破「これってもしかして……?」
世間はその間にクリスマスや年末年始を迎え、一月も半ばが過ぎようとしていた。
この晩、ミドリシステムズは社員総出で近くの居酒屋を貸し切り、新年会を開催していた。
当然その中には、下戸田と
「ギャハハハッ! 下戸田お前、顔真っ赤じゃねぇか!」
「ホントだ〜!
「……」
先輩社員らにからかわれながら、下戸田は静かにジョッキを口に運んだ。
下戸田の名とは裏腹に、彼は
蛇沼は日本酒を水のように飲んでおり、下戸田は自然と彼女に
「……トウカのところはどうだ?」
「よくしてもらっています」
下戸田が答えると、チッという舌打ちの音が聞こえた。音の主はもちろん、蛇沼だ。
蛇沼と家守の二人は、互いにファーストネームで呼び合うほどの仲のようだ。確か、入社が同時期だったか――と、下戸田は記憶を確かめた。
下戸田は、以前ほど蛇沼に
それは家守の話を聞いたからかもしれないし、
「前は悪かったな。その……アタシの態度がきつかったんだろ?」
「えっ」
蛇沼の言葉を聞いて、下戸田はだらだらと顔に汗をかいた。
(――まさか、バレた? 自分が社長に
もしそんなことがあれば、とても蛇沼に顔向けできない。
下戸田は、みぞおち付近に忘れていたはずの懐かしい痛みが
すると、蛇沼は「はあ……」と特大の
「アタシはいつもこうなんだ。仲良くしてぇと思った相手には、きつく当たりすぎて逃げられちまう」
「あっ……」
あのインターン生の話か、と下戸田は
そのときふと、下戸田の目に蛇沼のスマートフォンに着けられたストラップが目に入った。かわいらしい小さなカエルの人形と一体になったストラップだ。
「……蛇沼さんってカワイイですね」
気づくとそんなセリフが、下戸田の口を突いて飛び出していた。
「か、カワイイっ!? あた、アタシがかっ?」
(――あ、なんかまずったかも)
下戸田は心のどこかでそう思った。しかし、彼は続けて口を
「あ、すいません。つい本音が」
「ほ、本気なのかよ!」
蛇沼は片手を前にかざし、たじろいだような様子を見せた。
それを見て、下戸田は引かれてしまったと思い、うつむく。
「……すいません。ボクみたいなのに『カワイイ』なんて言われても、嬉しくないですよね」
蛇沼はかざした手を頭の後ろに回し、ポリポリと
「……んなことはねぇよ。ただ、そんなの言われ慣れてねぇから、驚いたってだけだ」
「そうですよね。蛇沼さんは『カワイイ』って言うよりは『美人』ですよね」
「……」
蛇沼の動きが止まった。
「?」
不審に思う下戸田の前で、蛇沼の顔がカァッと真っ赤に染まる。
次の瞬間、蛇沼はバンッとテーブルに両手をつき、立ち上がる。
「わ、ワリぃ。ちょっと
「あ、はい! 行ってらっしゃい」
蛇沼は
下戸田はそれを見送ると、いったい彼女に何があったのかと首をひねった。
†
楽しい時間はまたたく間に過ぎ、ミドリシステムズの新年会はお開きになった。
開始が遅かったため、時刻は既に二十三時を回っていた。
ここで一つ問題が起こった。
「
「うるせー! アタシはまだ飲めるぞ!」
「あらあら……。この子がこんなに
ベロンベロンに酔っ払った蛇沼を、
「……ふむ。残念だが、蛇沼クンは戦線離脱かな。下戸田クン、タクシー代を渡すから、彼女を家まで送ってやってくれるかね? 方角は君のアパートと同じのはずだ」
「は、はい! 責任持ってお送りします!」
社長の
「それじゃあ、他の有志諸君は二次会に行こう。夜はまだまだこれからだぞ!」
「下戸田君、ヨロシクね」
「はい!」
家守ともタクシー乗り場で別れ、下戸田は蛇沼に肩を貸して同じタクシーに乗り込んだ。
(蛇沼さんの体、柔らかっ)
(いかんいかん……ボクは何を考えてるんだ。相手は会社の先輩だぞ)
下戸田は首を左右に振って、邪念を頭から追い払う。
「――まで、お願いします」
「承知しました」
タクシーが発進してすぐに、下戸田は運転手に行先を告げた。
(ボクの家に着くころには、蛇沼さんが回復してるといいんだけど……)
蛇沼の住まいは、下戸田のアパートよりも更に十キロほど先にあるそうだ。
蛇沼は車の
約二十分後、タクシーは下戸田が住むアパートの前に到着する。
「お客さん、着きましたよ」
「はい。――蛇沼さん、ボクここで降りますよ」
下戸田が一万円札を片手に、隣の座席の蛇沼に声を掛ける。
「下戸田……」
下戸田を呼ぶ蛇沼は、いつものように
蛇沼は込み上げる何かを
「気持ち悪……」
「あ! 蛇沼さん、ここで吐くのはマズいです!」
「吐く」という単語を聞いて、運転手が体をビクリと震わせた。タクシーの運転手にとって、座席を汚物まみれにされるのは大迷惑だ。
「お客さん、困りますよ」
「す、すいません! 蛇沼さん、ボクの家で少し休んで行きますか?」
「悪い……頼む……」
蛇沼は、しぼり出すような声で希望を
そこで下戸田は一旦、ここまでのタクシー料金を支払うことにした。その後、再び蛇沼に肩を貸して二人で車を下りる。
「少し、ここで待っててもらえますか?」
下戸田はタクシーの運転手にそう頼んだが、運転手は返事をしなかった。
二人がアパートの階段を上る頃、下戸田はタクシーが再び発進して行く音を聞いた。
「あーあ……行っちゃったか」
下戸田は残念に思ったが、どうすることもできなかった。
「うぷ……。下戸田、まだか……?」
「もうすぐですよ」
下戸田は今にも吐きそうな蛇沼を連れて、三階の自分の部屋に帰宅した。
(――あれ? これはもしかして、「お持ち帰り」というやつでは?)
ふと下戸田は冷静になって今の状況を振り返り、そのことに気づいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます