第8話

「いいの、いいの。気にしない気にしない」


「あんてーくしって、どーいう意味ぃ?」

「姫奈、今は聞いてやるな」


 タイミングと表情からして日本語でいう「すみません」や「ごめんなさい」のニュアンスだろう。そう言えば、以前にも聞きなれない言葉を耳にしたことがあったがアレはどんな意味があったのか気になるな。


「なあ、リーナ」

「ふっ、なんですか和頼。滑稽なワタシを笑いたければ笑っていいんだよ、ほらわーっはっはっはって笑ってください、わーはっはっはーって!」

「そんな風に笑う趣味は無い。じゃなくて、リーナが口にする言葉には聞きなれないものが混じるが、やっぱり母国の言葉なのか?」


 オレだって日常で誰かと話す時、若者言葉もあれば元々は英語であろう言葉が混じることは多い。普段はまったく気にかけないし、ニュアンスだけ伝わればいいみたいな面もある。

 ただ、その感覚が北欧から来た美少女にも通用するのかはわからないと思ったからこその質問だった。少なからずリーナの言語には、オレ達によく分かる日本語をベースに、偶に英語で更に別の言語が混ざっているようだから。


「あんまり意識してないけど、きっとそうだよー。やっぱり使い慣れてるからかワタシの故郷で使われる言葉が混ざっちゃいますね」

「ね、ね! さっきのあんてーくしぃもそうなんだよね?」


 よほど気になるのか。続けて質問する姫奈に対してリーナがちょっと恥ずかしそうにしながら答える。


「あんてーくしは、日本語の『すみません』が一番近いですね」

「謝るときに使うんだ?」

「ソレもありますが、相手の注意を引きたい時に使ったりもします。英語でいうとエクスキューズミー」

「ああー、だからすみませんが一番近いと」


「いえす♪ 日本だとすみませんは色々な場面で応用できる便利な言葉なんですよね? だからアンテークシはすみませんではないかと」

「ごめんねリーナお姉ちゃんは、あんてーくしリーナお姉ちゃんになるの?」

「その場合は、アンテークシの前にヴォイを付けると、謝罪の意味合いが強くなります」


「じゃあ、ヴォイアンテークシ、リーナお姉ちゃん?」

「そんな感じです♪」

「おおー! あたし、北欧の言葉で謝れるようになったよ」

「あくまでリーナの故郷での話なんだから、北欧全部で通じるわけじゃないと思うぞ」


 しっかり覚えているわけでもないが、北欧は四か国はあったはずだ。

 そのすべてが同じ言語をメインで使ってるかといえば、おそらく違うだろう。いや、オレも詳しく知らんからアレだけども。


「なあ、オレもひとつ教えてもらってもいいか?」

「もちろんだよー」

「キートスってどういう意味?」

「キートスは『ありがとう』だね!」

「サンキューと同じ?」

「ういうい♪」

「なるほどなぁ」


 って事は、昨日リーナと別れる際に言われたのはそのまま「ありがとう!」だったってわけだ。またひとつ彼女に対する理解が深まったな。


 ――理解といえば……母さん達が帰ってくる直前に教えてもらったジョーネツレフティオなる手帳の件がある。

 実は歓迎会の準備をしている間に、こっそりあの手帳について確認してみたのだが。


『ジョーネツレフティオは、こっちの言葉にするなら情熱帳かなー。ジョーネツはそのまま情熱で、レフティオはワタシの国の言葉でノートを指すの』

『やりたい事リストって言えば伝わる? この手帳には日本で達成したいたーくさんの項目が載ってるの』

『えへへ。実はこのジョーネツレフティオの内容を達成するのが、勉強以外の大きな理由なのダ♪』


 とまあ、そんな感じに説明をしてもらったのだ。

 おかげでリーナがあの手帳をとても大切そうに扱っていたかの合点がいった。あの手帳に彼女が日本に来た目的の多くが載っているのだから、そりゃあ大事に決まっている。きっとその内容は情熱とキラキラに満ち溢れているのだろう。


「情熱……か」


 誰の耳にも届かないつぶやきが漏れる。

 ほんとに、オレも早く見つけたいものだ。

 やや重い息を吐きながら適当に寿司を取ろうとする。

 そしたら、


「ちょっと待ったー!」


 姫奈にストップをかけられた。


「なんだいきなり。食べたい寿司ネタでもあったか?」

「それもあるけど、そうじゃなくて! このお寿司はリーナちゃんがご所望したんだから、おにぃが先に食べるのはどーかと思う!」

「あ、すまん。そういうことなら、リーナがまず最初に食べた方がいいわな」


 どうぞどうぞとジェスチャーしてリーナに一番乗りを促す。


「で、では……せっかくなのでワタシから頂かせてもらいマス」


 大分緊張した様子で寿司にトライし始めるリーナだが、なんで彼女はこんなにも緊張感を漂わせているのだろうか。


「もしかして、寿司はリーナにとって特別な食べ物だったりするのか? 海外だとタコがデビルフィッシュとか言われてるよな確か」

「そういうのもあるかもだけど、単純に日本のお寿司はワタシにとって憧れのご馳走なんだよ!」


「ご馳走? 日本の寿司が??」

「和頼くんは外国で出されるお寿司がどんなのか知ってる?」

「寿司は寿司だろ。にぎりの上に魚介類が乗ってるんじゃ」

「その認識で実物を見たらビックリするわよ~。なんじゃこりゃーって」


 母さんがそんなお茶目な発言をするところが、今日のなんじゃそりゃーなんだが。


「まぁまぁ、とりあえずリーナちゃんは肩の力を抜いてひとつ食べてみなさいな。きっと気に入るわ」

「は、はい。ありがとうだよ名護美(なごみ)ぃ」


 母さんの名前を呼びつつ、今度こそリーナがお寿司――まぐろの赤身が乗ったにぎりを自分のお皿にとる。この時、箸を意識して使わずに手づかみだったのは何かの礼儀かこだわりか。

 まあ、手で掴んで食べるお寿司ってなんか美味いよな。


「では……」


 じーっと皆で見守られながら、遂にリーナが本場日本のお寿司を食す。

 おそるおそるといった感じだった少女が、むぐむぐと口を動かし――どんどんその表情からなる輝きが増していくのが手に取るように分かった。


「お、美味しい~~~♪♪♪」


 どうやら想像以上にお気に召したようで何よりだ。

 リーナはそのまま一貫ずつとはいえ、いくつものお寿司を頬張っていく。タコ、いくら、ぶり、ハマチ、うに。初見では「ん?」と手を止めてもおかしくない見栄えの寿司ネタでも一向に気にならないようだ。


「さ、サイコー! サイコーです、これが本場のSUSHI!!」

「そんなに美味しい? どれどれ~……パクッ、もぐもぐ。うん、いつもどおりのお店の美味しいお寿司だね」

「じゃオレも」


 最初に味わうべき主賓が食べてくれたので、オレはマグロ辺りから攻める。うん、確かにとても美味しい。

その上で姫奈が言うようにいつもどおりの美味しさであって、リーナ程の感動はさすがにない。


「わ、わ、わ、すごいスゴイ! 前に食べたことのあるお店のとは全然違う!」

「その前に食べたお店の寿司があまりに微妙だったと?」

「北欧でもお寿司は食べれはするけど、ぶっちゃけあまり美味しくないかお寿司という名のなんちゃってSUSHIだったりするカラ」

「なんちゃって寿司?」

「たとえば、そもそも魚介を使ってない物ですね。野菜寿司みたいな?」


 意味が分からん。トマトやキャベツでも乗ってるのか?

 そりゃ確かに寿司とは呼びづらいわな。


「そういうのを食の違いっていうのかね」

「お寿司に限らず、食文化は大きな違いがあるものよ。日本に至ってはどんなものでも美味しく出来てるから、比べる相手が悪いかもだけれど」


 父さんと共に諸外国を回った経験がある母さんが言うと説得力がある。

 

「もっと食べてもいいですか!」

「遠慮なく召し上がってね。足りなかったら追加で頼んでもいいし」

「わっほーい♪」


 リーナが超ご機嫌でお寿司をパクつく光景は、大変微笑ましい。

付け加えるなら、その喰いっぷりは見てるだけでお腹がいっぱいになる人もいるかもしれないレベルだ。

 オレはまあ……美味そうに喰ってる姿を見て、釣られるように腹が減ってきたけどな。食べ盛りだから。


「にしてもよく食べるなリーナは。嫌いな物や苦手な物は無いのか?」

「いやいやそんな、ワタシにだってそういうのはありますよー」

「の割にはどの寿司ネタも食べてるが」

「だってどれもとても美味し――――」


 ニッコニコで食べていたリーナの動きが、ピタッと止まった。

 電池が切れたおもちゃのように、それはもう突然にだ。


「…………」

「ど、どうした?」

「ほ」

「ほ?」


「ほわああああああ☆●▽※&%$$$!!?」

「なんだなんだなんだ―――?!」


 ぶっとんだ叫び声をあげたかと思えば、リーナの宝石のような瞳からぶわぁ! と涙が滝のようにあふれだし、パニック気味に口元を押さえる。いやよく見れば口どころか鼻も押さえてるな。


「く、ぐちがーーーー、ぱなもツーーーーーンってーーーー!!?」

「ツーンって、もしかして……」


「あらやだ。まさかの当たりを引いちゃったのね」

「呑気に言ってる場合じゃないだろ母さん。リーナ、よくわからんがキツイならぺってしちゃえぺって」

「~~~~~~ッッッ?!!」


 素直に吐き出してもいいのに、ブンブンと頭を振るリーナは頑なに口を押えて拒否の意志を見せた。食べた物を吐きだすのはマナーには反するかもしれないが、さすがにそこまで耐える必要はないと思うんだよなオレは。


 と、姫奈の方からも悲鳴が上がる。


「うばあ!!? ちょ、ちょっとお母さん!! もしかしなくてもこの中のいくつかに強烈なわさびがてんこ盛りで入ってるみたいなんだけど?!」

「お店の人が気をきかせてくれたのかしらねぇ」


「そんな気遣いはいらないって!! はあああああ、口の中が大変なことにーーーー」


 慌ただしく姫奈が向かった先は多分トイレだろう。我が妹は特段耐える気はないようである。


「……う、ぐぅ……こ、これが噂に聞く日本のわびさびぃ――。なんて強烈な……」

「詫びさびじゃなくてワサビな」

「うぐぐぐ、詫びて欲しいでごじゃる~詫びて欲しいでごじゃる~」


 めそめそしてるようで割と余裕があるのか、変な語尾でシクシク泣いてるリーナは可哀想であると同時に笑いを隠さねばならない程に面白いことになってしまっている。


「ワサビが苦手……でも、そりゃあそうか。北欧にはきっとワサビなんて無いもんな。ほら、多分もう当たりならぬ大ハズレは無いだろうが、食べる前にネタをぺろっとめくれば見分けがついてあんし――ん?」


 自分の皿の上に乗っていた寿司ネタをめくると、そこにはてんこ盛りの緑が仕込まれていた。ここから寿司桶に戻すのはアレなので、さほどワサビが苦手なわけではないが好きでもないオレが無言でパクリと食す。


「………………ふっ」


 ニヒルな笑いを浮かべようとするも、中々強烈なツーンに襲われて涙目にならざるを得ない。。


「母さん」

「なあに?」

「今度お寿司を頼むときは、大将に絶対に当たりを仕込むなって言っといて」

「さび抜きを注文する際には念を押しとくわ」


「ひぃああああああ、ま、まだ口や鼻が大変なことにーーーーーー」


 その後。

 落ち着いたリーナはお寿司に対する警戒心丸出しで、ひとつ食べる度に中にワサビが入っていないかを確認するようになったのであった。



◆情熱レフティオの達成項目◆


☑本場・日本のお寿司をいっぱい食べる

☑ワサビに挑戦した


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