第71話 暗殺者風の男

 司法院の連中を全滅させると、右腕の呪印は綺麗さっぱり消えた。


「シャルカ様、お疲れ様でした」

「ニコレッタか、来ていたんだな」

「はい当然です。シャルカ様、お手を」

「ああ。頼む」


 ニコレッタが俺の手を水ですすいでくれた。

 無表情のまま、指を絡ませながら丁寧に。


「ぐぉぉ、こんなことお館様にどう報告したらいいのだ……!」


 ゲトラードもこの場に来ていたようで、唸り声を上げながら頭を抱えていた。

 なかなか珍しい光景だな。

 ナイアの時はあれほど勇ましかったゲトラードだが、内輪の揉め事には神経を使うらしい。


「伝道師様……申し訳ありません。我々が先走ったばかりに……」


 ダディンガと若手武官達。

 代表してダディンガが悔しさをにじませながら謝罪の言葉を述べる。


「いや、お前たちはよくやった。今回のことは、司法院の襲来を予測できなかった俺に責任がある。」


 とはいえ、あそこまで愚かなことをするだなんて誰が予想できるだろう。

 事故にあったようなものだろう。


「しかし……! 伝道師様は、我々のせいで司法院と対立することに……」

「別に構わない。それに俺にとっては、お前たちが生きていてくれたことのほうが大事だ。それでも気に病むなら、これからの活躍で返してくれればいい、いいな?」

「くぅぅ! 承知いたしました! このダディンガ、さらに精進し、二度と敗北することのないよう鍛えてまいります。私はこの身が果てるまで、伝道師様についていきます!」


 ダディンガは暑苦しく涙を流した。


「ああ。あと、その名前はやめろ」


 まぁ部下のフォローはこれくらいでいいだろう。


 民たちを見れば、腰を抜かしているものもいれば、口を押さえているものもいる。

 流石に、貴族がポンポンと首を潰していく様子を見ればそうなるか。

 少しばかり、印象を回復しておく必要があるだろうな。

 こういうのはアフターケアが大事なのだ。


「皆、済まなかったな。今は多くの同胞を失い、辛いだろう。だがこれからは司法院の好きにはさせない。俺が責任を持って、司法院を解体する。だからどうかこれからもオルテノスのために尽くしてほしい」


 民に頭は下げられないが、戒めとして決意表明をしておく。

 残虐な光景を見せた後なので、「やはり恐ろしい貴族のシャルカ様」となるか、「民に寄り添う聡明なシャルカ様」となるかは未知数だ。

 果たして……


「「うおおおお!」」 


 砦が揺れてるんじゃないかと思うくらいの歓声が上がった。

 ワールドカップ決勝で優勝した観客のように、瞳孔が開ききっている。

 熱狂も熱狂。


(ちょ、ちょろい……)


 こんなにちょろくて大丈夫か?

 まぁ、化け物と恐れられるよりはいいだろう。


「シャルカ様」

「ああ、分かってる」


 ニコレッタもどうやら妙な連中の存在に気がついたらしい。

 魔力感知を行えば、武官達以外にも衛星サテラ級の人間がいることが分かる。

 まずは俺をガン見している悩殺ボディのシスター。

 それに遊牧民族のような格好の複数人の男女。

 そして……


「はじめまして、シャルカ殿」


 突然、黒マント姿の暗殺者風の男が民衆の中から抜け出して俺達の前に立つ。

 フードを被っていて表情は見えないが、魔力量は衛星サテラ級。

 しかし妙な気配がする。


「……何者だ?」

「私は、ナイア王国第一王子アルベルト様の使い。オルテノスに言伝を預かっている」


 ナイアの手の者と聞いて俺は、目を見開く。

 司法院はまだしも、ナイアの衛星サテラ級が忍び込んでいるのは予想外だ。

 防諜の観点から、武官たちが入城を許すわけがない。


(ということは忍び込んだか、だが一体どうやって?)


 ……そうか、民の荷物に紛れてきたな。

 武官たちの魔力感知も万能というわけではない。

 巧妙に隠そうと思えば、いくらでも隠れられる余地はある。

 まぁ捕らえて尋問するのは確定として、こちらの動揺を悟られるわけにはいかないな。


「ほう、ナイアの第一王子が俺に一体何の用だ?」

「……ふむ、やはり聞いていた話とは違うな、シャルカ・ド・オルテノス。先程の戦闘技能に加え、豪胆さやカリスマ性も備えている。どうやらバルバト様を討ち取ったというのは本当のようだな」


 男は、ゆっくり考える素振りをしてから、少し恥ずかしくなりそうな評価を述べる。

 他己評価だとそんなものなのだろうか。

 ただ、俺にはこの男の話しぶりに少し違和感を感じる。

 怪しさ満点だし、さっさと牢にぶち込んだほうが良い気がする。


「雑談しに来たのなら話は終わりだ。とりあえずは牢獄で大人しくしていてもらおう」

「勇ましいな、だがそれはやめたほうがいい。お互いに損をすることになる」


 男はそう言って不敵に口角を釣り上げた。

 俺を前にしてこの余裕、少し不気味だな。少し話をさせてみるか。


「ならさっさと本題に入れ」

「いいだろう、ではアルベルト様からの言伝を述べる。『ナイア王国との停戦協議から手を引け――これは警告だ』」


 男の発した内容は、非常に奇妙なものだった。アルベルトの狙いがわからない。


「はぁ? 停戦協議は元よりナイアからの提案だろう。それから手を引けとは一体どういう風の吹き回しだ?」

「停戦協議の構想自体はルーナ様の独断で行われたもの。ナイア王国の総意ではない」

「なるほど、だが女王カルリーナは乗り気のようだが?」


 ソースは父から届いた手紙。

 父は、ナイアの女王と手紙をやり取りしているようで、女王もルーナの案には概ね賛同していると書いてあった。

 ただナイア女王も何か思惑があるだろうとのことで、「油断しないように」という言葉も添えられていた。


「ナイア王国で、そのような弱腰は許されない! この期に及んで痛み分けなど認めて良いはずがないのだ! それはオルテノスも同じであろう!」


 黒マントの男はそう言って怒鳴り散らす。

 男は俺に同意を求めてくるが、正直迷惑である。


「いや、俺は停戦に異論はない」

「なに?」


 今回の件は、父の意見に全面的に賛成だ。

 停戦期間中であれば、エルミアとの甘々なキャンパスライフを存分に楽しめるし、いい事ずくめなのだ。

 スイーツ巡りや、夜な夜なドレスアップして社交パーティに参加してもいい。

 考えただけで頬が緩みそうになるが、状況が状況なのでキッと引き締める。


「俺は寛大だからな。ナイアの諸君らが、束の間の安寧を噛みしめるくらいのことは別に許してやってもいいぞ」

「貴様、我らを愚弄するか!」


 男は俺の挑発に憤慨する。

 会話が成り立たない相手というのはこれだから困る。

 ……ただ、妙に芝居がかっているように見えるのは気のせいか。


「もういいか? お前はこれから牢獄行きだ。話の続きは後でじっくり聞かせてもらう」

「ふはは……残念だが、停戦が実現することはない。貴様らは、この意味をすぐに知ることになるだろう……」

「お前が何を言おうと、停戦協議は既定路線だ。今更変更はない」


 こんな風に突然アポ無し訪問をされたからと言って、延期や中止になることはない。

 むしろ、いちゃもんを付ける口実ができて、ありがたいまである。


「我らの忠告を無視するとは愚かだな。貴様らは既に暗闇の中に囚われていることを理解してない。何も知らない無知な鼠、それがお前達オルテノスだ。貴様らに待っているのは、陰に潜む強大な獣に噛み殺される未来しか無い」

「……」


 男は何やら意味深なことを言う。停戦協議の場で、何かが起こるという暗示だろうか。

 ナイア側が、なにか仕掛けてくる可能性は当然考えられる。


「貴様らは、その選択を後悔することになるだろう。ルーナ様の歪んだ理想と共に、道半ばで沈むがいい」

「饒舌に喋ってくれそうで助かるよ。じゃ大人しくしてもらおうか」


 俺は、魔力を練りながら考える。


(……ナイアがこの男をよこした意図は何だ?)


 見たところ男は、普通の衛星サテラ級。

 アルベルトの言葉を伝えに来ただけにしては、不用心というか、よくノコノコと俺の前に出てこられたものである。

 この男が捕らえられて、情報を引き出されるとは思わなかったのだろうか。


(それなら、それでいいが)


 男を無力化させ、『封魔の印』を刻むだけだ。


「ふはは……私の役目は貴様らを足止め、そして最低限の目標は既に達成した。あとは――我らの同胞が成し遂げてくれるだろう」


 男を拘束しようとした時、聞き捨てならないことを言った。

 しかも仲間の存在を示唆している。


「……まさか、陽動か?」


 男の様子が不自然に見えたのはそういう理由か。

 ならば今までの会話は、バングウォールで何かしら騒動を起こすための時間稼ぎだったということ。

 まずいな、だとしたら本命の狙いがわからない。


「ふはは……絶望するがいいオルテノス。はぁぁぁぁぁ!」


 男が叫ぶと、不自然なくらい爆発的に魔力が膨れ上がった。

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