EP009

私は、オフホワイト色のソフトボール言いつけ通りにサニタリールームに向かった。

この家のサニタリールームは大きさの違う二枚の白い壁で区切られた空間…。


一枚の壁は扇形で高さは160センチほどしかない。

もう一枚の壁は天井まである壁だが、天井部が広く、床部が狭い逆台形をしている。

この二枚の壁を重ねるように配置することでサニタリールーム内が見えないように工夫されている。

当然、サニタリールーム側からも他の部屋は見えない。


顔を洗っていても、浴槽に浸かっていても、用を足していても、不安感はない。

閉塞感や圧迫感もない。

これらの工夫も私が設計した…、らしい…。


…が、今の私にはこんなアイデアは到底浮かばない…。






脱衣スペースで、汗で濡れたパジャマを洗濯機に脱ぎ捨て、浴室に入り「シャワー。」と呼びかけると適温の温水が浴室の天井から雨のように降り注ぐ。

シャワー自体は10分で自動的に止まるようになっている。


シャワーが止まると、「ドライヤー。」と、浴室の白い空間に話し掛ける。

そうすると、浴室の天井や壁に開いた無数のドットから心地良い温風が吹き出してくる。

ほんの数秒で私の体はドライになる。


この装置も私が考案していた…、らしい…。


元々は体を乾燥させるための物ではなく、年老いた父が風呂上がりに、ヒートショックを起こさないために設計した…、らしいのだが…。


『そんなことまで考えていたんだな、私は…。』


と、自分自身に関心するしかない今の私である。





ひと時、温風で寛ぎながら、私は覚えのない過去の私のことよりも今の現実に向き合う必要を感じていた…。













着替えを済ませた私はベッドに腰掛け、温かいコーヒーをすすりながらソフトボールに質問する気持ちを整えていた。


「質問…、いいかい?」

「OK。」


無機質な人工音声が、なぜか呵責に触る…。


「君はなに?」

「アシスタントAI。」

「スマートスピーカー?」

「NO、AIデバイス。」


なぜか私は、ソフトボールの言っていることが理解できる。


「所有者は?」

「ジロ タカハシ。」


ユーザー登録の際にアルファベットで名前を登録した。

そのせいか、オフホワイト色のソフトボールは、私をジロウではなくジロと呼ぶ。

修正方法も分からない…。

イチから登録し直すのも面倒だ…。

だから、このままで良しとした。


「ジロ タカハシ以前は?」

「存在ナシ。」

「購入者は?」

「記録ナシ。」

「製作者は?」

「情報ナシ。」

「問い合わせ窓口は?。」

「窓口ナシ。」


これでは問い合わすこともできない。


「捜索者は?」

「ナシ。」

「製品名は?」

「製品番号 ナシ。コード名 ARIS(アリス)。」


製品番号無し…。

…ということは、試作品ということか。


「コード名の検索履歴は?」

「ナシ。」


ここまで聞いて…、

私は、このソフトボールは試作品で何らかの理由で廃棄されたと推理した…。

これで少しだけ心落ち着けた…。




「アリスと呼べばいいかい?」

「ハイ。」

「アリス。家のスマートホームデバイスと連携リンクは可能かい?」

「可能。」

「連携して。」


アリスの返事はなかったが、丸い体のあちこちを光らせ、連携作業に入っているのは一目瞭然だった。


「完了。」


3分もしないうちに連携できたようだ。


「アリス、この部屋の明かりをオフ。」

「ハイ。」


無機質な人工音声と同時に、この部屋の照明が落ちた。


「アリス、この部屋の明かりをオン。」

「ハイ。」


無機質な人工音声と同時に、部屋の照明がついた。


「アリス、明かりの色を白くして。」

「ハイ。」


無機質な人工音声と同時に、電球色だった光線が昼光色に変わった。


「アリス、この部屋のテレビをつけて。」

「ハイ。」


無機質な人工音声と同時に、この部屋のテレビがついた。


「アリス、テレビの音声を下げて。」

「ハイ。」


無機質な人工音声と同時に、テレビ画面のボリュームゲージがひとメモリ消えた。


「アリス、もっと下げて。」

「ハイ。」


無機質な人工音声と同時に、テレビ画面のボリュームゲージがまたひとメモリ消えた。


この家は音声で部屋全体の家電類のスイッチのオン/オフはできる。

家全体の照明の照度の変更ぐらいもできる。

ただ、音声では限定した部屋だけの照明の調光や調色はできない。

限定した部屋のテレビの音量などといった調整のたぐいもできない。

しかし、アリスにはそれができる。


『アリスの言う通り、アリスはAIにつながった端末だ…。決してスマートスピーカーのたぐいではない…。』


私は新しい玩具を手に入れた子供のように楽しくなり、この後も、我を忘れてアリスに命令しまくった。





≪続く≫





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