第38話

「お、おい。まさかお前、ジュースと間違えて酒を飲んだなんてアニメみたいなポンコツっぷりをかましたんじゃ――」

「ふふふっ、どうだろ~? でも、どっちにしても和頼にお礼をしたいのは変わらないから。それに日本のカラオケって、男女二人きりで使う時は情欲に身を任せる場でもあるんでしょ?」


 誰だその間違いすぎる知識を教えたのは。

 さすがにそんな一部の使い方を日本文化として覚えるのはマズイだろ。


「ふわぁ~……なんだか眠くなってきたんだよ。和頼、あったかいから……」


 ふにゃふにゃした口調で小さな欠伸をしつつも、近づいてくるリーナの顔が止まらない。まさか本気か! 日常的にハグするのが挨拶な外国人なのだから、感謝の証としてキスぐらい当たり前だとでも!


 ……いやしかし。

冷静に考えてみればオレが嫌がる理由は何もないな?

 うん、やっぱりない。

 ならば貰える物を貰ったところで問題はないわけだ。

よし、答えは出た。


 勝手な自己完結で準備を整えていると、もうリーナの唇は目と鼻の先だった。

 ここからはどうする気なのか。まあ多分頬だろうと思いつつも、ワンチャン口もあるかもしれん。


 何にしてもドキドキするのは変わりない。

 きっとリーナもそうなのだろう。

頬はほんのり紅潮していて、気恥ずかしそうだ。


 ――そしていよいよ、せめてものお礼とやらを受け取れる瞬間。


「……あはっ♪ 和頼のえっち~」


 リーナが悪戯に成功した子供のようにニヤッとした。


「お礼のキスなんて北欧でも中々しないよ♪ そういう文化はもっと別の国のだから」

「お、お前…………サウナの時だけに飽き足らずこんなとこでまで」


 まさか味を締めたのか。

 案外、本来のリーナという少女はこういったタイプという可能性もあるが。


「そーりー和頼♪ でもカラオケでいい雰囲気を作るなんて、こうでもしないと達成できないと思ったの! おかげでジョーネツレフティオがまたひとつ前進したよ」

「じょ、ジョーネツレフティオにそんな項目が……」

「うん、ほらココに」


 リーナがいつも持ち歩いている古びた手帳の一ページを開いて見せてくる。

 そこには確かに『日本のカラオケで遊ぶ』とは別に『カラオケでいい雰囲気になる』という項目が存在した。


「ハァ~~~~~……」

「わわっ、すんごい残念がってるね!?」

「残念……そうだな、残念といえば残念なんだが。どっちかっつーと安心の方がデカイ気がする」

「そうなの?」


 純粋に「なんで?」と問いかけたそうなリーナに応えるオレ。


「今日一日でさ、オレはリーナのホームシックをなんとか出来ないかって考えた。だから色々調べて、あのサウナを堪能してもらったわけだ。でも振り返ってみると、それだけじゃ無かったなって思ってさ」

「それだけじゃ無い?」


「オレは自分だけのキラキラした情熱が見つけられなくてくすくすしてるって話したろ。リーナはそんなオレからすれば眩しいぐらいにキラキラしててさ、だからどうすればお前みたいになれるのかって考えてた」

「……何か分かった?」


「少なくとも、リーナがどんな奴なのかは前より分かったぞ。そんでオレが今回どうしたかったのかも理解が深まった」


 自分のことだというのに、どんだけ時間がかかっているんだか。

 その辺がくすくすに繋がってるのかもしれんな。


「オレは、もっとリーナを知りたかったんだ。その、お前の事がずっと気になって仕方なかったからさ」

「え!?」


 完全上位の立ち位置でニコニコしていたリーナの綺麗な顔が、ビックリ一色に変貌する。さっきまでのからかいスタイルはどこへやら。

 まさかのとんでもない事態に発展してしまった、どうしよう。そう言わんばかりにあたふたあたふたしまくりだ。


「そんなに気になってたの……?」

「間違いなくな。片時も目を離せないぐらいだった」

「そこまで!?」

「ああ、そこまでだ」


「あ、あわわわわ。なになにどうしたの、シャイで鈍そうな和頼がとっても積極的だよ。もしかしなくても本当にワタシの気持ちに気づいてくれて――」


 緊張を紛らわすように髪の毛先をいじりながら、よく聞こえない小さな声でもにょもにょするリーナ。


「ちょっと時間はかかったけど、ちゃんと伝えるよ。リーナ、オレはお前の事を――」

「は、はい!」


 たっぷり間を置いてから、オレはリーナに親愛のハグをする。

 そして、素直な気持ちを告白した。




「新しく出来た、本当の家族のように想ってる!」

「……………………わっつ?」



 力強く言い切るオレ。

 一方で、リーナはどこか「なんて?」と言いたげだ。おかしいな、あんまり伝わって無さそうだ。もしかして外国人には伝わりづらいニュアンスなのか。


 なので、改めて正面から言い直すことにした。


「いやほら、リーナは家(うち)へホームステイに来たわけだからさ。最初はお客さんのように感じてたわけだよ」

「…………」


「でも、勘違いだった。ホームステイを受け入れる相手はホームステイファミリーつって、本当の家族のように接するもんなんだよな。いやぁ、そこに気付くのが遅くなってごめんな」

「………………」


「だけど安心してくれ。これからはサポート役はもちろん、ジョーネツレフティオの達成も今まで以上に協力するから。なんてったって、リーナは家族なんだからな。遠慮なんて要らないぞ!」

「…………………………」


 あっれぇ、なんかリーナさんが不満気だぞ?

 もしかしてオレの家族宣言が気に入らなかったのだろうか。だとしたら大分悲しいのだが。


 しかし、微妙に不満そうな顔は瞬時に消え去り、すぐに普段通りの明るくニパッと笑うリーナが戻ってきた。どうやら見間違いだったらしいな。


「ありがとう和頼。とっても嬉しいよ♪」

「そうか、良かったよ」


 その割にはオレの背中に回された腕に妙に力がこもっているようだが。


「でも、全然ダメだね♪」

「ダメなのか!?」

「ハグをするなら、もっとちゃーんとしっかりやるの。お互いの体の間に隙間が出来てるのはイマイチどころの騒ぎじゃないよ!」


 リーナが指摘したとおり。

 オレと彼女のハグにはそれなりの隙間が生まれている。


 理由は簡単だ。だって、オレからのハグで密着したらセクハラじゃん。

ただでさえリーナの乳腰太腿等が危ないというのにだ。しっかりハグとかヤバすぎるだろ。


「ちゃんとやってー」

「いやしかしだな」

「む~、口だけじゃ伝わらないものもあるから、ちゃんと行動で示した方がいいよ!」

「ちょ、あんまり体重をかけると――」

「え?」


 リーナもわざとではなかったはずだ。

 しかし、彼女が両腕に力を入れてオレの身体を引き寄せたためあり余った力が後ろ側にかかりすぎて、リーナは後ろに向かってすてーんと倒れてしまう。


 結果どうなるかと言うと。


「あ、あう…………」


 オレがリーナに覆いかぶさるように押し倒してるような形になるわけで。


「あ、あぶね~……」


 危うくリーナの豊満ボディに全身でのしかかってしまうところだったが、間一髪手をつけたおかげでなんとか堪えられた。二人の間は非常に近いが、リーナを潰してしまうよりずっといい。


 ――そう思っていたんだけどな。


「あの、和頼。て、て……」

「て?」

「手が……当たって」


 蚊の泣くような声で訴えるリーナは、とんでもなく乙女チックな恥ずかしい顔になっている。その原因は、オレの手だ。

 なんともまあ逃れようもない程にしっかりと、オレの片手がリーナのワールドクラスなバストに触ってしまっていたのである。


 触ってるっつーか、もはや鷲掴みかもしれん。

 どっちにしても大変よろしくない事に間違いはない。


「す、すま!?」


 慌てて引っ込めはしたものの、生々しすぎる感触が掌に残っている。

 言い逃れはできようはずもない。事故とはいえ完全にやってしまったのだ。


 だが、リーナは怒るでもパンチを放ってくるのでもなく、ただじっとオレを見上げたままだった。

 その瞳と目が合っただけで吸い込まれるような感覚があり、さっさとその場から離れればいいものを、何故か半身がギクリと固まって動けない。


「和頼……その、ワタシ――和頼なら」

「リーナ……」

 

 まるで何かに突き動かされるように、オレとリーナの身体がくっついていく。

 その直前。


 ぴるるるるるるる♪ と、備え付きの電話がやかましい音を鳴らした。


「っとお!?」


 心臓が口から飛び出しそうになりながら、急いで受話器を取る。

 聞こえてきたのは退室時間前を告げる声だった。延長する気はなかったので、そう伝えて電話を切る。


「……そろそろ退室のお時間だってさ」

「そ、そうなんだ。そんな風に電話がかかってくるシステムなんだね」


 一本の電話によって、さっきまでの怪しい空気はどこへやら。

 すっかり普段の状態に戻ったオレ達は、少なからず微妙な空気になりながらもカラオケ店から出て行く。


「その、さっきはすまん」

「ううん、そもそもはワタシが倒れちゃったのが原因だから」


 とぼとぼと並んで歩きながらの帰路は、なんとも気まずい。

 コレが普通の友達同士であれば帰る家が違うから、どこかで別れる事になる。だがオレ達の帰る家は同じなので、いつまでも別れはしない。


「ふふふっ、和頼すんごい気まずそう」

「お互いさまだろ……」


「そうかも? でも、もうワタシは気にしてないよ♪」

「マジかよ」


「だって、和頼がさっき言ってたとおりだから」


 少しだけ駆け足でリーナが歩道の前方へと走り、くるりと振り向く。

 夜の町の光に照らされた彼女は、相も変わらずにキラキラした笑顔でこう告げた。


「家族になったんだもの。だから多少のトラブルなんてなんでもないよ♪」

「……そう言ってくれると助かるよ」


 リーナのキラキラした光がオレのくすくすな闇を抑え、消し去っていく。

 オレもいつかはそうなりたいもんだと、感じずにはいられない。


 この時のオレは新しい家族へのありがたみと、自分なりの情熱に繋がる切っ掛けを同時に見つけたような、そんな春の暖かさのような気分になったのであった。


◆情熱レフティオの達成項目◆


☑佐倉崎家の家族になる

☑あの人と仲良くなる


□好き同士になる
























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る