第3話 成長するゲーム(1番になるゲーム)をやめる

 次に僕は「成長するゲーム」をやめることにした。


 それは簡単なことではなかった。なぜなら、このゲームは僕の生きる証そのものだったからだ。

 毎晩、階段を登る夢を見るようになったのは、それから間もなくのことだ。


 その階段は不気味なまでに静かで、終わりがなかった。見上げても、ただ黒い闇が続いているだけだ。だが振り返ることは許されない。背後には無数の手が伸びていて、僕を捕まえようとしているからだ。




 夢の中の階段は、常に冷たく湿っていた。靴底が滑り、体がふらつくたびに背後の手が一斉に動き出す。その手は人間のものではなかった。指が異常に長く、爪が鋭く尖っている。その一つ一つが、僕を捕まえようと蠢いていた。


 「登れ。止まるな。」


 耳元で声がする。その声は冷たく、無機質だったが、どこかで聞き覚えのあるものだった。振り返らずともわかった。それは僕自身の声だった。




 ある日、その手の一本が僕の足首を掴んだ。その瞬間、異常な冷たさと重さが襲いかかり、僕は叫び声を上げた。声にならない声が喉を裂くように響く中、手が動き出す。

掴まれた足を引きずり、僕を階段から引き下ろそうとしていた。


 「落ちるな。1番になれ。」


 その声は、今度は耳元ではなく足元から響いた。

 僕は恐る恐る視線を落とした。そこには、ただの手ではなく顔があった。僕の顔だった。




 その顔は、僕と同じ表情をしていた。だが目の奥には何も映っていない。無限の虚無が広がるその目が、僕を睨んでいた。


 「お前には登るしかない。止まれば終わりだ。」


 僕は震えながら叫んだ。「もうやめたいんだ!もう疲れた!」


 だがその声は階段に吸い込まれ、届かなかった。

 階段を登る僕自身が、背後から僕を追い立てる怪物だったのだ。




 逃げられない。このままでは、僕は自分自身に喰われる。


 「やめられない。」


 僕は階段を登りながら必死で考えた。この怪物を消し去る方法はないのだろうか?その答えが見つからないまま、階段は続いていく。




 ある瞬間、僕はふと立ち止まった。

 背後から無数の手が伸びてきた。


 「落ちるな!お前は1番にならなければ価値がない!」


 その声は耳鳴りのように響き渡ったが、僕は意を決して振り返った。そこにいたのは、僕自身の影だった。影は微笑みながら手を伸ばし、こう囁いた。


 「手放せるものなら手放してみろ。だが、代わりに何を掴む?」


 僕は目を閉じた。そして、初めて心の奥底から声を上げた。


 「掴む必要なんてないんだ!」


 その瞬間、階段が崩れ始めた。




 崩れ落ちる階段と共に、僕の体は宙に投げ出された。闇の中を落ちながら、僕は何も掴まずにそのまま落ちることを選んだ。すると、闇の中から一筋の光が差し込んできた。光は僕の中に潜む影を照らし、影は次第に霧散していった。


 僕は地面に着地することもなく、ふと目を覚ました。




 目覚めた僕の周りには階段も影もなかった。ただの静かな朝だった。

 だが、心の奥に小さな不安が残っている。あの影は本当に消えたのだろうか?それとも、僕の中でまだ静かに潜んでいるのだろうか?


 鏡を見るたびに、そこに映る自分の姿を確認するようになった。微笑む影が再び現れるのではないかという恐怖が、僕を捉えて離さない。




 時折、耳元で聞こえる囁き声がある。


 「落ちるな。登れ。1番になれ。」


 僕はその声を振り払うように首を振る。そしてこう呟く。


 「もう、登らないよ。」


 だが、鏡の中の僕は相変わらず静かに微笑んでいる。

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