第5話 勇者、敗北
ちょっとした騒動が終わったあと。
昼休憩もそろそろ終わりそうだ。あの後俺に集まっていた注目も少しは薄れ、今は来たる授業に向けて皆準備している。
「……お前すげえな」
「ぐおお……あ?」
そんな中で俺の悪友、
今は由雨はこの場にいない。さすがにあのままここにいるのは地味を演じているあいつにはキツかったようだ。
「お前普段目立たないのに、こういう時だけは堂々としてるというか。ふつう面白いこと急に振られてちゃんとスベらずに終わるとかできないだろ」
まあ――五回やらされたが。
一回目に運良くリーダーらしい男子のツボをつけたのが最高だったのか最低だったのか。
ああいう手合いは自分より上の人が笑うとつられて笑う傾向がある。
とりあえず二本ほどまずまずのヒットを打った俺は、なぜかリーダーにハイタッチをされてから解放されたというわけだ。
俺は褒めてくる大翔に一応極意を教えておくことにする。
「ちゃんとあらかじめネタを持ってて、あとはどうにでもなれって覚悟さえあれば誰でも出来るだろ。笑いは恥ずかしがったら終わり。それだけ知ってればなんとかなる」
「ふつうその覚悟が決まらねーんだよ……てか、お前ってよく考えたら懐が広いよな」
「は? 急になに、キモ」
「いや、冗談じゃなくてよ。お前は陽キャだろうがオタクだろうが怖そうな人だろうが、誰とでもフラットに会話するし誰が何話しても引かないしさ。それに自分がやりたいことやるし、人が困ってたら助けるし、自分の行動が悪く言われるんじゃないかとか考えてないだろ?」
「面白いかどうかで判断するっていう基準が明確なだけだって。犯罪以外の楽しいことなら俺は喜んでやるぞ?」
「基準が明確ってのが自分を持ってるってことだろ。つーかテメー、陰キャにもなれるし陽キャにもなれるタイプだよな……陰陽師か?」
「うるせーわ、ただ快楽主義者なだけだわ」
さっきから妙に褒めてくる大翔に舌を出す。
俺はめちゃくちゃかわいい子の「今日のご飯は……なんとパンでした!」よりも早口オタクの「この同人ゲームはバグを使って進むのが公式になってるカスゲーで~」という話題の方が聞きたいタイプなんだよ。
ただ楽しくありたいだけ。
今回で言えば、あいつがしょぼくれたら今日の放課後が楽しくなくなると思ったからだ。加えて考えてた一発ギャグの反応が見たかったことくらいか。
(よく家に入り浸ってるやつとの大切な時間を無駄にしたくないし)
なんとなく前の空席を見る。
あいつはショタコンで生意気で馬鹿でかわいくて優しい上に、とてもおもしろい。
まあもちろんあいつとの友情もあるけど、今回の行動は自分の楽しさのためにやったことなのだ。あいつが気にすることでもない。
(でもあいつにとっては今回のことは違ったのかもな……)
そこまで考えて、俺は首を振って大翔の話を耳元でシャットダウンする。
そう、今はそれどころではない。由雨のことだ。
俺がやってしまった過ちについて、考えなければなるまい。
今一度ゲームのチャット欄を見る。
――――
アイアイ:あとでおっぱい揉ませろよ 既読
――――
「ぐおお……」
また苦悶の声を上げる。
そう、俺は貸しを作ったのでいつものように面白おかしく胸の話をしたのだ。
すると、このように――もう十分以上返信が来ていない。
(やらかしたぁぁぁぁ……)
既読になったのにおまえが返信しなかったら、めっちゃ本気で言った感出るだろうが!
いつものように「優しくしてね……?」とか「はいよろこんで!」とか送って来いよ!
(終わった……)
俺はまた机に頭を打ち付ける。
友達とはいえ困っていたところを助けられたのだから「おっぱい揉ませろ」は検討の余地ありとか思われたのだろうか。いや、それはさすがにないだろうけど。
普通に考えたら何か用事があったか――こんな時でもボケてくるオタク友達に嫌気がさしたとか?
(……それは、いやだな)
すこしだけ胸が締め付けられた気がして、俺は心臓の真上に手を置く。
とくとくと、いつもより早く拍動しているような気がした。
……ああくそ、もうなんでもいい。
それこそ「キモ」でも「は? 宅配ピザ奢れよ」でも良いからなんか返してくれ……!
ピロン。
「!」
そう祈っていると、願いが通じたのか通知が来た。慌てて確認する。落ち着け俺。
……よし、まさしくユールヴァイからだ。
まだ大翔がなんか言っているのを完全に無視して俺はスマホを操作する。
こんなにもこいつの返信を待ちわびたことなんてない。今度からはちゃんと時と場合を考えておっぱいの話をしよう。
やっとゲームのアプリが開いた。急いでチャット欄をタップ。
(ボケてきたら全力でボケて返す、マジ怒りだったら平謝りだ――)
するとそこには。
――――
ユールヴァイ:うん、わかった
――――
「 わ か っ ち ゃ っ た の !?」
「おわあ!? どうした藍也!?」
斜め上の回答をされて俺は椅子から飛び上がるようにして立ち上がる。
すぐにクラスの視線が先ほど同様に刺さってきたので、俺は恥ずかしくなってゆっくりと座り直した。
いや、わかっちゃだめだろ。絶対にあり得ない「女友達の胸触る」という行為が急に実体を持ってそこに現れた気がしたわ。
○び太も○ラえもんが未来からやってきたって言ったときこんな気持ちだったのかな。
すぐさま完全敗北の一文を送る。
――――
アイアイ:わかったじゃねーわ。ごめんなさい
――――
(ノーガード戦法はズルいだろうが……)
「さっきからどうしたんだよ、藍也? やっぱ一発ギャグ恥ずかしかったか?」
「……ああ、まあそんなところだよ」
俺は適当なことを言いながら、心の中で小さく愚痴をこぼす。
あいつ、俺の予想を軽く超えてきよって……。
本当は今回のこと全くどうとも思ってないんじゃないか?
俺スケープゴートにされただけなのかも。
あいつのことだから、今頃ただ勝手に出しゃばった俺のことを笑っているはず――
『まあ、そりゃそうだよね』
「――――」
ふとなぜか、俺が亜美さんを馬鹿にしたと思っていた時の由雨を思い出した。
あの、寂しそうな笑み。
「……はあ」
俺はもう一度チャット欄を開ける。
思いのままに言葉を紡いだ。
書いた文章を見て、なんて俺はいいやつだろうと乾いた笑いが出た。
(ま、ただのお節介だろうけど)
そのメッセージを送信して、やっと俺は大翔との会話に戻ったのだった。
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