第77話 暗躍するもの
ロアの報告で欲情が一瞬で消し飛んだ俺は、すぐさま浴場を後にして牢獄に向かった。
現在は、ネフティスの拷問部屋。
「一体、何があった?」
「突然、認識阻害のローブを身に着けた人物が一人で、別棟に襲撃を仕掛けてきました。見張りのものは全員一撃で昏倒させられ、下手人は地下牢獄に侵入。中の兵達も制圧され、ネフティスを暗殺するなり逃走しました」
「一撃だと? にわかには信じがたい話だな……」
あれほどの襲撃の後だったこともあり、警備は厳重だった。
砦内にいた
そこにいたのは、目鼻口から血を流すネフティスの死体。
「治療魔法は?」
「それが……犯行に用いられたのは魔獣の毒なのです」
「ああ、そういうことか」
近くには犯行に使われた毒投げナイフが置かれていた。
手にとって見れば、アクィラが使っていた星具に似ている。
まさか連合の勇者が関わっているのか?
「お気をつけください。魔獣の毒が塗られた暗器のようです」
魔獣の毒は
全身に回ってしまえば、もう助かるすべはない。
「分かってる。他に死傷者は?」
「負傷者が複数名、死者は出ておりません」
ニコレッタから部下に死者が出ていないことを聞いて一安心する。
「兄様、奇襲とはいえこれほどの警備を突破できるのは、
ロアは困惑した様子で言う。
おそらく自分でも矛盾した状況であると気づいているのだろう。
ネフティス暗殺の報告を受けた俺は、すぐさま感知魔法を起動させたが、周囲に
「下手人が
俺達の魔力感知をかいくぐることができた存在がいるとすれば……
「まさか獣人の勇者、ですか……?」
「消去法でいえば、それしか考えられないな」
獣人の勇者と聞いて思い浮かぶのはリンクスとか呼ばれていた奴。
てっきり処理したと思っていたのだが、生きていたのか、あるいは別の奴か。
あの時確実に仕留めるべきはリンクスの方だったか。
優先順位を間違えたのは反省だな。
「………………かひゅー」
「……まさか、まだ息があるのか?」
ネフティスからわずかに息が漏れる音がした。
しかしこれではもう助からないだろう。
死にゆく男を前に、俺は肩を落とす。
「……苦しませて悪かったなネフティス。今、終わらせてやる」
俺はネフティスの介錯をしてやることにした。
ネフティスとは二週間ほどの付き合いだが、なんだかんだで気に入っている。
俺がどれほど説得を重ねても口を割ることはなかったその忠誠心は本物だった。
敵とは言え、素直に称賛すべき部分だろう。
アルベルトに暗殺者を放たれたのは、あまりに不憫だし、同情する。
「兄様……」
ロアが見ている前では、少し気が引けるな。
「皆、しばらく出ていてくれるか?」
「……承知いたしました」
「兄様、あまり気に病まないでくださいね」
「ああ」
ニコレッタ達武官は、拷問部屋を出ていく。
続いてロアも後ろ髪引かれる様子で退出した。
拷問部屋には、俺と死にかけのネフティスの二人だけになった。
「お前には、まだまだ聞きたいことがあったのだがな……」
「…………かひゅー」
ネフティスの光を失った目が、こちらを見ている気がした。
このような死に方をすることに憤りを感じているのだろうか。
何を思っているのかわからないが、生きたいという意思を感じる。
「はぁ、そんな目で見るな」
ネフティスは、ナイア王族の教育にも携わっていた人材のようだし、中枢の情報を多く持っていた。
生かせるなら生かしたい。
しかし治癒魔法では魔獣の毒はどうにもならない。
どうしようもないのだ。
「……いや待てよ、もしかしたら」
一つだけ、可能性が思い浮かぶ。
効果が不確かすぎて、そのリスクも計り知れないあの魔法。
前世の記憶があるからこそ、人に使うのはあまりに抵抗感が強い。
ただ、悩んでいる間にもネフティスは死に近づいてゆく。
「まぁ可能性があるなら試すべきか。いつまでもビビってても仕方ねぇ」
深く息を吸い、集中して魔力を練り上げていく。
そしてネフティスの前に右手を広げ、その魔法を実行した。
◇◇◇◇
オルテノス領のとある森。
四六時中霧に覆われていて見通しがきかない。
奥に行けば恐ろしい魔女が住んでいるという噂もある霧の森。
認識阻害のローブを身につけた大柄な男が、僅かな臭いを頼りに道を歩く。
そして足を止めた。
「ルプス、いるか?」
大男は、暗がりに向かって声を掛ける。
すると一人の認識阻害のローブを身につけた中肉中背の男が姿を表す。
男は、黒い犬の仮面をつけていてまではわからない。
「やぁ、ドロウィン。首尾はどうかな?」
ルプスと呼ばれた仮面の男は、軽い調子で問いかける。
「ああ問題ない。囚われていたナイアの将は俺の方で始末したぞ」
ドロウィンと呼ばれた大柄な男は、大胆不敵に笑う。
「うん、念を入れて君を送ったのは正解だったよ。やっぱりナイアの連中だけじゃ力不足だったね」
「がはは、オルテノス兵が精強だったってのもあるが、俺の力があれば楽勝だぜ。これでセルペンスとナイアにはでかい貸しが作れたってわけだ」
ドロウィンはそう言って満足気に笑う。
「連合の証拠は残したかい?」
「ああ、支給された毒ナイフは残してきたぜ」
「ならよかった」
「なんであんなまどろっこしいことをさせたんだ? 俺なら証拠すら残さずに殺害できたってのによぉ」
ドロウィンは荒々しい口調でルプスに疑問を口にする。
「シャルカの反応を見るためさ」
「なんだそりゃ?」
「リンクスとアクィラが消息を断ってから二週間。シャルカが二人を殺ったのだとすれば、何らかのアクションがあると思ったんだ」
ルプスはそう言って腕を組み、木にもたれかける。
その口調から、ルプスは連合の勇者二人と知己であると分かる。
「あの二人は序列下位とはいえ、俺達と同じ『連合十三列星』に名を連ねる勇者だぜ。簡単にやられるとは思えねぇが……ただ、あのシャルカを見た後じゃなぁ」
ドロウィンは口元に手を当てて考える。
ルプスはドロウィンの言葉が気になって問いかける。
「ん、どういうことだい?」
「今回の作戦でセルペンスの失敗作が投入されたのは知ってるだろう?」
「ああ、アレか。あんなものを投入する当たり、セルペンスはよほど停戦協議を気にしているみたいだね。それで、バングウォールの被害はどんな感じなのかな?」
ルプスは楽しそうに問いかける。
しかしドロウィンの表情は優れない。
「いや、バングウォール側の損害は――ほぼゼロだ」
「……ゼロ? おかしいな。アレは一時的ではあるけど、命と引換えに
「シャルカがアレを一撃で仕留めた。奴はおそらく――滅魔道士だ」
ドロウィンは神妙な顔で言った。
「……その根拠は?」
「仕留めるのに使った最後の技、
ルプスはドロウィンの言葉に考える仕草を見せる。
やがて合点がいったように笑い始めた。
「くくく、そうか……。二週間前、セルペンス肝いりの作戦が失敗した時には、何が起こったのかと思ったが……そういうことかシャルカ。くくく、全く信じられないな……」
「相変わらず、気持ち悪い笑い方だな……」
ドロウィンはルプスの様子を不気味そうに眺めていた。
「ドロウィン、この話は指導者様には黙っていてくれるかな」
「はぁ?! そんな事してバレたらどうすんだよ」
連合の勇者は指導者に従うように強く指導されている。
それに逆らうような真似をするルプスが、ドロウィンには信じられなかった。
「バレないさ。今、連合はナイアに集中しているから、俺達のことは眼中にないよ」
「それはそうかもしれねぇが……」
「おそらくこれからはシャルカが台風の目になるだろうね。僕達はそれが収まるまで、しばらくは大人しくしておけば良い」
ドロウィンにはルプスの考えが理解できなかった。
「なんでそうなる?」
「まぁ――勘かな」
ルプスは勇者連合にいながらも、独自の思考回路を持っている。
この同僚が一体何を考えているのか、ドロウィンには皆目見当がつかないが、その勘だけは信用している。
「そうか。なら、お前の勘を信じようルプス」
「まぁ正直に言うと、今は状況が混沌としていて僕にもこの先は読めないだけなんだけどね。だから少し盤面が固まるまでは、様子を見たいんだ」
ドロウィンは横転した。
先程の、キリッと「お前を信じてる」宣言が台無しである。
「はぁ?! なんだそりゃ。てか、そんな悠長にしてる場合か? 連合十三列星の上位連中も直に動き出すぜ?」
「くくく、君は見かけよらず心配性だねドロウィン。安心してよ、ちゃんと手札は残してるからさ」
ルプスはそう釈明した。
「ならいいんだが……」
「できればシャルカとぶつかって、何人か潰れてくれたら面白いんだけどなぁ」
ドロウィンは同僚の爆弾発言に、再び横転しそうになる。
「お前なぁ……。他の連中が聞いたら卒倒するぞ?」
「くくく、そんなヘマはしないさ。まぁ直近ならナイアとオルテノスの停戦協議かな。セルペンスが何を仕掛けるか。その結果次第で、僕達の行動指針は決まるだろうね」
勇者連合は、水面下で暗躍を開始する。
停戦協議の日は、刻一刻と近づいていた――
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