第27話 激情をお願いに


 長い長い口づけのあと。


「っふう……」



 ようやく由雨の唇からから口を離した俺は、なんとも言えない満足感に包まれていた。


 これが、キスか。

 俺、由雨とキスしたのか。



(……よし!)


 こらえきれず小さくガッツポーズをする。

 やったぞ、由雨とキスした!


 やったあああああああああ!!!!



 ……そこの君、「すでに何回もいろんなところにキスしてるでしょ、てかもっと過激なことなんぼでもやってきたでしょ」とか思ってるだろう。


 これが違うんだな。

 俺たちがなんとなく避けていたこの口同士のキス。

 俺たちが避けてたってところが大事だ。


 二人の中で「口同士のキスは恋人っぽいからやっちゃいけない」という一線があったということなのだから。


 その証拠に、ほら――



「……」


 由雨が真っ赤になって俺をにらんでる。

 照れちゃってかわいい奴め。俺も恥ずかしいけど。


「……なんで、キスしたの」

「あんまりにもかわいいから、キスしたいと思ってやった。以上」


「馬鹿にしてるの?」

「いいや本気だ」



 馬鹿になんてしているわけがない。

 キスしたかったからそうしただけ。


 由雨が勇気を出して俺に気持ちを伝えてくれて、うれしかったからやったのだ。



「由雨が好きで好きでたまらないから、キスしたんだよ」

「……」



 俺が真剣な顔でそういうと、由雨は目をさまよわせる。

 そして、下を向きながらぽつりと言った。



「じゃあ、恋人になってくれるってこと――」

「別にそういうわけじゃない。恋人には今のままじゃなれない」


「え……」

「別にイヤって言ってるワケじゃない。でも、由雨がそれで本当にうれしいのかが疑問なだけだ」


「……ッ」

「だけど」



 由雨が耐えきれずに言葉を発する前に、俺は微笑みかける。



「俺はお前が笑って『恋人になってほしい』って言ったら迷いなく恋人になるよ」

「ぁ……」



「イチャ友になるとき言ったよな。お前がしたいような関係になるって。楽しければ、恋人でも友達でもイチャ友でも何でもいいって」



 あのとき。

 由雨が今のように恋人にならないとできないことがしたい、でも友達でもありたいと悩んでいた。


 今も、恋人にならないと一緒にいられない、友達でもイチャ友でもだめなんだって思ってる。


 本当は、恋人だけじゃなくイチャ友でも友達でもありたいのに。

 そういうことなら、俺が言うことは何も変わらない。



「由雨、俺はどんな関係でも楽しいならそれでいいと思う。ゲームやって馬鹿やって、馬鹿みたいに騒いでもいい。二人きりの時はキスしても添い寝しても、エッチなことするでもいい。お前が笑顔になれる関係なら、俺もうれしいよ」



 楽しければそれでいい。

 その相手が由雨ならば、由雨が笑ってるだけでも俺は楽しいのだ。


 そんな人は他にいない。

 ほかにいなくてもいいとすら思う。


 由雨が、いつか俺が死ぬときまで笑顔でいてくれたら。

 それが俺の楽しさだったと、胸を張って言えるだろうから。


「でも……」


 でも、由雨はまだ怖がっている。


「恋人じゃないと、藍也とずっと一緒になんていられない……」


 涙をこぼしそうな顔で、俺を見つめてくる。


「藍也と離ればなれになったときに、つなぎ止めておくものがない……」


 壊れない絆がほしいと、訴えてくる。


「それはイヤ」


 その目が。

 目に映る、愛と呼ばれる熱が。


「イヤ……」


 冬の寒さを。

 滝の轟きの騒がしさを。


「どれだけ藍也に寄ってくる人がいたとしても」


 二人を引き裂く障害を。


「あの頃みたいに、人に何か言われても」


 中学時代の苦しさを。


「どんなに苦しいことがあるんだとしても……」



 この世のすべての不条理を――



「藍也は……藍也だけは、絶対――私のものだから!!!」



 ――それらすべてを相手にしてでも俺を愛すると、言ってくれたから。



「――由雨。六つ目のお願いだ」



 だから俺は、もうここで言うしかないと思った。

 ここで伝えてしまおうと思った。


「俺と……」


 拳を握る。

 足を踏みしめる。

 息を一つ吐く。


 そして、この胸にある激情を喉で声へと変換して。




「高校卒業したら、俺と――一緒に暮らしてください」





 由雨の未来をもらう、宣言をした。




「一緒に、暮らす……」

「ああ。広島にとどまるつもりだけど、俺はどこに行ってもお前と一緒にいたい」


 力強くそう言い切った俺を見て、さらに瞳を揺らす由雨。

 恋人にならないと言ったのに、なぜそんなことを言うのか。


 そんな顔をしている。

 答えはもう出しているのだが、俺がちゃんと言わなければいけないのだろう。


 これからを共に生きてほしいと言った、俺が。


「由雨が好きだ。だから一緒にいたい。大学に行っても由雨と離れたくない。でもそれは恋人じゃないとできない願いじゃないんだよ」



 イチャ友のまま、一緒に暮らそう。

 そのことを言い聞かせるようにゆっくりと話す。



「俺は大学でも由雨と楽しく暮らしたい。馬鹿なことで騒いで、遊んで、イチャイチャしたい。でもそれは恋人じゃなくてもいいと思うんだ。友達でも、イチャ友のままでもいいんだ」


「そんなの、おかしいよ……」

「おかしくていい。俺たちの関係を周りがどう思うかなんてどうでもいいんだよ。俺はおまえが笑えば満足だ。というかイチャ友であっても、周りには恋人にしか見えないだろ?」


 俺たちは俺たちだ。

 いろいろ言われてきたからだろうが、由雨はもうちょっとわがままを言っていいと思う。


 俺に対してもまだ遠慮しているところがあるって今回よーくわかった。

 今後の教訓にしつつ、俺は結論を出す。



「だから恋人にならなきゃいけない訳じゃない。由雨が我慢してまで今の関係を変えないといけない理由なんてどこにもないんだ」

「……!」

「何度でも言う。由雨がしたいことが、俺のしたいことで、楽しいことだ」



 そこまで言って、俺は抱きしめる。

 あとはもう俺の体温やらなんやらで、どこにも行かないってわかってもらうしかないだろう。


 そうして抱きしめて思う。

 今日は由雨が一段とめっちゃ小さく感じる。



(守らないとな)



 いつかのようにそう思ってからしばらくして――ふと由雨は顔を上げた。

 その目からはもう涙はこぼれだす気配はなく、ただライトアップしている明かりからこぼれたわずかな光によって、美しい瞳が俺を向いていた。


「……いいのかな」

「いいんだよ。俺たちの問題だろ?」

「そっか」



 その三文字を言い切ったあと、ようやく体を弛緩させる由雨。

 もっと安心してもらうために抱きしめる力を強くする。


「そう、だよね」

「ふう、ようやくわかったか。このあわてんぼさんめ」

「ごめん」


 急にやけに素直だな。

 まあ勝手に一人で盛り上がって、一人でふてくされたのだ。


 俺にも責任があったにせよ、さすがに悪いと思ってシュンとなるか。

 ……ふむ。



「ほんとだよ。エッチしないくらいで、恋人として振る舞わないくらいで、俺が由雨を嫌いになるとでも? アホすぎるわ」

「……」


「あーもう馬鹿すぎる。どう見たら俺が由雨以外を見る余裕があると思うんだ。ゲームのやり過ぎで目悪くなったか?」

「……」


「はーまったく、由雨は俺じゃないと――むぐっ!?」

「言・い・過・ぎ」

「うごごご、ごみぇんってえ……」



 由雨は俺の素晴らしい説教を遮ってから顔をみくちゃにした。

 そして、一通り満足したところで俺を引き寄せて――



「うるさい口はこうだよ」



 また、口で口を塞がれた。

 それはまるで、先ほどの俺からのキスを再演するようで。




 ……よしよし、わざと悪口言ってらしくない態度直す作戦成功っと。


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