第75話 取調官シャルカ

 別棟に詰めかけていた黒マントたちはロアが制圧してくれていた。

 化け物男のような変身を遂げるやつはいなかったようでホッとする。


 ロアの青白く発光する髪、あれは雷魔法の『神経強化』。

 身体強化魔法がドーピングのようなものであるとすれば、『神経強化』は素の肉体のポテンシャルを一気に引き上げる魔法。

 前者は力、後者は敏捷性や反射神経を中心に強化する。


 ちなみに『神経強化』は俺の『生雷魔法』の前身でもある。

 『生雷魔法』に進化してからは、自分に対して使うのが怖くなり、ロアのように気軽に使うことはできなくなってしまったが。

 おそらくこれからも使う機会はないだろう。


「ロア無事で良かった、怪我はないか?」

「えへへ、平気です」


 俺は黒髪に戻ったロアの頭を撫でる。

 子犬みたいで可愛らしい。

 抱きしめたくなってしまう衝動に駆られるが、我慢だ。


「こいつらはナイアの武官、おそらくは暗部の人間だ」

「暗部、ですか」


 貴族家は大抵、領外で諜報活動を行う専門の部隊を飼っている。

 ちなみにオルテノスにも存在しているが、ノウハウで言えば積み重ねた歴史の浅さの分、他の貴族よりは劣ってしまう。改善していくべき点の一つだな。


「どうやらアルベルト派閥が、ネフティスの口封じに来たようだ」

「ネフティスさん、そんなに重要な人だったんですね」

「それと黒マントの一人が、妙なことを言っていた。――停戦協議は、荒れるかもしれないな」

「……停戦協議がですか? はったりではないのですね?」

「こんな騒動を起こす連中だ、十中八九何か仕掛けてくるだろう」


 ロアは俺の言葉に顔を青くする。


「……」

「心配するな。俺が奴らの好きにはさせない。ロアには指一本触れさせん」

「兄様……」


 俺はできるだけロアを安心させるように頭を撫でる。

 ビビらせてから安心させるなんて、マッチポンプかもしれない。

 ただ、荒れると考えた理由は、何も敵側ばかりではない。

 オルテノス側にも一人、何をしでかすかわからない人がいるからだ。


(はぁ、心配は尽きないな)


 俺はその人物のことを考え、心の中でため息を付く。

 とりあえずはこの騒動を終結させないといけない。

 俺は、部下たちに振り返る。


「皆、黒マントはだいたい片付いたが、まだ残党が紛れていないとも限らない。バングウォール内部にいる衛星サテラ級を一箇所に集めろ。所持品検査を行い、ナイアとつながりがありそうな奴や、識別票を持たない者は全員牢獄へぶち込んでおけ」


 部下たちに残党の捜索を命じておく。

 日の傾き方からして、夕方の時間に差し掛かっていた。

 残業させてしまって申し訳ない気持ちになるが、今日のうちに処理しておきたい。



 ◇◇◇◇



 日が沈みかけた頃。


 バングウォールに駐留していた衛星サテラ級達を本城の食堂に集めた。

 先日、祝勝会を行った場所である。

 俺は、武官達が進めている身体検査、所持品検査の様子を見守っていた。


「冒険者が多いな」

「はい、商人が護衛として雇ったのでしょう」


 ニコレッタが答えてくれる。

 

 ――冒険者

 冒険者組合に所属するフリーの傭兵のような存在。

 たいていの都市部には、冒険者組合が存在し、そこで様々な依頼を請け負う。


「冒険者とは『魔力溜まり』へ探索に行くものだと思っていたが、そうでないものもいるのだな」

「『魔力溜まり』の探索は、魔物や崩落の危険も多いですからね、用心棒として稼ぐ方が利口と考えるものもいるようです」


 護衛の依頼もあれば、戦争の要員として駆り出されることもある。

 特にメジャーなのは、『魔力溜まり』と呼ばれる地下空洞の探索だろう。

 危険は多いが、金銀を始めとした貴金属や、稀に星具の素材となるレア鉱石が見つかることもあり、実入りは多いと聞いている。


「ん、あいつは……」

「……」


 視線の先にはあのシスターがいた。

 俺の方を向いて手を合わせて祈りを捧げている。


(ふむ……やはりけしからん)


 シスター服のこんもりした部分を見て思う。

 これは、やはり確かめなければならんな。


「ニコレッタ、少し……やることができた」

「お供します」


 ニコレッタが食い気味に答える。


「い、いや、それはまずいな」

「何がまずいのですか?」


 ニコレッタが目を細めて追求してくる。

 これは、もしや疑われているのか?


「あ、いや、その……そうだ! ニコレッタには、ロアの世話を任せたいのだ」

「ロア様のお世話……ですか?」

「ああ、ロアはまだ来たばかりでバングウォールのことを分かっていないだろうから、同性同士……あ、違うわ。まぁ、そういうわけでいろいろ教えてやってくれるか?」

「……はい、かしこまりました」


 ニコレッタは渋々と言った様子で頷いた。


(ふぅ、危ない。何とかごまかせたぞ)


 俺の心に宿った邪悪な塊を浄化するにはこれしか無いのだ。

 許せ、ニコレッタ。

 化け物男を殺ったときから、イライラして仕方なかったのだ。

 今このイライラを治めるのに適任な存在は、残念ながらニコレッタではない。


 俺はシスターの元まで歩いてゆき、声を掛ける。


「エヴェリン、お前は俺が直々に取り調べを行う」

「はい?」


 シスターエヴェリンは困惑した様子で首を傾げる。


「ダディンガ、こいつは俺が連れて行くぞ」

「はっ、承知いたしました」


 取調官とりしらべかんのダディンガは、謎のサムズアップ。

 きっと一から十まで、察してくれたのだろう。



 ◇◇◇◇



 エヴェリンと二人、やってきたのは例の全裸兄事件があった浴場である。

 俺は脱衣所のウッドチェアに、尊大に座る。

 気分は取調官だ。


「エヴェリン、お前にはいくつか聞きたいことがある」

「はい、聖人様。何なりと」


 取調官の仕事はしておくとしよう。

 俺はこのシスターの目的を知らない。


「まず、お前はこのバングウォールに何をしに来た?」

「私は、東星教の教えを広めるためにやってきました」


 布教活動とは、やはり宗教家ということか。


「なるほど。だが東星教は、帝国内での布教は許されていない。貴族に否定的だからな。それに俺もお前たちの掲げる、殉教精神が好きではない」


 帝国貴族の東星教へのイメージは最悪だ。

 貴族の時代が始まってから大体二百五十年くらい経つが、それ以前は東星教の教えが大陸全土に広がっていたらしい。

 最初の貴族と言われるエドゥアルド・フォン・セーモルは、教会を破壊し、東星教の影響を排除することから始めたという。

 故にそもそもの話として東星教と貴族は相容れない存在なのだ。


「お気持はわかります。しかしシャルカ様が仰っているのは、教義ドクトーリ派の教義でございましょう。我々法務バリスタ派は、貴族の権威を認めていますし、殉教を肯定してはおりません」


 俺が知っている東星教とは、殉教こそ天国にたどり着ける唯一の救済である、と説く頭のおかしい宗教だ。

 エヴェリンの言うことが本当ならば、法務バリスタ派とやらは、既存の宗派を否定していることになる。


「その二つの派閥は、何が違うのだ?」

「そうですね、簡単に言えば、聖典にある『祝福の地』という言葉の解釈が違うのです」

「祝福の地……?」


 最近よく聞くようになった名前だ。

 オルテノスに来る連中が増えたのは、その名前が広がり始めてからだったか。


「はい。旧来の教義ドクトーリ派の解釈における祝福の地とは、いわゆる魔獣の降臨が予言された地のことをいいます。その意図するところは予定調和。予言の魔獣こそ、混沌とした現世をあるべき姿に戻す神であると考えています。一方、我々法務バリスタ派は、オルテノスのように予言の魔獣を乗り越えた地こそが、祝福の地であると考えています」


 さっぱりわからん。

 前世では「神による世界創造」のことを「予定調和」と呼んでいたのだったか。

 要するに教義ドクトーリ派は、魔獣災害を救済であると考えているヤバい連中ということだろう。


「なるほど。だが、お前たちは少数派なのだろう? 弾圧は免れないのではないか?」


 前世でも、宗派の違いによって紛争や言論統制がよく起こっていた。


「ええ……ご想像の通り、我々は教義ドクトーリ派に敗れ、同胞は大陸に散り散りになってしまいました」


 民族離散ディアスポラか。

 将来、「聖地を取り戻す」と言い出して、東方でひと悶着ありそうな感じだな。


 ただ、エヴェリン個人は俺に助言をくれた実績もあるし、優秀な人間なのだろう。

 話を聞く限りオルテノスにも貴族にも好意的だし、個人的には欲しい人材だ。


「布教の件については、俺の一存ではどうにもならん。だがそれ以外のことなら何とかできるかもしれん。エヴェリンは何か希望はあるか?」

「聖人様にお仕えさせていただきたく。私は、ストラ大学院では法務全般を学びましたから、必ずお役に立てるかと」


 聖人、にツッコミを入れるのはやめた。

 聞いてもげんなりするだけな気がしたからだ。


「大陸憲章については?」

「はい、問題ありません」


 うん、即戦力かもしれない。

 正直、停戦協議の際に一人くらい法律家がいてほしいなと思っていたのだ。

 オルテノスの文官もそれなりに優秀だが、ふとした時に脳筋が顔を出すので、不安はある。

 その点、ストラ大学院は現存する最古の学府として有名だし、ネームバリューも申し分ない。


「お前の希望は分かった。後は、お前が俺の敵ではないと証明する必要があるな」

「わ、私が、聖人様の敵になるはずがありません!」

「口ではなんとでもいえるものだ」

「そ、そんな。では私はどうすれば……」


 エヴェリンは困ったように考え込み体を抱えるような仕草をする。

 すると、右腕に持ち上げられたステラ級の乳が強調される。



「ふっ、簡単なことだ、今から身体検査を行う」



 俺は、仏のように優しい笑みをエヴェリンに向けた。

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