第83話 知将

 父から当主の打診を受けてしまった。

 意気揚々と語りすぎてしまったかもしれない。

 正直逃げ道を塞がれたような気分になる。


「気が乗らないようだな……」

「それはそうです、私には荷が重いですし……」

「ふむ、ようやく当主になる覚悟ができたのかと思ったが、相変わらず資質と言動が一致しないやつだ」


 父は呆れたように俺を見ていた。


「それとこれとは別でしょう……エルミアがやる気を出しているのですし、このまま任せてもよろしいのでは?」

「エルミアを当主にすれば収まりが良いのは確かだ。だがそれ以上に、お前の決断力を評価している」


 俺の初陣やバングウォールでの立ち回りのことを言っているのだろう。

 確かにこれほどの実績を重ねた今、俺の評価は高止まりしていることだろう。


「決断力ですか……?」

「そうだ。貴族家の当主のタイプは大きく二つに分かれる。一つは強い指導力を発揮し、家を一つの方向に導くタイプ。もう一つは、知略を駆使し、大局的な視点から家の優位性を高めていくタイプ。大抵は、どちらかの資質に偏るものだが、シャルカの場合は前者であろうな」


 前者はカリスマ系天下の大将軍、後者は計算通り系の知将ということか。


「お前は気づいていないかもしれないが、シャルカは部下たちからの評価が高い。それはひとえにお前が進むべき道を決断し、部下たちを導いてきたからだ。半端な覚悟の者にできることでは、決してない。今の混沌としたオルテノスを導くことができるのは、シャルカのような多くの者の心を惹きつけ、導く灯火のような存在なのだ」


 父が事情通なのは、ゲトラードから色々と情報を聞いていたのだろう。

 ただ、ゲトラードは、俺を一番覇王に仕立て上げようとしていた奴だから、報告内容には様々な補正がかかっていただろう。


(灯火って……俺はそんな大層なものではないんだけどなぁ)


 俺はただ、この世界に生まれてからずっと世話になってきたオルテノスに、報いたいと思っているだけだ。

 やはり父の言葉は少しピンとこないな。


「いえ父様、それは違うと思います」

「ん?」

「私は知略タイプです」

「……」


 父は、なぜか俺からすっと目を逸らした。

 ……なぜだ、解せん。

 俺ってば結構スマートな貴族だと思うんだよなぁ、インドア系だし。


「一つ次期当主になると良いことがあるとすれば、上等な娘が嫁に来ることだろうな」

「上等な娘ですと?」


 俺はクワッと父の方に顔を向ける。


「その通り、次期当主の肩書があるだけで、令嬢たちの食いつきはまるで違う。私も昔はそれは大変だったものだ。何人もの娘からアプローチを受けたのだが、結局一人には絞りきれずに、最も美しく相性の良かった、ラーネッキ家のエレナ、ネーヴィリム家のカミラを選んだのだ」


 父は、昔やれやれ系のモテ男だったらしい。

 羨ましいことだ。

 次期オルテノス侯爵となれば、やはりよりどりみどりなのだろう。

 エルミアがどうしてもなろうとした理由がわかった。


「と、とても興味深い話ですね。ですがやはり正妻と側室がいるというのは大変なのですか?」

「婚姻直後は、顔を合わせるたびに火花をちらしていて、機嫌をとるのは苦労した。ただお前たちを身ごもってからは二人とも絆が芽生えていたな。大変ではあるが、お前たちが生まれてきてくれたおかげで、私の選択は最良のものになった」


 女性貴族の偏愛は苛烈だが、子どもができればいくらか和らぐという。

 これは今後に良いヒントを聞いた気がする。


「ちょっとだけ当主になっても良い気がしてきました」

「エルミアだけでは物足りないというのか、呆れたやつだなお前は」

「それはお互い様でしょう」

「それもそうだな」


 俺と父は朗らかに笑い合う。

 こうして話すと父と子であり、面倒見の良い上司とその部下のようにも思えてくる。


「まぁすぐに決められるようなものではないだろう。学院に行くまでに決めてくれればいい」

「わかりました」


 次期当主にれば、学院でブイブイ言わせられるかもしれない。

 エルミアを泣かせることになるかもしれないが、それはそれ。

 最終的に幸せにしてやれば、許してくれるはずだ。


「まさかお前がエルミアを選ぶとはな。エレナが生きていればなんと言うだろうな」

「エレナ様は、きっとお喜びになるはずです」

「そうかもしれんな……」


 父は少し寂しそうに言う。

 エルミアの母エレナは、ラーネッキの出身にしては聡明な美しい女性だった。

 その上武にも精通していたので、生前にはラーネッキの戦い方を享受してもらったこともある。

 エレナを殺害した、下手人の存在は今も明らかになっていない。


「私から一つアドバイスをするとしたら、気に入った娘がいれば、ぐっと掴んで離さないことだ。貴族の世界ではどこか受動的な者が多い。一見、気高く攻略が難しそうに見える娘でも、少し強引に口説けばときめくことがあるからな」


 父は歴戦のナンパ師のように語った。

 一体、誰のことを言っているのやら。


 ロアが途中退席して、父と二人での食事会となったが、ナイア王家の話や勇者についての話などを共有していたらお開きの時間になった。


「父様、そういえばお祖父様はまだこちらへは来られないのですか?」

「ああ……父様は、遅れてくるそうだ」

「そうですか、お祖父様らしいですね」

「はぁ……そうだな困ったことだが」


 父は深くため息を付いた。

 祖父はもまた、停戦協議に参加することになっている。

 準備期間はあと一日しかないので、明日にはすり合わせを行わなければならない。


「まさか、忘れてるなんて事ありませんよね?」

「流石にそこまでのことはない……はずだ」


 父がだんだん歯切れが悪くなっていったのが気になった。

 祖父は昔から、良くも悪くも神出鬼没なところがある。

 二日後に迫った停戦協議は、ただでさえ何か起こりそうな気配があるのに、その上、祖父という不確定要素が絡んでくると先の展開は全く読めない。


「ナイアは停戦を選ぶでしょうか? メンツを見ればかなり怪しいですが」

「うるさくなるとすれば、ホシロスだろうな。何かしらごねて結論を先延ばしにしようとするだろう」


 ルーナは停戦賛成派だが、残りのホシロスは微妙なところだ。

 停戦協議は、停戦の条件をどうするのかを議論する場であるから、父が言うようにホシロスがゴネれば、何の成果もあげられない可能性もある。


「だから今のうちに役割分担を決めておく」

「役割ですか?」

「そうだ、私は基本的に停戦の賛成派として議論に参加する。ロアが私のサポート。そしてシャルカ、お前には、停戦反対派として流動的に動いてもらう」


 父はあくまで停戦を目的として話を進める。

 俺は、停戦に反対する立場でありながら陰で父をサポートする。

 なかなか、難しい役割を任せられた気がするが、父のプランは俺では考えつかないような合理的なものだった。

 さすが、本物の知将ということだろう。



 それから父との細かい打ち合わせが明日も続き――そして、ついに停戦協議当日を迎える。

 しかし当日の朝になっても、祖父は姿を現さなかった。

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