そろそろブラックリストに載りそうな客の話

「いや~、シロさん予約なかなか入れさせてくれないんでもう死ねってことかと思いましたぁ。あのね、わたし先週○○市の山の中にあるラブホテルの廃墟で何かにとり憑かれたみたいで」

 その日、志朗の事務所にやってきた若い女性は、ソファに座るなり怒涛のように喋りだした。ストレートロングの黒髪に、今回はピンクのインナーカラーが入っている。前回は金色だったような気がすると思いながら、黒木は部屋の隅に立っている。お茶を出すタイミングは完全に失った。元々「お茶とかええから、それより室内にいてくれる?」と志朗に頼まれており、それを遵守する形になる。

「あっそういうのいいです」

 志朗が相手の話を遮った。「何度も来てるからご存じと思いますけど、そういうの話してくれなくてもわかるのでちょっと座ってて――あのね、両手を膝に置いて座っててくれる? そう。もう喋っててええから動かないで座ってて」

 そう言いながら巻物を広げる。女性は唇を尖らせていたが、しかたないという顔で「えーとね」と続きを始めた。

「そのラブホの廃墟って地元ではちょっと有名なんだけど実際行った人は少なくって、ていうのも結構マジっぽいところらしいのね。その建物のどこかに気持ち悪い絵があってそれを見ると呪われるっていう噂があって、だからその絵はどこにあるかなって後輩三人くらいと一緒に行ったんだけど全員一階でリタイアしちゃって、わたし一人で二階に行ったんですねそしたら」

「はいよし。何もないです」

「うそ~! だってそこ行ってからわたし体調悪くなってぇ」

「そのときは憑いてたかもしれないけどもう憑いてないです。今ピンピンしとるし平気平気お帰りください」

「今日『動くな』ナシですかぁ」

「ナシですね……いやほんま、こういうの止めない? 多ケ崎さん……」

「るりちゃんでいいでぇす」

 女性――多ケ崎瑠璃はダブルピースをして小首を傾げる。全盲の志朗には見えていないはずだが、それでも志朗はちゃんと厭そうな顔をするので、何かしら感じるものがあるらしい。

「大体さ、シローくんが悪いんだよ。もう仕事じゃないと会ってくれないって言うから、わたし一生懸命お化け探してさぁ、自分にとり憑かせてから来なきゃいけないんじゃん」

「いや、来なきゃいけないことないじゃん。いい加減ブラックリスト入れるよ?」

「入れてみろよ。絶対後悔さすからな」

「黒木くん、多ケ崎さんにお引き取りいただいて!」

 そう言われると「黒木さんに迷惑かけると悪いから」というので、多ケ崎は自ら部屋を出て行く。ただ去り際に振り返って「また来るね!!」と大声で宣言する。ちなみに、この五分にも満たない時間を過ごすために、多ケ崎はきちんと正規の相談料を支払っている。

 志朗によれば、多ケ崎瑠璃は「元カノ」だという。

 ところが多ケ崎によれば「別れた覚えがない。今は浮気を許してあげてるだけ」だという。

 多ケ崎が去った後の部屋で、志朗がぽつりと漏らした。

「たぶんね、黒木くんがおらんかったら、ボクもう多ケ崎さんに刺されてると思う」

「やめてくださいよ」

 いずれにせよ多ケ崎は、今のところ黒木に最も緊張を強いている客である。

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