さらに特別枠としてエヴェリンも同席する。


「……それではこれより、オルテノスと、ホシロス及びナイアにおける停戦協議を執り行います」


 少し目が虚ろな様子のルーナが、停戦協議の開幕を宣言した。

 開始前のひと悶着もんちゃく、祖父の不在、色々と不安要素はあるが、果たしてどうなることやら。

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