第17話

「和頼! あの池の柵にコレを乗せてちょーだい!」

「このデフォルメされた犬の人形をか?」

「うい! 日本で最も有名な犬種・柴犬をモデルにしたマスコットだよ♪」


 絶好の位置で携帯カメラを構えたリーナの指示に従って、大きな池沿いの柵の上に手のひらサイズの人形を乗せる。

 すると、すぐにパシャパシャパシャパシャ! と連続シャッター音が鳴った。


「おいおい、まだ早いぞ。オレが写っちゃうだろ」

「待ちきれなくて! それに和頼が入ってる分には別にいいよ♪」


 ならばと、昔何かで見たであろう港で片足を杭(ボラード)乗せたかっこつけポーズを取ってみたらリーナが噴き出してケラケラ笑う。

どうやらツボったらしく「あはははは♪」と爆笑しながらもその手はシャッターを止めていない。


 この状況。

別にバカップルがデートをしているのではなく、リーナが行きたかった聖地――もとい大きくて広い公園で彼女が望む写真を撮ってるだけだ。

 なんでも、市民の憩いの場であろうこの公園がリーナが大好きな作品に登場する場所のモデルらしく、移動中途中ではその良さと何故聖地と呼ぶのかについてめっちゃ語られまくった。


 オレ個人としては『観せてもらったアニメに出てたかも?』程度の知識しかなかったわけだが、これがまたリーナが楽しそうに喋る喋る語る語る。その全力姿勢から繰り出されるトークは、惹きこまれる情熱とわかりやすさに満ちておりオレも興味津々で聞き入り、気づかない内にどっぷりと作品の魅力とやらに浸かっていた。

そういえば以前道晃が好きな作品の楽しさに浸かっている内に抜け出せなくなったり、より深みに嵌って戻れなくなることをオタ用語で『沼』と呼んだりするなんて言ってたな。


 ――今正に、オレはその沼へと第一歩を踏み込んでしまったのかもしれん。


「みてみて和頼。ほら、こっちが今取った写真で、コッチの画像が作中の一シーンだよ」

「おお! すごいな、ほぼ完全に一致してる」


 細かい部分は違うし、実際に登場キャラが立っているわけでもない。

 ただ間違いなく同じ場所だと理解できるように撮られた写真は、とても面白く感じられた。

 なるほどな、こうやってモデルになった場所を撮ったりするのも聖地巡礼の醍醐味な訳か。  


「もっと面白くするなら、シーンの状況再現をする方法もあるんだよ♪」

「やらないのか?」

「えっ、和頼が池ボチャしてくれるの!?」


 なんでだよ。


「どうしてオレが池に落ちにゃならんのだ」

「だってこのシーンは、主人公とヒロインがイチャついてたら誤って池に落ちちゃうところだもん。『やらないの?』って聞いてくるってことはやってもいいんじゃないの?」

「そんな意図はない」


 大体アニメのシーンの季節は夏、今は春だ。

 池の水はそれなりに冷たいだろうし、風邪を引いてしまうかもしれん。


「そもそも、この池は普通に立ち入り禁止から難しい」

「難しいって事は、こっそりやれば大丈夫じゃない?」


「状況再現がしたいなら他のシーンにすればいいだろ。こだわる気持ちはわからんでもないが」

「うん? 別にそこまで池ボチャしたいわけじゃないよ」

「でもこっそりやれば大丈夫じゃない? って聞いてきたって事は相当やってみたいんじゃないのか?」

「?」

「??」

 

 お互いにくえすちょんまーくが浮かぶ。

 その後手をポンと叩いたのはリーナだった。


「あ、そっか! イマイチ話が噛みあわないような気がしたけど、原因が分かったよ」

「いつもの日本語覚え間違いか?」

「そ、そんなにいつも間違えてないし! 失礼だよ和頼、デリカシーに欠けるよ! ぷんすかぷんぷんになっちゃうよ!!」


 本人的には滅茶苦茶怒っている表現なのかもしれないが、リーナがぷんすか怒ってても全然怖くない。おやつが貰えなくてちょっと怒った大型犬を前にほんわかするのと同じような気分になるだけだ。



「ぷんすかぷんぷんなんて口にするヤツ、初めてかもしれん」

「ワッツ!!? 嘘だよ日本じゃこうやって怒るんじゃないの?! もしかしてレア発言?」

「万が一居たとしてもレアどころか超レアだ」

「あ……アンビリーバブルだよ。でも、言われてみれば日本に来てからそうやって怒ってる人は一回しか見たことない……」


 一回はあるんかい。


「誰だそんな愉快な怒りかたをしてたのは」

「姫奈だよ? この前、プリンを勝手に食べた和頼に対してプンプン怒ってたじゃない」

「あ、あー…………アレね」


 思い返してみれば確かにプンプンとぶりっ子してたかもしれんが。

 すぐに『おんどりゃーワレェ何しとんじゃボケナスがあ!!』と、兄を兄とも思わん言い草だったので結びつかなかったわ。

 しかも冤罪。

 実際にプリンを喰ってしまったのは母さんだったというオチだ。

 真相判明後に『お兄様~、人間誰しも間違える事で許して~♪ ごめーんね♪』とねこなで声を出した時はマジでしばきかけた。


「それじゃ次の場所に行ってみましょう♪」

「公園内に何カ所かモデルになった場所があるんだったか」

「うい♪ どうせなら写真を撮るのとは関係なく、公園内をぐるっと一周したいね」

「お供しますよっと」


 端から端まで歩けば一時間近くはかかる大きさの公園。そこをぐるっと一周すれば中々いい散歩コースになる。

 ちょっとした自然の林や運動場だけではなく、遊具エリアではしゃげる年齢の子供にとっては最高の遊び場だ。

舗装整備された幅のある歩道を少し歩くだけでも親子連れが多い。他にはぽかぽか陽気の中で連れ立つ友人同士にカップル、あとはまだまだ咲いてる桜を愛でる花見客等か。


 時折、こっちに向けられた視線を感じたが……もうそれなりに慣れたものだ。

 やっぱりココでもリーナは目立つなって話しである。


「あの、和頼? 少し前から視線を感じるのは気のせいかな? ワタシ、どこかおかしい?」

「気にすることないぞ。リーナみたいな北欧人が物珍しいだけだから」


「珍しいかぁ。でも、ワタシが視線を感じた方向に顔を向けると、みんな目を逸らすよぉ」

「そらアレだ。許可もなく誰かをジロジロ見るっていうのは余りよろしくない行為だからな。目を合わせづらいんだよ」

「そういうもの?」

「そういうものそういうもの。前にリーナが言ってたろ、日本人はシャイなところがあるって」

「ふーむむむ。見るなら堂々と見ればいいし、なんなら声をかけてもイイじゃない?」

「そこまでするとナンパか、怪しいお誘いになってハードルが高い」

「そうなの?」

「そうなのそうなの」


「じゃあワタシの事を一番近くでよく見てる和頼は全然シャイじゃないね♪」

「……そんなに見てるか?」

「まさかの無自覚だったり? あんなにいっぱい嘗め回すようにあちこち見てるじゃない」


 マジかよ。

 やばい、オレ変態みたいじゃん。


「半分は冗談だよ」

「待て、それじゃ半分は本当になるだろ」

「うーん、日本語ってムヅカシイね」


 どこまで本気かわからない冗談を口にしながら、リーナが足を止める。

 何事かと思ったが、単に撮りたい物が見つかったのだろう。近くにあった立派な桜の木々に携帯カメラが向けられた。

 ただ桜色の花が咲き乱れているだけではなく、根元に出来ている花びらの絨毯のコントラストが美しい。

おそらくほんの短い間だけしかない絶好のシャッターチャンスに違いない。


「あの桜も聖地巡礼の一ヵ所なのか?」

「ううん、これはシンプルに綺麗だから! やっぱり日本の桜はどこもビューティフルだよ♪」


「寒い北欧に桜は無い、か」

「あ、和頼ってば知らないね? 北欧にも桜はあるんだからー」

「マジか。寒すぎて桜には厳しくない?」

「ワタシもそこまで詳しくはないけど、普通に咲くよ。……といっても、日本みたいにあっちこっちにはなくて、かなり限定された場所になるけど」


 オレの北欧豆知識がまたひとつ増えた。

 これもまた異文化交流か。


「でも不思議だよね。北欧と日本はとても距離が離れている土地なのに、桜が咲いている景色は大きく変わらない気がするよ」

「へぇー、てっきり雪景色に桜みたいな景色なのかと」

「あはは♪ それはそれで幻想的だねー」


 何枚か撮って満足したリーナが歩き始めたので少し後ろから付いていく。

地図を見た限りでは一応公園内にある外周コースを進んで行けば自然と一周できるはずだが、リーナはそれに従わずに興味がある方へある方へと進んで行く。きっと上から見たらオレ達はジグザグにフラフラしたルートを歩いてるように見えるだろう。


「あ!」

「どうした」

「………………和頼。ちょっと休憩しない?」

「んお? どうした急に。歩き疲れたか――」


 訊いといてなんだが、リーナに疲れた様子はない。

 なんだったらさっきまでスキップしたり駆けだす勢いで移動してたので元気いっぱい体力満点である。


 となると他に理由があるな。

 その理由を探るべく少しだけ観察してみると、リーナが妙にそわそわしているのに気づいた。ついでに宝石のような瞳が、ある方向へちらちらっと向けられている。


 んで、ピンときた。


「どうせ休憩するなら、寂しい口を紛らわせる何かが欲しいよなー。公園に来るまでに何か買っておけばよかったかー」


 きっと道晃が傍にいれば『白々しいにも程がある!』とツッコんでくれたろうが、オレの言い方がどんだけわざとらしくザルだろうとその機微はリーナにはまだ掴めない。

 彼女はオレが何をどうしたいのか分かった上で返事をした事を、大変自分にとって都合のいい事態だと思っているだろう。


「そうだね! 買っておけば良かったよー!」


 もしリーナに動物の耳と尻尾が生えていたら、ピコピコブンブンと忙しく動いていたのではないか。そう思う程の待ちきれないといった反応だった。


「あー、そんなこと話してたらいい匂いがしてきたな。おっ! あっちの方で何か売ってるみたいだぞ。ちょうどいい事に!」

「うんうん、それはちょうどいいね!」


「じゃあオレは何か適当に買ってくるから、リーナはそこのベンチで待っててく――」

「ズルいよ和頼、自分だけ! ワタシも一緒に行くからね、絶対だよ。そもそもワタシは日本文化を学びにきたんだから、公園でどんなものが売ってるかも勉強の一環として必要な知識で!!」


 まくしたてるリーナ。

 耐えきれずに『ブハッ!』と吹きだすオレ。

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