第11話 君『が』いいから

「いや~買ったね」


 夕方。俺たちは戦利品を手に持って帰宅の途についていた。


 あのあとカニメイトの他にも服屋に行ってウィンドウショッピングを楽しんだり、ファストフード店でなんてことはない話題で盛り上がったりした。


 まりんさんがテンションが高くて話しやすいのもあり、とても楽しくおしゃべりができた。うっかり由雨との会話を通常モードに切り替えてしまいそうになるほど。


 俺たちはなんともいえない充足感の中、会話は続く。



「今日一日でけっこうBLについて詳しくなってしまった……」


 俺に関しては二人の熱い要望きょうはくにより読まされたBL漫画を思い出して胃もたれを発症しているが、まあいい。


 何だよオメガとかアルファって。とんでもない設定を作り出してるじゃねえか。


「ふふふ、奥が深いじゃろ? 由雨はどうじゃった?」


「こんなに贅沢したの久しぶりかも……」


「満足しとるみたいじゃね」


 ため息を漏らす由雨が買ったのは推しのギャンちゃまというショタのアクリルスタンドとかピクダリのCDとか漫画とかだ。

 比較的安く買えるものを選んでいた。


 余ったお金はママに渡すと言っていたから、無駄遣いしないようだいぶ厳選して買ったのだろう。時間もかかっていたし。


 やはり今度からも何とかしてお金を渡そう……と決めたところで、公園の公衆トイレが見えた。


 ……なんかトイレ見たら行きたくなるときってあるよな。


「ちょっと俺お手洗い行ってきていい?」


「うん、いいよ」


「行ってらっしゃーい、頑張ってねー」


「何を頑張るんだよ」


 二人に断りを入れてからトイレに向かうのは正直恥ずかしいが、まあいい。

 俺は公園のベンチに荷物を置いて、向かっていった。





「……ん?」


 ハンカチで手を拭きながら俺がトイレから出てくると、何やら騒がしい。

 どうしたのか、と二人の少女の方を見れば――


(ああ、ナンパか)


「ねえお姉さん遊ばなーい?」

「そうそう、俺らいろいろ奢るからさー」


 二人の男がまりんさんに言い寄っているのが確認できた。


「あ……えっと……」


 由雨はその横でオロオロしている。まあさすがに荷が重いか。

 そして、当のまりんさんはというと。



「は? ないけど。どっかいって」

(お、おお……)


 俺たちと話すときのにこやかな笑顔をしまって、今の季節にぴったりな極寒の笑みを浮かべている。


 マジか、まりんさんのこと怖いとか思う日が来るなんて……。

 確かにこれなら俺が笑わせて帰らせたヤンキーたちも追い払えそうだ。

 ナンパしている男たちも、少し気圧されているのか口元が引きつっている。


「そんな事言わないでさ-、ちょっとくら……」

「やめてくれん? ちょっとウザいわ」

「あー、まあまあ落ち着いて……」


 かといってここで引き返すこともできないのか、とりつく島もないまりんさんの前から立ち去ることもない。


 そこでナンパ男たちが取った行動は。


「じゃ、じゃあ……君!」

「……私?」


 ――由雨に標的を変えるということだった。


「君でもいいわ! 楽しいことしようよ!」

「そそ、そうだな! 君でいいから遊ばない?」

「え、えっと……」


 急に狙いをつけられた由雨は二人組にタジタジだ。言われた内容のひどさに返す言葉もない。


「ッ!」


 だがまりんさんは違う。

 あの男たちからしたら、由雨は自分の代わり。


 そう言われているのと同じだ。

 それは友達として許せないのだろう。


「ちょっとあんたたち――」


 失礼な物言いをする相手に対してまりんさんが突っかかろうとした、その前に――俺の静かな声が公園に響いた。


「あの」

「ん? 誰、キミ?」


 振り向いてこちらをいぶかしげに見るのは男たち。

 そいつらを見続けながら俺は由雨の方に歩いて行って、その小さな手を握った。

 少し冷たいのを確認してから、男たちににこりと笑う。


「この子、俺の彼女なんで――あんまりこの子でいいとか馬鹿にしないでもらえますか?」


「あ、あー……」

「し、失礼しましたー……」


 俺の顔を見て、なにか悪霊でも見たようにスススとフェードアウトしていく二人組。

 完全にあいつらが見えなくなってから息を吐く。


 あー、いかんな。


 穏便に済ませようとしたのに、少しだけ口調に怒りがにじんでしまった。



「大丈夫、三笠さん? ごめんね急に彼氏面して」

「う、ううんありがとう……」


「……ちょっとどっかで休憩しようか。いいよね、まりんさん」

「もちろん。カフェでも寄ろう。由雨、うちお金出すから」

「ありがと」



 こうして、水を差された俺たちはもう少しだけ一緒に遊ぶことになった。




******


 十数分後。

 全国展開しているカフェに入った俺たちは、四人席に座ってくつろいでいた。


 今は俺とまりんさんのおごりで由雨が一品スイーツを買いに行ってもらっている。

 イヤな思いをさせたお詫びということだ。


 まあ「コーヒーが400円もするの!?」と驚いていた由雨を喜ばせたかったというのもあるが。


(あー、めんどくさいことになっちまったなー……)


 俺は足癖の悪いことに椅子を傾けながら、首を回してほぐす。


「ふふふ……」


 本当に大変だ、恋愛にうるさい女子の相手をするのは。


 そう、めんどくさい事とは……俺の前方でニヤニヤと笑っているまりんさんの事についてだ。


「なんで藍也は由雨のことを彼女っちゅーことにしたんかね~?」

「あー、それは……」

「別に私が彼女でも良かったし、二人とも友達でもよかったじゃろ~?」


 俺はあのとき頭にきて由雨を彼女ということにしてしまった。

 そんなに仲良くない設定なのにだ。


 そのことをいたくお気に召してしまったまりんさんは、どうやら俺が由雨のことを好きということにしたいらしい。


「ふふふ、由雨のこと気になっとんじゃね~?」

(んー、上機嫌ギャルかわいいな……さっきは怖かったし)


 さっきの極寒視線を向けられたらと思うと目に浮かぶものがあるな。

 本当にヒエッてなった。


 さて、この場合はどう切り抜ければだろう……と思ったが。

 よく考えれば簡単、肯定すればいいのだ。


 俺が由雨のことを好きということにしても今と何も変わらない。

 俺と由雨が友達ということがバレるわけでもないし、俺がまりんさんとどうにかなりたい訳でもない。誤解させておけばいい。


 なんならまりんさんが俺たちを二人にしてくれる可能性が高まって行動しやすいくらいだ。


 それに。


「……まあ間違ってはない。秘密にしといてくれ」

「お、素直なのはいいことじゃね。感心感心」


 由雨を想っている事に関しては全くその通りだからな。

 バレた方が楽でさえある。


 俺がそこまで考えてから吐き出した思いに、まりんさんのニヤニヤが止まらない。

 何というか……幸せそのものって感じだな。


「藍也は見る目あるね」


 続く言葉は、その印象が間違っていないことを教えてくれた。


「由雨ってちゃんとしたらとってもかわいくなるんよ? なぜか目立ちたくないみたいでいつも地味にしとるみたいじゃけど。前に一回だけって条件でおしゃれして化粧したら、もうかわいいかわいい。言葉出んかったもん」


(だろうな)


 俺も最初由雨の家で会ったときそんな感じだったし。

 アレでさらに化粧なんかしてみろ、俺は喜びすぎて言語を介さない猿になるぞ。


「それにさ、由雨ってとってもいい子なんよ」

「へえ」


「私が入学式前に落とし物したとき、ずっと一緒に探してくれたんよ。それで友達になってって言ったら、『私でいいのかなあ?』なんていじらしいこと言っとった。それからもなにかと面倒見てくれるし……今時おらんよ、あんないい子」


(確かにあいつらしいな)


 面倒見よくて優しくて努力すれば何でもできるのに、自分に関しての評価が低い。大事なところで手を引いてしまう。


 そういうやつなのだ、由雨は。


「じゃけえね、そういう由雨の手を取れそうな人ができたっちゅーのは私としてはうれしいわけなんよ」


「まあ三笠さんが取ってくれるかはわからないけど」

「そう、そこなんよね! ……うーん、これ言っていいかわからんけど」

「?」


「由雨は、私にもなんかまだ壁があるんよね」

「!」

「多分なんかあったけえじゃろうけど……なんか、人を信じ切れてないんだと思う」


(人を信じ切れてないが故の壁、か……)


 多分俺はその壁の内側に入っている。ヤンキーたちから助けたあの日、一つ壁を破った感触があったから。


 だけど、俺はまだ中学の時の由雨を知らない。由雨が傷ついたその頃を知らない。


「じゃけえ、その壁を越えた人が……絶対に由雨を守ってあげんにゃあいけん」


 そうだ、俺は壁を越えた。もう由雨の大切な人のはずだ。


 ならば、過去を知っていても知らなくても守らないといけない。そして裏切ってはいけないのだ。

 思わず拳を握る。


「……まあ、そんな仲になるのはまだ先じゃろうけど。そんな関係になれるように頑張りんさいよ?」

「肝に銘じます」


 最後は茶化して終わったまりんさんの言葉に、最大級の感謝を込める。

 イチャ友として、あいつを支えていかないといけないと再認識させてくれたからだ。


(ちゃんとしないとな)

「おーい、二人ともー」

「あ、由雨」


 一口コーヒーを飲んで決意を体内に流し込んでいると、一階のフロントの方から由雨が上がってきた。


 手には……なんかパステルカラーの飲み物。


「なんかフラペチーノだかフラッペだがなんだかよくわからないもの適当に頼んだら、いろいろトッピングされちゃった。こ、これってこれであってるんだよね?」


「「……」」

「あれ?」


 自分はなにかとんでもないものを頼んだのではないかとぷるぷる震えて焦っている由雨。


 それを見て、俺たちは。



「うんうん、由雨はそのままでいいからね……」

「……(こくこく)」

「え、え?」



 とりあえず決意がさらに固くなったとさ。

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