2章 イチャ友イチャイチャ

第9話 友達じゃないから


 次の日、学校。



「なあ、藍也」


「なんだね大翔くん?」


「なんか今日お前機嫌いいよな……彼女できた?」


 二時間目の休憩中、突然近づいてきた察しのいいやつがそう聞いてきた。

 由雨が友達じゃなくなろうがイチャ友になろうが、時間は経つし授業も始まる。

 歴史の授業めんどくせーと思って油断しているときに尋ねてくるから、コイツは何かしらのエスパーなのかもしれない。


 とりあえず、否定しておくか。



「昨日今日で急に彼女ができるかよ。ちょっとガチャの結果がよかっただけだわ」


「ほんとか? 俺が思うにお前は急に彼女を連れてくるタイプなんだが」


「ホントにできてねーって。それは本当だ」


 まあ、実際彼女はできてないからな。それよりももっと刺激的な関係にはなったかもしれないけれど。

 俺が力強く断言したのと同時に、前の席の由雨が帰ってきた。



「そっか、なら良いんだけどよ……もしお前が俺と同じように彼女ができてしまったら……」


「しまったら?」


「俺が漢として勝ってるポイントがなくなりそうで、なんかやだ」


「その心の狭さからしてすでに俺の方が勝ってるだ……ろっ!?」


「? どうした?」


「い、いやなんでもない……」


 今、俺は机を抱くようにしてうつ伏せになっていた。

 手はそれに合わせてだらんと横に垂らしていたのだ。


 その手に、さわさわと暖かい感触が。



 ……まさか。


 大翔に気取られないようにしつつ、今はメガネををかけて髪型も変えている由雨の方を見る。


「尾津くん、どうしたの?」


「いやなんでもない、けど……」


「ごめんなー、三笠さん。尾津が気持ち悪い視線向けてー」


「あはは、そんなことないよ」


 俺の視線を感じ取ったのかこちらを向いて会話まで始める由雨。

 その顔は何も知りませんーとでも言いたげな顔をしているが、俺の手をちょんちょんと触っていることからもわかるように、明らかに確信犯だ。


「……ふふ……」


 声を潜めた笑い声まで聞こえて、俺は悟った。



 コイツ……学校でも隠れて手をつないで、イチャつこうとしてやがる!



『学校では今までと同じく秘密の関係にしようね』


 そう昨日自分から決めたのをもう忘れているのだろうか?


 ……いや、多分秘密の関係のままでイチャイチャしようとしているのだ、由雨は。

 バレたらめんどくさいことになりそうなのに、それよりもイチャイチャしたいのが勝ったのだろう。



(はあ、コイツマジで……)


 ――なんて危なくて、なんて楽しそうなことをしでかそうとしているのだろうか。



(なら、俺も乗らないと損だ、なっ!)


「ん……」


 俺がこちらから手を絡めると、由雨はかすかに悩ましげな声を出して俺の攻撃を受ける。

 昨日から思ってたけど……由雨の手は本当にきめ細やかだ。

 ずっと触っていたくなる。


 そうやって手をつないでいる間にも、会話は進んでいき。


「そ、それで二人とも、何の話していたの?」


「ああ、藍也に彼女ができてたんじゃないかーって話してたんだよ。今日ずっと上機嫌だから」


「え、尾津くん彼女いるの?」


「いやいないよ。コイツの勘違いなだけ。俺は友達がいれば今はそれで良いから」


「……へー」


「うんうん、お前はずっとその考えで生きていけよ。そのままの方が俺の優越感が増す」


「黙れカス」


 ……と、この間もずっと俺たちは隠れて手を握り合っていた。

 恋人つなぎに変えたり、相手の手の甲をひっかいたり、ゆっくりなぞったり。

 大翔にバレるかもしれないという緊張感の中するその行為は、やはり楽しくて。


「……? なんかまた藍也笑ってね?」


「んなことねーよ」


 思わず顔から出てしまうほどの愉快さは、昨日までは無かったものだ。

 ああ、イチャ友になってよかったな。


 そう素直に思えた。



 キンコンカンコーン。



 もっとこうやって手をつなぎ合っていたい。

 そう願っても時間は過ぎ去るもので、三時間目の予鈴が鳴った。


「あ、もう授業か……って待てよ? 俺数学の教科書持ってきてないんだったわ」


「大翔、俺は貸さんぞ。てか数学の小室、初恋の人の死因が忘れ物ってレベルで忘れ物に厳しいから貸せない」


「ちょっ、俺違うクラスのやつに借りてくるわ! じゃね、三笠さん!」


「うん、またね」


 急いで数学の教科書を借りに行く大翔。

 その後ろ姿を見て、俺は合掌する。



「神様、いるのならあいつが勘違いしたまま大慌てする時間をできるだけ長くしてください……」


「尾津くん、次が数学じゃなくて歴史って言わなくてよかったの? 私は今思い出したけど、知ってたのならウソつくのはちょっとかわいそうな気が……」


「いやいや、ウソはついてないよ。俺は次が数学とは一言も言ってないから。あいつが一人でコメディ演じてるだけなのさ……ふふふ……」


「ひどいなあ」


 予鈴も鳴ってほかのクラスメイトたちが戻ってきたため、大翔がいなくなっても俺たちは他人のふりして話を続けている。

 もちろん、視線が及ばない机の下では離さないとばかりに手をつないでいるが。


 ……正直、この時間が長く続かないかなと願ってしまうほど楽しい。

 ちょっと前までの俺に言いたい、お前はもう少しで女の子と隠れて手をつないでひっそりニヤニヤする人生が待っているぞと。


(あれ、俺ってもしかしてとんでもない勝ち組なのでは? ……てかその前から胸揉んだり一緒の部屋で二人きりで遊んだりしてたから超勝ち組だったのでは?)


「あ、尾津くん。ちょっと話したいことがあるんだけど……」


 今更なことに気づいて愕然とする俺に対して、由雨は恥ずかしそうな演技をして俺を呼ぶ。


「ん、なんだ?」


「耳貸して」


 なんだなんだ、今話さないといけない内容ってことは重要なことなのだろうか。

 何かあったかなあ、なんて考えながら、俺は素直に耳を近づける。


 すると、由雨は地味にしても隠し切れていないきれいな唇を寄せて――



「――友達がいればそれでいいの……?」



(え……)


「ふぅ~~……」



「ッ!?」


 蠱惑的な声の後、耳の穴に息を吹きかけてきた。


 俺はゾワッとして思い切り体を離す。

 ゾワッとしたと言っても、それは恐怖や不快感ではなくて新たな扉が開いたことに対する驚きであり。


 まあつまりは。


(……俺、耳が弱点だったのか……)


「あっ、ごめんね。この前のお礼を言いたかっただけなんだけど、くすぐったかったかな?」


「……いや、ちょっとびっくりしただけ……」


 くっそ、コイツ平静を装っているが口の端が引きつってやがる。絶対後でいろいろいじられるの確定だ。

 それと俺が勢いよく引いたせいで数人のクラスメイトがこちらを見ていたが、「この前のお礼」という文言に納得したのか視線を戻した。

 こいつリスクマネジメントが抜群にうまいな。それをからかいに使うなよ。


 俺は手をひらひらさせる。


「そのお礼はいいよ、気にしないでくれ。そろそろ大翔が気づいて赤面して帰ってくるだろ。そっちに集中させてな」


「ふふ、わかった」


 すこし他人行儀がお出かけした笑顔でこちらを見てから、由雨は前を向いて手を離した。

 先ほどの言葉を思い出す。


『友達がいればそれでいいの?』


(……あー、だめだわ)


 由雨と友達なだけでは、この楽しさは得られない。

 この女の子と友達なだけでは、この拍動を早くすることは出来ない。

 こんなに楽しいことが、ずっと続けばいい。


 手に残る熱を感じ取るように、俺は手をグーパーする。

 握って、開いて。

 握って、開いて。

 由雨の温度を忘れないように。



(もうただの友達には戻れないな……)



 意味のない、けれど大切なその行為は、結局授業が始まっても続いたのだった。

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