EP035

「ここにいたんだぁ~。」

「探したよぉ~。」


真っ暗な穴から聴こえていた小さな声は、段々と大きくなっていった。


『何かが、近づいて来てる…。』


僕が理解できる言葉を話す何かが、徐々にではあるが間違いなく空間にできた穴に近づいて来ている。

僕はなぜか、近づいてくる未知のものにおののくことはなかった。

かと言って、楽しみにしているわけでもない。

ただこの声が僕にとって何か懐かしいもののように思えて、それが何なのかこの場で確かめたいという気持ちでいっぱいだったのだ。


僕の旺盛な好奇心が、僕に怖いもの見たさという感情を後押しさせたみたいだ…。





しばらく待っていると、目の前の暗闇の穴に白っぽくぼやけた何かが顕現し始めた…。

それは、ゆっくりと形を成していった…。

そしてそれは、僕にでも安易に想像がつくまでの形になった…。















「…。…。ウ…。サ…。ギ…。」

「失礼ね。よく見てよ。」

「へぇ?」


思わず漏れ出した僕の心の声にウサギが反論をしてきたことに、僕は思わずたじろいだ。


ウサギが言葉を話すなんて、僕の思う普通では考えられない。

ただ、空間に裂け目ができた時点で僕の中には、ここが夢の世界か、はたまた、次元の違う世界だと言う考察はできていた。

だから、ウサギが喋ったことにたじろいだ訳ではなく、ウサギにしか見えないものにウサギではないと否定されたことにたじろいたのだ。


ウサギに言われる通りに目を擦り瞳を見開き再度よく観察する。

でも、どうしても目に入るのはその動物の特徴である長い耳…。


「やっぱりウサギじゃないか。」

「本当に好きな事しか興味がないのね。」

「…。」

「よく見てよ。このしなやかな長い尻尾。ウサギにはこんなのついてないでしょ。」

「ウサギには尻尾がないのか?」

「そこからなの…。」


僕の目の前でウサギもどきが前足で頭を掻きながら僕の無知にあきれていた…。















「もういいわ。ワタシはアビシニアンのエバ。」

「アビシニ…、アン…?」

「猫の種類よ。知らないの?」

「知らない…。」


ウサギではなく猫らしい…。

長い耳を持ち、いつも飲んでた紙パックのカフェオレよりも薄い色の短い艶々の毛を全身にまとう…。

尻尾の先と頭のてっぺんだけはカフェオレみたいな色をしてる。


『カフェオレ?飲んでた?いつも?』





エバが身に着けているのは首輪だけ

その首輪は真っ赤なリボンで、首の後ろで蝶結びにされていた。

そしてリボンには金色の鈴が付いている。


「ほんとにもう…。君を迎えにきてあげたのよ。」

「僕を?」

「そうよ。とにかくついてきて。」

「ちょっと待って、待って。」

「なによ。」

「僕をどこに連れていくの?」

「あァァァ…。面倒臭い。」


そう言うとエバは背中の毛の毛づくろいを始めた。

僕に苛ついているように見える…。


「僕には何がなんだかさっぱり分からないんだ。この場所のことも…。エバのことも…。エバの話も…。」


しかしエバは、僕の話を無視して毛づくろいを続けていた。





≪続く≫










毛づくろいを始めてどれくらいの時間が経ったんだろう…。

1分

30分

1時間

12時間

24時間

1日

1週間

1か月

1年


イヴが毛づくろいをやめるまでどれくらいの時間が通り過ぎたのかは分からなかったけど、僕にとってその時間は、退屈な時間でも、充実した時間でもなかった。

けど、嫌な時間でもはなかった。


「君、少しは落ち着いた?」

「うん。」

「なら、黙ってついてきて。」

「そうするよ。」


僕が、今度はイヴの誘いに同意したのか理由はよく分らない。

ただ、イヴの毛づくろいを待ってる間に、何かが、僕の脳に何かがインストールされたような思いがした。

具体的には何ひとつ分らない。

でも、今現在の僕の置かれている状況を僕にそっと教えてくれたような気がした。

そして、インストールされた大量の情報から、イヴについて行くことが最善だと判断することができた。

だから僕は、迷うことなくイブについて行くことに同意できた。

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