第2話 

 「彼女って、萌香もか?」

 「そう。この間告白して」

 「告白って。おまえ、今まで萌香に5回フラれてるんだぞ。なのに、今回はOKだったのか?」

 「今までは、告白して直ぐにフラれてたけど、今回は初めて『考える時間が欲しい』って言われたんだよ。こんなの、絶対、成功フラグだろ。その返事をしに、今夜来るんだよ」

 「返事ももらって無いのに彼女扱いとか。やっぱ、おまえ、独特な感性の持ち主だよな」

 「何だよそれ」

 「いや。とりあえず、乾杯しよう」

 「俺の告白の成功を願ってか?」

 俺はインスタント・コーヒーで、平野はウィスキーで、無言で微笑みながら乾杯した。

 「…いいわ。このウィスキー」

 平野は口に広がる香りを味わうように目を閉じて呟いた。

 「いいんだ。そのウィスキー」

 俺は、コーヒーを飲みながら、ウィスキーの味を想像する。

 「モルトとグレーンの絶妙な配合によるスモーキーな香りの中に、しっかりとしたアルコールの重みとほのかな甘みが舌に残る。でものど越しは爽やかで、鼻に抜ける香りは、忘れたくても忘れられない、好きな人の少し甘い匂いと似ている」

 平野が真っ直ぐ俺の目を見ながらウィスキーの感想を口にする。

 俺は思わず吹き出して、手にしていたマグカップをあわてローテーブルに置いた。

 「止めろよ、真面目な顔して甘いオチとか。いつもの平野なら、毒舌でおとすのに。もう酔いが回ったのか?」

 「…確かに、素面じゃ言えねーな。こんな事」

 「何だ、どうした?もしかして、好きな女でも出来たのか?だから、突然こんないい酒持ってきて、俺に相談しに来たのか?」

 「…まぁ、そんなとこかな」

 「それなら素面じゃ話せねぇな」

 平野は、グラスに残っているウイスキーを一気に飲み干し、好きな人の匂いに似ていると言う、少し甘い息を大きく吐いてから語り出した。

 「…一目惚れだったんだ。それからずっと好きで。下心ありありで近づいたのに、男としては見てもらってるみたいだけど、友達止まりみたいで。もう諦めようって決めたのに、諦めきれなくて」

 平野の言葉は、萌香に片思いをしていた俺みたいで、痛いくらいに気持ちが分かった。だからか、考えるよりも先に身体が動いて、グラスを持っていない平野の左手を握ってしまった。

 俺よりも細長い指だが、節がはっきりと分かる男らしい平野の指は、驚くほど冷たくて。今、平野がどれだけ相手を思って苦しんでいるのかが、一層伝わった。

 同じ思いを共有する者同士、しばらく無言で見つめ合うと、平野が先に笑って俺の手を振りほどき、その冷たい手で俺の頬に触れると、思いっきり抓った。

 「俺の気持ちを全部分かったような顔しやがって。全然分かってねぇ癖に!」

 「痛って!痛ぇってば。離せよ。平野も俺と同じ片思い族だってことだろ」

 「俺とおまえじゃ、貴族と鳥貴族くらい違うわ」

 「何だよそれ。俺が貴族で、平野が鳥貴族って事かよっ」

 「バカか。…イヤ、そうかもな」

 珍しく平野が言い合いに乗って来ないから、調子が狂う。でも、こんな思い詰めた平野を見たのは初めてだったから、俺は思わず肩を抱いて「こんなにいい男、無下にしやがって。平野の相手にゃ俺が、平野の3倍の苦しみを味わう呪いをかけてやるよ」と慰めた。

 「相手が誰だか知らないのに、呪いなんか掛けられないだろ」

 平野は寂しそうに笑って、俺と同じように俺の肩を抱いた。

 「じゃあ教えろよ」

 「素面なのに言えるか、そんな事」

 「もう飲んでるだろ。ほら、もっと飲め。飲んで、俺に平野の恋心を全部話せ」

 平野が飲み干した空のグラスにウィスキーを入れた。

 でも平野はそれを飲まずに、ローテーブルに置くと、キッチンから氷の入ったグラスを持ってきて、俺と同じようにウィスキーを注ぎ「おまえが素面じゃ、話せないって言ってるんだよ」と目の前に差し出した。

 

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