EP013

アリスが指定した株式銘柄は、【株式会社ニーンセファロン】という企業のものだった。


『舌を噛みそうな名前だ。』


私にはこの企業が、どのような会社なのか皆目検討がつかない。

ただ、とにかくアリスの言う通りにする。













火曜日の9時過ぎ。


私は、ロト7を購入した宝くじ売り場に到着していた。

恐る恐る、宝くじを売り場の女性に券を差し出す。

彼女はそれを機械に読み取らすと、髪を振り乱しながら慌てて売り場の奥に引っ込んでいった。

そして、私がほんのしばらく間、その場に立ちすくんでいると、宝くじ売り場の女性を先頭に、数人の紺色のスーツ姿の男性たちが現れた。





この後は、アリスが前もって話してくれた展開となった…。






私はその数人の男性たちによって、宝くじ売り場を併設している銀行の建物へと誘われた。

それも、銀行正面からではなく裏口からである。

そこから入る銀行には、人々の喧騒はなく、靴音すらがうるさく思えるほどの静けさに覆われていた。





いくつかの様々なセキュリティの施された厳重な扉をくぐり、エレベーターホールに出た。

ここでエレベーターに乗る。

エレベーターはチェックなしで呼ぶことはできるようだが、行き先ボタンを押すにはセキュリティカードの認証が必要であった。


『銀行だから、この程度のセキュリティは当たり前か…。』


感心している間にエレベーターは目的階に着く。


エレベーターを一歩踏み出ると、今度は靴音すらしない、毛足の長い絨毯の敷き詰められた静寂しかないフロアーになった。

そこを会話することもなく、男性たちに囲まれるように暫し歩く。

すると目の前に大きなこげ茶色の扉が現れた。

その扉の横にあるカードリーダーにセキュリティカードを当てると、「キュイーン」というモーター音とともにゆっくりとこげ茶色の扉は開いていった。














応接室には聞き覚えのない優しい音楽が耳障りにならない程度の音量で流されていた。

部屋を潤す加湿空気清浄機からは香料の混ぜられ水蒸気が絶えず噴出されている。

全員がソファーに腰掛け、お茶が出されると、アリスの言っていた通りのお約束が始まった。






私の個人情報や、宝くじ購入の経緯を、根掘り葉掘り尋ねられた。

その後、当選金受け取り後の諸注意があり、案の定、最後には当選金の使い道についての話が始まった。


私はアリスの言いつけ通り、「全額で株式会社ニーンセファロンの株式を買います。」と、この場の全員に伝える。


すると、応接室にいた人々は目を白黒し始めた。














行員たちは冷静を取り戻すと、「証券担当者を呼びます。」と、言って全員応接室から出て行った。

そして、数分もしない内に、トップグレーの三揃えを纏った、白髪頭をきれいに分けた年配の男性が入室してきた。


彼は名刺を私に差し出しながら、この銀行系列の証券会社の証券取扱主任だと自己紹介した。

私は先程言ったセリフを繰り返す。

主任は笑顔で、「全額を株式会社ニーンセファロンの株式購入でよろしいですか?」と、念を入れてきた。

私は大きく頷いた。






アリスが言うには、株式取得には手数料が取られる。

当選金全額で株式を買うと伝えれば、銀行側にもそれ相応の莫大な手数料が入る。

だから、銀行側はそれ以上余計なセールスをしてこない、と…。


その通りだった…。


『アリスには全てお見通しなのか…。』






今の私には株のことは良くはわからない…。

ただ、主任が、「現在時刻の価格で買ってよいか?」と、聞いてきた。

だから私は、何も考えず頷いておいた。


これでアリスに言われた企業の株式は買えた。

私には、なぜ当選金をこのように使ったのか分からない。

が…、

アリスの言うことに間違いはないと思ってしまっている私には、アリスの言う通りの行動がとれて良かったという気持ちしかなかった。














こんな出来事があったが、私の生活は別段変わることもなく、いつもの時間に起き、いつものように清掃のアルバイトに行き、いつもの時間に帰宅する。


ただ少し、少しだけ変化したのは、アリスのおかげでほんの少しだけ早く帰宅できるようになったこと…。

それと、私の心の中に、アルバイトに行きたくないという気持ちが芽生えたこと…。


そんな意識が湧いたからといって、障害者だということを盾に生きることに甘えることはできない…。

誰も…、甘えさせてもくれない…。






そんな思いを抱きながらひと月ほどの日々が過ぎた…。

私にとって宝くじの出来事は、どんどん記憶から消えていっていった…。





≪続く≫


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