第73話 ネビュラアーツ

 パイプから放出された魔力は煌煌と輝き、陽炎のように周囲の風景をぐにゃりと歪めるほどであった。

 あまりに美しい光は、誘蛾灯のように人を惹きつけてやまないらしい。

 少なくともここに、心を囚われてしまった者が一人。


「ああ! なんという幻想的な輝きでしょう! これはまさしく滅魔道士、いやそれ以上の力! 聖人様、やはりあなたこそがこの世界の救世主――墜星導師だったのですね……!」

「……」


 俺のすぐ脇で、官能ボディのシスターが興奮していた。

 何を言っているかわからないが、おそらくは俺の狂信者ファンなのだろう。

 女性狂信者ファンはニコレッタに続いて二人目。


 身長はニコレッタと同じくらいだが、ニコレッタの体型がスポーツ少女だとすれば、エヴェリンはグラビアアイドル。

 ほんの少し動くだけで、ぽよんぽよんと双丘が揺れる。

 僅かな振動すら寸分の減衰も許すことなく、ぽよりんと伝えてしまう。

 おそらく相当、実が詰まっているに違いない。


 さて、話を戻そう。

 俺はこの魔力を『ネビュラアーツ』と呼ぶことにしている。

 通常の魔力が、ガソリンのようなものだとしたら、ネビュラアーツは「一つの意思」によって統制された上位の魔力。

 ネビュラアーツ自体が、俺の魔力を燃料にして有機的に動いている。


「『整列』」


 俺の掛け声に反応するように、パイプの先で球状になってピタッと静止する。

 このようにネビュラアーツは、俺の意思に従って形状を変える。

 ゆらゆらアメーバのように揺れたり、球状になったりと変形の自由度が高く、もはや魔力と呼んでよいのかも疑わしい。

 その動きはどこかコミカルで可愛らしく、練習中は犬に芸を覚えさせているような気分になったものだ。


「グルォォォォ! ナゼ貴様が滅魔の魔力を使えルぅぅ! その魔力は俺のモノだァァァ!」

「……いや何を言ってるんだ、お前のじゃないぞ」


 化け物男は、何か妙なことを叫びだした。

 痴呆にでもなってしまったのだろうか。


「俺に! 食わセロォォォォ!」

「これが食いたかったのか。それならいくらでも食わせてやろう」


 化け物男は、まもなく俺の間合いに入ってくるだろう。

 その時が、化け物男の最後だ。

 俺は精神を集中し、ネビュラアーツに最大の火力を付与する命令を下す。


「――『燃えろ』」


 パイプの先から、ガスバーナーのように勢いよくネビュラアーツが吹き出す。

 空気が熱膨張を引き起こし、轟音とともに、周囲に熱風が吹き荒れる。


「はぅあ! しゅ、しゅごひです! なんという神々しい魔力! これが、これこそが導きの灯火! 聖人様の真のち……! ん熱っつぅい!」

「……」


 エヴェリンが興奮のあまり俺に近づいてこようとして、熱風でやけどしていた。

 地面を転げ回り、双丘が揺れている。


「あなたは一体何をしているのですか、シャルカ様の集中を乱すようなことはしないでください」

「も、申し訳ありません。少し取り乱してしまいました……」


 エヴェリンはニコレッタに叱られ、引きずられていった。

 あれだな。このシスターは、結構やばい女なのかもしれない。


「馬鹿メ! 油断しタナぁぁぁ! その魔力は俺がモラッタぁぁぁぁ!」


 化け物男には、俺に隙があるように見えたらしい。

 エヴェリンの乳を横目で見ている余裕が俺にあるだけで、反射神経も、運動性能も男の物差しでは、測れないほどかけ離れている。

 突進するしか脳のないイノシシになど、負ける要素がない。


「油断などない。この距離に来るのを待っていたんだ」


 おそらく俺の攻撃手段の中では、現状、一位、二位を争う高火力の技。

 魔力消費は俺のどの魔法の中でもダントツ。

 バルバトの星具すら切断したそれは、全てを熔かし斬る――超高魔力の刃。




「バーナーナイフ」




 ただ、シンプルにパイプを一息に振り下ろす。

 先端をほとばしるネビュラアーツが、化け物男の体をなぞる。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」


 化け物男の体に一筋の軌跡が入ると、そこから真っ二つに分かたれた。

 やはり剣というよりはナイフに近い。

 叩き切るのではなく、敵を除去、切除するのだ。

 首の根元から腰まで、まるでバターのように――


「……かフッ、まさか……これほどとは。申し訳ありません――セルペンス様」


 化け物男は、知らない人間の名前を言って、ドチャりと地面に倒れた。


(セルペンス? こいつの上司か?)


 まぁいいか。

 俺は、ネビュラアーツを引っ込めた。


「ふぅ、終わり」


 残心。

 念の為、男が絶命したことを確認する。

 ちょん……うん、これは間違いなく死んでいる。


「それにしてもこの男、一体何の陽動で動いていたんだ?」

「シャルカ様!」


 ニコレッタが緊張感のある声で俺の名を呼ぶ。


「どうした?」

「黒マントの男たちが本城の方で、暴動を起こしている模様です。それも明らかに計画された動きです」

「なんだと?」


 ニコレッタの表情から、どうやら面倒くさいことが起こっていると察する。

 本城の方か。

 一応備えはしてあるが、この化け物男のような存在がいないとは限らない。


「現在、武官たちが応戦中ですが、神出鬼没なため負傷者も出ています」

「まずいな、それで奴らの目的は分かったか?」

「はい、おそらくはナイアの捕虜が目的かと思われます」


 ナイアの黒マント達の、目的が分かったのは大きい。

 こんな陽動を用意しているあたり、そこそこの規模感で動いているのだろう。


「捕虜を救出しに来たということか。ナイアは思っていたよりも義理人情に厚い連中だったのだな」

「いえ、その逆です」

「?」

「ナイアの目的は、口封じ。捕虜の暗殺です」


 俺は、顎に手を当てて考える。

 やはり心当たりがあるのは一人だけ。


「――狙いはネフティスか」

「おそらく」


 タイミングが良いというべきか、悪いと言うべきか。

 確かにネフティスは内部事情を色々知っていそうだし、囚われた今となってはナイア側にとって懸念材料なのだろう。

 救出するよりは、口封じするほうが現実的と考えたわけか。


 せっかくロアが呪印を解いて、聞いてもないことをペラペラ話してくれる気の良いおっさんになったのだ。 みすみす殺させるわけにはいかない。


「ネフティスも可哀想なやつだな。これまで仕えてきたにも関わらず、暗殺者を送り込まれるとは」

「囚われた衛星サテラ級の指揮官の運命など、悲惨なものです。同情の必要はありません」

「そうか? だがもしニコレッタが捕まったときは、俺なら必ず助けに行くぞ」


 ニコレッタの腰に手を当てる。

 このまま尻を撫でてしまいたい欲が出てくるが、ぐっと堪える。


「……っ。私に、そのようなことを仰らなくても結構です」


 ニコレッタは無表情だが、照れているようだ。

 その顔は真っ赤に染まっている。

 部下としての意識と、衛星サテラ級特有の依存体質との間で葛藤しているようだ。

 しかしその気持ちを押さえて、職務に徹しようとしているニコレッタはグッとくるものがあるな。


(おっと)


 ネフティスの命が狙われている以上、呑気な事を考えている場合ではないのだったな。

 とその時、一人の男が俺に近づいてくるのが見えた。

 

「シャルカ様」


 誰かと思えば、さっき少し気になった遊牧民風の集団だ。

 何であれ俺とニコレッタの会話を邪魔するとは、無粋な連中である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る