第21話 圧殺

 ◇◇◇◇



 まるで重力そのものが覆いかぶさってきたかとでも言うような、黒く粘りのある空気感をバルバトは感じ取っていた。

 戦場で肌を刺すようなステラ級の殺気に似ているが、それよりももっと重たい。


「かまえろバルバト」


 目の前の小僧クソガキは幽鬼のように立ち上がり、俺に言う。

 先ほどまで感じていた何処か掴めない雲のような印象は今はない。

 明らかに何かが変わった、魔力の質?

 あまりの著しい変化に、確かめてみるかという気になる。


「はッどうしたァ? 妹を犯すと言われたのがそんなに嫌だったかァ? さっきまでビビりちらして魔力操作もできなかったテメェが、俺に命令する気かよォ!」

「もうお前と無駄話をするつもりはない。構えないならその脳天をトマトみたいにぶちまけて終わりだ」


 やはり気のせいではない。

 戦場で出会うステラ級の中でも、迷いがなく、とびきり戦うことに特化した貴族と雰囲気が似ている。

 だがそれがどうした、貴族が命の危機に反応して突如、戦闘本能に目覚めるなんてこともないことはない。

 目の前の小僧クソガキが今更足掻いたとこで、覆せるはずがない。


「なんか知らねぇが、イキってんじゃねぇぞ小僧クソガキィ! 首が飛ぶのはテメェの方だァ!」

「行くぞ」


 小僧クソガキは低姿勢から、一瞬で姿を消した

 よほど強い力で地面を蹴り込んだのか、瓦礫がれきが隆起し土塊つちくれが舞う。


「ッ! はッや」


 小僧クソガキは殆どその一投足で、俺の元まで踏み込んでいた。

 小僧クソガキはすでに棒のような星具を振りかぶっている。

 その冷たい金色の双眸と目が合い、俺は冷や汗が流れた。


(この一撃はやべェ!)


 受け流せなければ、確実に俺を葬れるだけの力を秘めている。

 長年の戦闘の勘がそう言っていた。

 ほとんど反射神経だけで、棒の軌道に剣を配置して俺は衝撃に備える。


 小僧クソガキは、ふっ、という短い息を吐き、無感情に棒を振り下ろす。

 俺は、巨星が墜ちたかのような光景を幻視した。


(んだよこれはよォ……!)


 次の瞬間、星具同士が鈍い轟音を立てて激突した。

 魔力がぶつかり合い、ギィィン不気味な音が鳴り響く。

 俺は両手で剣を押さえて、必死でその星具を受け止めた衝撃に耐えていた。


「ぐぉおおおお! おっもォてェェェ!」


 あまりの重量感に、俺のステラ級の体が悲鳴をあげていた。

 少しでも気を抜いたら、叩き潰されて地面の染みになる。


(まずい! 押しつぶされる!)


 このまま真正面からの力に耐えられそうもなかった。

 俺は攻撃を受け流し、かわすことを選ぶ。


「らぁああああああ!」


 俺は掛け声とともに、剣を左に傾けて小僧クソガキの一撃を受け流す。

 小僧クソガキと俺の星具が地面にめり込んだ。

 一瞬遅れて、地面に巨大なクレーターを作り、強烈な衝撃波が周囲に広がった。


(とにかく距離を取らねェと!)


 星具が地面に埋まっている隙に、俺は蹴りを入れて離脱する。

 ふと、体の重心がおかしいことに気が付き、地面に倒れ込んだ。

 違和感を感じたのは左腕の先。


(なんだ、これ)


 左腕の肘から下が削ぎ落とされ、ミンチにされていた。


「あ”あ”あ”ッグゥ! 痛ってェェェ! ふグぅ、う”ゥウ……フッグゥ」


 急激に込み上げてきた痛みで思わず叫び声を上げる。

 避けたと思っていたら、左腕に一発もらってしまっていた。


「何だよこれェ! 一体何がどうなってやがんだよォ!」


 明らかに常軌を逸したパワー、どう考えても魔力による増強。

 ステラ級はその身に宿る魔力に比例しても上がる。

 俺はステラ級の中でも魔力が多いほうだから、一般的なステラ級相手でも大抵は殴り勝てると自負していた。

 だが、あの小僧クソガキは異質、俺とは明らかに別次元の力。


「結構力を込めたつもりなんだけど、案外しぶといなバルバト」


 小僧クソガキが自分の身長の倍ほどもある星具を、真横に構えながら近づいてくる。

 流石に小僧クソガキがただの貴族の子供と考えるのも難しくなってきた。


「テメェ! 一体何者だァ!」

「さっき名乗っただろう、覚えとけよ」

「そうじゃねェ! テメェのさっきの力、一体どういうカラクリだァ!」


 小僧クソガキは子どもとは思えないほど、感情のない瞳で見てきやがる。

 必ず何かあるはずだ、いや、そうじゃないと駄目だ。

 小僧クソガキが俺よりも圧倒的に魔力が多いだなんて信じられるはずもない。


「カラクリなんてない。ただ力でゴリ推してるだけ」

「嘘を吐くんじゃねェ! テメェがうつけの長男だってことはこっちだって分かってんだよォ! ただの守り手風情が、俺を超える魔力を持ってるなんてありえねェ!」


 俺は、ちぎれた腕に"治癒魔法"をかける。

 ギュルルと、時間が巻き戻るかのように腕が再生した。


(接近戦は駄目だ。魔法で押し切るしかない)


 魔力を練り上げ、最大火力を小僧クソガキに叩き込む。

 さっきみたいな広範囲を薙ぎ払うようなものじゃない。

 徹底的に密度の高めた"風の刃"を練り上げる。

 これなら例えステラ級だろうとミンチにすることが出来る。


「魔法勝負か、いいよ」


 小僧クソガキの余裕に嫌な予感がした。

 俺は、小僧クソガキの魔力が尽きているという前提で、魔法勝負に挑んでいる。

 そうでなければ"魔法障壁"で防がれて終わりだからだ。


(いや、ありえねェ。そんな魔力が残ってるわけがねェ!)


「死ねェ! 小僧クソガキィィィ!」


 両手で練り上げた、最大級の"風の刃"を俺は解き放った。

 小僧クソガキは防御するような動作ではない。

 右手を前に突き出していることから、正面から魔法をぶつけるようだ。


「馬鹿めェ! テメェのカスみてェな魔法じゃ破れ……」

「ミーティアレイ」


 小僧クソガキの右手から放たれたのは、見たこともないほど極太ごくぶとの魔力の光線だった。

 俺の"風の刃"は一瞬でかき消され、目の前に死が迫っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る