第6話 やっかみ
「馴れ馴れしくエルミアに触れるな下郎が!」
俺よりも一回り以上も大きいラガーマンのような体格の赤髪の青年が、エルミアとディノーレンの間に割って入った。
それはさながら悪人の魔の手から姫を守る騎士のよう。
「おやジルガ殿、あなたこそ一体どのような立場でそのようなことをおっしゃられるのです?」
赤髪の男の名前はジルガ・ド・ラーネッキ。
ラーネッキ伯爵家の次男で、エルミアの婚約者に選ばれた男だ。
「当然、エルミアの婚約者としてだ。ダルボニーめ、こんな分家筋の男をよこすなど一体何を考えている。絡みつくだけしか脳のない小賢しい蛇が」
「おやおやラーネッキに言われるのは心外ですね。かつての主人を敵国の盾にするような小賢しい知恵を付けてしまったようですし、獰猛な獣だった頃のほうがまだ可愛げがありましたよ」
「……なんだと? 貴様らこそ、六十年という時の中で自慢の"盾"は錆ついてしまっているようじゃないか。帝都社交でも我らに東方の守護の地位を奪われ、所在なさげに
「勝手な憶測を……!」
ダルボニー侯爵家とラーネッキ伯爵家は、六十年以上前は敵国同士だったという歴史的経緯があり、今でも犬猿の仲である。
同じ帝国貴族となった今でも確執は消えていない。
「まぁまぁお二人共、そうカッカなさらずに。今日は折角の当主会合の日なのですから今から喧嘩などやめましょう」
黒髪の坊っちゃんカットの少年が、人懐こい笑みを貼り付けて二人の仲裁をする。
エンカンテ・ド・ネーヴィリム、ネーヴィリム家次期当主で若干十一歳。
当主会合とは、オルテノス地方の中心である四大貴族の当主と次期当主が集まる月に一度の会合のことである。
彼らは数日前からこのオルテナトリスに滞在し、おそらくこれから会場に向かうところだったのだろう。
「久しぶりだなエンカンテ。ユークレーン殿は今日は城に来ているのか?」
「チッ、来てませんよ」
「そうか、少し挨拶しておきたかったんだがな」
俺がエンカンテに話しかけると、舌打ちされた。
いつものことなので、対して気に留めはしない。
「シャルカ…殿は、いいご身分ですね。いつもいつも
「ああそうだな、本当に光栄だよ」
「チッ! 穀潰しの分際で何を得意げになっているのです!」
「そう言われてもなぁ」
エンカンテは一応親戚筋ではあるのだが、
その理由というのが、どうやらエルミアに一目惚れしてしまっているらしく、エルミアの兄である俺を目の敵にしているのだ。
次期当主なのだから、エルミアと婚約できるわけでも無かろうに。
これだから貴族の恋煩いは面倒なんだ。
「確かにシャルカ殿は、"うつけの長男"と我が領でも噂になっているな。此度の初陣で少しはその噂も払拭してくれるといいものだ。ちなみにその初陣は一体どのような内容なのだ?」
ジルガはそう言って少し邪悪な笑みを浮かべた。
「……我がオルテノス軍五千による、国境付近の村を占領している
一応軍事機密なので、エルミアと視線を合わせて特に反応がないことを確認してから、今回の指令内容を伝える。
「プッ、ターッハハハハハ! これは傑作だなシャルカ殿、まさか二千の
「国境付近でのナイア軍の動きがきな臭いとのことで、父が念をいれたんだ」
「クククッ、だからといって五千は流石に心配しすぎだ。いや、違うか。シャルカ殿、君が信用に値しない人間だから、それでも軍が成り立つようにと余分に編成してくれたのだろうよ」
ジルガもまた、俺のことを
おそらくエンカンテとほぼ同じ理由で俺のことを目の敵にしている。
体はデカいくせに陰湿なやつだな、と思う。
「シャルカ…殿、華々しい戦果を上げられるといいですね、グフッ。もっとも五千で二千を討伐しているようでは貴族としては笑いものにしかならないでしょうがね。グフフフッ」
エンカンテは、裏では俺のことを呼び捨てにしていそうだな。
明らかに俺を
「……なぁシャルカ殿、俺はエルミアの婚約者として、その兄である君にこのような事を言いたくはないのだが、今後エルミアと接触することは控えてもらえるだろうか」
ジルガはまるでヤクザがメンチ切るかのように俺を見下ろしてきた。
「あら、ジルガ殿それはどうしてかしら」
俺が反応するよりも先に、エルミアが反応して言葉を返す。
表面上は笑顔を取り繕っていたが、底冷えするような低い声であった。
「当然、エルミアにとってこの男は悪影響しか及ぼさないからだ。以前も城内でも"
「……」
「シャルカ殿は残念ながら貴族としては未熟、心構えがまるでできていない失格者と言わざるを得ない。そのような者にエルミアの回りをチョロチョロされては、溜まったものではないんだよ」
ジルガは
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