俺らは中年探偵団‐Twilight Detective 小暮佑介の事件簿‐
ほにょり
序章 はじめてのおつかい~失敗編~
―繁華街、オフィス内、目の前にはスーツ姿の男が一人机越しに座っている。
「退屈だな…少し、話をしよう。」
男が口を開き、こちらをジロリと見つめる、少しの違和感。
違和感の正体を探り男の顔を見つめ、あることに気付く_斜視なのだろうか?左右の目の焦点が合っていないのだ。
「何を緊張することがあるんだ? 目が泳いでるぞ。」
違う、目が泳いでいるワケじゃない。目を合わせようにもどちらを見ていいのかわからないのだ。
『人の話を聞く時は、相手の目を見て聞きましょう』
礼儀にうるさい母親の躾が20年以上の時を経て相手に誤解を生むとは思っていなかった。
「他愛もない話さ。世間話だ、まぁ聞けよ。 前にウチで働いていたヤツの話だ。」
そう言いながら男は立ち上がる。
自分のデスクの後ろにある戸棚を漁り始める…何をしているのか?
男は話を続ける。
「前に若い男がウチで働いてたんだ、歳はいくつだったか...20は過ぎてたか、もっとガキだったか…まぁとにかく若いヤツだったよ。 あまり体が丈夫じゃないやつでな、特に花粉症がヒドイ。 一年のうちで10ヵ月はマスクしてやがる。」
そう言って男は壁際に設えられた戸棚から次々と何かを取り出してはその天板の上に置いていく。
並べられた品々はコーヒーカップとソーサー、そしてコーヒー豆だ。
それらが置かれた戸棚の上にはコーヒーメーカーと電気ケトルが置かれている。
映画やドラマでしばしば見かける砂時計のような形のコーヒーメーカー、確かサイフォン式とか言ったか。
視線に気づいた男が振り返る。
「珍しいか? 実はそんなに大層なもんでもない、オモチャみたいなもんだ。安物さ。」
男はフィルターをセットしたりコーヒー豆を量ったりなどと手際よく準備をしながら話し続ける、器用なもんだ。
「豆も本当は挽き立てが良いらしいが…まぁ細かい違いなんて並べて飲み比べでもせん限りわかりゃしないもんだ。 さて何の話だったか…あぁそうだ。」
コーヒーメーカーのサーバーに入れた水がゆっくりと上にのぼり琥珀色の液体が出来上がり、辺りにはコーヒーの香りが広がる。
「そのマスク男はな、春先から夏前まではスギ花粉、夏から秋まではイネ、秋はススキの花粉症で冬しかマスクは外せない。 ハタから見ても不便な奴だったよ。」
琥珀色だった液体の色味が濃くなったところで男はメーカーの電源を切る。
上に貯まったコーヒーが下へと降りていく。
「季節は秋だったか…まぁ冬との変わり目だな。 ソイツが風邪を引いたんだ。 年がら年中マスクつけてんのに、ココで稼いでるヤツらの誰より早く、風邪を引きやがったんだ。」
瞬間、男の片目にだけ怒りの色が宿った気がした。
__あぁそうか。斜視じゃあなくて片方は義眼なのか…などとボンヤリと新事実に気づく。
男はコーヒーカップにコーヒーを注ぎソーサーへと置いた。
「ソイツが風邪を引いたとか俺に伝えてきたその日の夜だ、俺が日課にしている晩酌がどうにもノドを通らない。酒の肴も味がボヤけて感じる。」
湯気の立つコーヒーカップの置かれたソーサーを片手にこちらへ歩み寄ってくる。
「 もしやと思って熱を計れば40℃だとよ。」
ここでコーヒーをひと口。
怒りの色を宿していた男の目が僅かに平常心を取り戻した__かに見えた。
「わかるか? 俺は、年がら年中マスクつけてんのにも関わらず、マヌケにも風邪を引きやがったバカから、不幸にも風邪を
あ、平常心じゃねぇじゃん。
すっげえ怒ってる。
男は顔では笑っているが目が完全に怒っていた_歩み寄ってきたその男はすでに俺の目の前まで来ていた。
「だからアイツの前歯を上下とも4本ずつ折ってやったんだ、俺は。 10ヶ月と言わず丸1年マスク付けてられるような理由を作ってやる為にな。 オイお前もコーヒー飲むか? 」
マスクも風邪も関係ないただのバイオレンスな話じゃないか!
突然のぶっ飛んだバイオレンスな話に俺が取れた精一杯のリアクションと言えば、怯えた目をして静かに首を横に振るだけだった。
「まぁそう言うな、案外評判は良いんだ、そら召し上がれ。」
「~~~ッ!!」
そう言うと男は、椅子に縛り付けられ猿轡を噛まされた俺に頭の上からコーヒーを掛けてきた。
堪らずもんどり打って椅子ごと床に倒れた俺を見下しながら男は言い放つ。
「最近この辺で嗅ぎまわってる探偵とか言うの、お前だろ? お前には聞きたい事と言いたい事がある。 なぁウチとビジネスの話をしないか? 悪いようにはしねぇよ心配するな。」
どう見てもヤクザに拉致られて、
どう見ても組事務所に監禁されて、
椅子に縛り上げられ熱々のコーヒーを頭からかけられ見下された挙句にこの展開からビジネスの話をしなきゃならないようだ。
俺の名前は
職業は、探偵だ。
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