第67話 私のヘアピースィーズ
「あなた方のオルテノスへ扱いは明らかに常軌を逸しています! まさかとは思いますが『禁呪』に手を出しているのではありませんか?!」
「くくく、あれだけでそこに行き着くとは、どうやらバリスタというのは本当のようだな」
ウゼラシは、エヴェリンが真実に気づきつつあることを素直に称賛する。
そして親指で艷やかなエヴェリンの下唇をなぞった。
「や、やめなさい!」
エヴェリンはキッとウゼラシを睨みつける。
その様子を見て、ウゼラシは満足そうに恍惚の表情を浮かべた。
「じゅるる……貴様のような極東の学識ある連中は、反抗的で高慢ちきな女が多いと聞いていたがどうやら本当だったようだ。だがいいぞ、それでこそ楽しみがいがあるというものだ」
「……ッ!」
エヴェリンはウゼラシの表情に、良からぬ欲望の気配を感じて冷や汗が流れる。
「まずはその四肢を全て切り落とすとしよう。反抗する力を失えば、貴様とて絶望に顔を歪ませるだろう。それを見るのは何よりも無聊の慰めになるからな」
「くっ……どうやらあなたは本当に外道のようですね」
「くはは、私はな、気に入った女にはとことん奉仕するタイプなんだ。貴様のように若くて美しい女を簡単に殺したりはしない。貴様の悲鳴がやがてかすれて、声が出なくなるまでゆっくりと犯してやろう」
ウゼラシの手がエヴェリンの下唇から、修道服の中、その豊かな乳房に向けて伸びていこうとした――その時、男の野太い声が響き渡る。
「貴様らぁぁ! 筋肉伝道師様の居城で一体何をしている!」
現れたのは、テクノカットの中年の大男の武官。
そしてその背後には、三人の若い武官が緊張した面持ちで控えていた。
「だ、ダディンガさん、まずいっすよ」
「相手はあの司法院ですよ……!」
「ここで問題を起こしてしまったら、きっと責任問題に……」
三人の若い武官たちは、大男、ダディンガに対してそれぞれ不安を口にする。
「あっはっは、心配するな。伝道師様に迷惑をかけることはしない。それにお前たちに責任を負わせたりしないから安心しろ」
ダディンガは三人の部下にニッと白い歯を見せた。
その様子を眺めていたウゼラシは目を細める。
格好からして、オルテノスの武官であると分かった。
「貴様、なんだその珍妙な髪型は。一応聞くが貴様は何者だ?」
「チアーズ! 私はバングウォールの巡回を行っているダディンガという者だ! これ以上、ここで勝手な真似をするのはやめてもらおう」
ダディンガはこの場にそぐわないような陽気な声でウゼラシに話しかける。
既に友好的に済ませられるような状況ではないのだが、それでもこれ以上被害を出さないための処置である。
「ふん、オルテノスの武官風情が口を出すな! 司法院に逆らえば貴様ら全員死罪だ。死にたくなければ黙って引き返すがいい」
「そういうわけには行かない。貴様らこそ現在の城主であるシャルカ様に挨拶もなしにこのような蛮行。司法院は一体何を考えている?」
「くはは、オルテノスはやりすぎたんだ。シャルカ、ラドナーク共にラーネッキ家の意向を無視するからこうなった」
ダディンガはこの騒動がウゼラシの独断ではないことを悟り、顔をしかめる。
特殊徴税法などといった馬鹿げた法は、ラーネッキがオルテノスに負荷をかける手段としてしばしば用いられる。
おそらく今回もバングウォールを滅茶苦茶にして、停戦協議を妨害することが目的なのだろう。
「お前たち、始めろ!」
ウゼラシは、他の徴税官たちに指示を出す。
徴税官たちは二手に分かれ、一方のグループは財産の徴収を開始する。
もう一方のグループは、信じられないことを始めた。
徴税官達が何かを命じると、民たちは涙を流しながら苦渋の決断をするように、一人また一人と人物が描かれた銅板を踏みはじめたのだ。
「まさかあの銅板に描かれているのって……、シャルカ様じゃないっすか?」
「な、なんということを……」
「あいつら……許せねぇ……!」
三人の若手武官たちは、怒りで頭がどうにかなりそうだった。
彼らにとって、シャルカと初陣を共にできたのは何よりの誉。目の前で敵の首魁バルバトを討ち取り、勝どきを上げたその瞬間に、シャルカへの忠誠心はピークに達した。
そんなシャルカの名誉が傷つけられることは、何よりも許しがたいことである。
三人は今にも飛びかかっていきそうであったが、ダディンガは手で制止する。
「ダディンガさん、どうして……!」
「堪えよ。家同士の問題なれば、シャルカ様に迷惑がかかってしまう」
「……っ」
ダディンガは血走った目で部下を制する。
この場の誰よりも、悔しい思いを抱いているのは明らかだった。
「……どうか、我らの主君を貶めることはやめていただきたい。そして疾くこの地を去られよ」
ダディンガは頭を下げ、喉の奥から絞り出すように言った。
「くく、くぁ―ッはっはっは! これは傑作だ。あのオルテノスのうつけが武功を上げたと聞き、どれほどのものかと思ったが、部下がこれなら、シャルカも所詮は"牙の抜かれた野良犬"だな」
「……」
ダディンガたちの顔つきが、一瞬にして変わる。
オルテノスの家紋は、狼。
それを直接揶揄するような言葉は、オルテノス家に対する最大限の侮辱である。
「何がこの地を去れだ? 去るのは貴様らの方だ。この地は既に司法院の支配下に置かれることは決定事項なのだよ!」
ウゼラシは自信満々に声を張り上げる。
ダディンガ達が怒りに打ち震えていることにも気づかずに。
「どうした珍妙な髪型、何も言えんのか? やはり貴様らもシャルカも、所詮は野良犬ということ……ぁ?」
ウゼラシの言葉の途中で、ダディンガは既に飛び出していた。
上半身の服はいつの間にか
「筋肉波動流漆ノ型 筋骨流星脚! ……えいしゃ、えいしゃ アァァァリョォォシャァァァ!」
ダディンガは一瞬で距離を詰め、飛び上がると空中で三段回し蹴りを決める。
一発目、二発目と、斜め左下に向けてこめかみに蹴りが入り、ウゼラシは二度、地面にバウンドする。
そして二度目に打ち上がったウゼラシの頬を、ダディンガの足の甲が完全に捉えると、ウゼラシは錐揉み回転をしながら飛んでゆく。
「ッカカリチョァッ……カチョッ……ブチョッ……………ッシャチョゥォォォ!」
勢いよく蹴り飛ばされたウゼラシは、頭から地面に強打し、何度かバウンドした。
その後、スクリューのように地面を削り込みながら地面を進み、やがて止まる。
ウゼラシのかつらは衝撃で吹き飛び、ほとんど原型をとどめていない。
「我らオルテノスは誇り高き大狼! その名を汚すことだけは、何人たりとも許されぬ!」
ダディンガはそう一息に叫ぶと、周囲から歓声が上がった。
他の徴税官達が呆気にとられていると、ウゼラシはボコッと地面の中から顔を出す。
「はっ! 私のヘアピースィーズはどこに?!」
蹴られたことに対する反応よりもまず、自慢の一級徴税官専用の巻き髪のかつらが完全に脱げてしまっていることに気づく。
ウゼラシはキョロキョロと当たりを見回し、やがてそれを見つけてしまう。
「私のヘアピースィーズがぁぁぁぁ!!」
それは無惨にも破壊されてしまっていた。
所詮はかつら、自分の肉体ほど強く作ることはできない。
ウゼラシはおぼつかない足取りでそれを拾い上げ、それを頭に乗せた。そして、ポケットから震える手で手鏡を取り出し、自分の姿を見る。
そこに写っていたのは……
――汚れたサンゴを頭に乗せた、泥まみれの浮浪者。
ウゼラシはあまりの怒りと憎しみでプルプルと震えはじめ、手鏡を落としてしまう。
「殺してやる! 殺してやるぞぉぉぉぉぉぉ!」
ウゼラシは怒りで顔を真赤に染め上げ、よだれと血を撒き散らしながら叫んだ。
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