異世界ってどんなとこ?魔王様は待っている!
有座ハマル
第0話 悪夢
夜空を煌々と赤く染める炎の勢いは衰えることを知らない。火の回りは早く、炎はあっという間にすぐ目の前にまで迫っていた。
不意を、突かれた――
あれは小間使いで、まだ子供だった。
年端のいかないガキでも、教え込めば暗殺者に仕立て上げることができる。さしずめ敵対派閥の誰かに言うことを聞けば奴隷から解放してやるとでも丸め込まれたのだろう。
意識が朦朧とする。自分はもうここまでか。力なく倒れた肉体の傍らには、この胸を一突きした短剣が血にまみれて床に落ちていた。
最後に思うことはただ一つ、悔しいということだった。
この俺が死ぬ。
怒りにも憎しみにも似た猛烈な感情がこみ上げる。
この人生は謀略と陰謀にまみれていた。食事に毒を盛られたこともあった。刺客に襲われたこともあった。橋を渡れば橋が落ち、崖からはこの身を目掛けて岩が落ちてきた。
何度も繰り返し起きた不慮の事故。それでも、死ななかった。その俺が、死ぬ。
炎よ――
強い風は炎を煽ってどこまでも広がるがいい。世界すべてが燃え尽き塵となれ。
俺のことを、無能、自分勝手、暴君、生きる地獄、奈落に落ちろ、と、好き放題文句を吐きあらゆる罵詈雑言を浴びせてきた虫けらどもみな、死んでしまうがいい。跡形もなくすべてを消し去ってしまえ。
暗殺者もまさか自分が罪のない数多くの命をも巻き添えにすることになるとは、想像できなかっただろう。悪逆非道の皇帝を命令されるがままに殺し、自由の身になるつもりが……
命が無ければ自由にもなれまい。いや、この世のしがらみから解放されたと、あの世で喜ぶのだろうか。
どいつもこいつもどうして人間というやつは、誰も彼も俺からすべてを奪おうとするのか。
血のにじむような努力と苦労をして、やっと手に入れた最高権力の皇帝という地位を得ても、安寧の日は訪れなかった。
信用できると思った人間は必ず裏切りこの俺を利用した。そして、最後には殺そうとした。父も母も妻も。女も男も。信じられる人間はこの世には存在しない。そんなことは最初から分かっていたはずだった。それでも、心のどこかで期待をしていたというのか。あの人間どもに……? 馬鹿馬鹿しい。
満ちた悪意、渦巻く陰謀の中で、どう振る舞いどう生きれば良かったというのだろう。皇帝の位などよりもっと、もっと大きな、人智を超えた力が必要だったとでもいうのだろうか。
――そうだろう
ああ、そうか。そうならば俺は手に入れてみせる。
たとえ肉体が炎に焼かれ朽ち果てようとも、俺は必ず復活しその力を手に入れてみせる。燃えるがいい。焼くがいい。天をも焦がす火炎がこの俺を誰も到達できない高みに連れていくだろう。俺は俺の全てを奪った人間どもから、必ず全て奪い返してみせる。
必ず、復讐を――
この光景を決して忘れまい。
魂となり、この部屋が炎に包まれてゆくのを高みから静かに見ていた。やがて俺の肉体は屋根から崩れ落ちた建物とともに炎に埋もれた。
轟々と燃えさかる炎は勢いを増し続けていた。街全体へ広がり夜空まで赤く染めていく。この世の地獄と見紛うばかりに――
◇◇◇
また、この夢だ。
ヴォルクスの喉はからからに乾いていた。
本物の炎が迫ってくるかのような悪夢。毎回、目覚めて夢だったと気付くと深い安堵を覚える。
子供に胸を刺され死ぬ男。
その顔は自分とは少しも似ていない。それが、夢の中では自分だと分かる。こみ上げる怒りと憎しみ。絶望。これまで生きてきた中で自分が抱いたこともないはずの強い感情に、魂ごと打ちのめされそうになる。
子供のころから様々な悪夢にうなされてきた。感受性が豊かな幼少期にはよくあることだと言われたが、成長するにつれて減るどころか頻度が増えた。細部が鮮明で、まるで実際に経験した記憶のトラウマが見せる悪夢のような気さえしてくる。ただ、彼自身にそんな経験はない。
夢の中ではいつも悪いことが起きる。毒を飲まされることもあるし、罠に嵌められることもある。そのすべてを書き留めれば謀略事典が一つ作れそうなほどだ。そして、何度も繰り返し見る、大火事の中で死ぬ夢。
あまりの現実感に、ヴォルクスは眠りながら魔術を暴走させたのかと不安になる。
ヴォルクスの持つ魔術属性は“火”ではない。“闇”だ。ただ、直接火を操ることはなくても、何かのはずみで火が起きないとは限らない。
念のためにと魔術封じの指輪を身に着けて眠っている。魔術を制御できない初心者が使う魔道具は、本来彼には必要がない。ただの気休め、念のためとは言うものの、今まで何事もなく目を覚ますことが出来ているという事実が、その効果が全くない訳ではないと証明している。
――ここはどこだろう。
悪夢から目覚めた時は必ず、どこで眠っていたのか分からなくなる。
白い壁、その高い所に小さな嵌め込み窓、必要最小限の家具。ここは村の礼拝堂の中にある狭い管理人室だった。その部屋の小ぢんまりとしたベッドの上で、ヴォルクスはぼんやりとした頭で記憶を繋ぎ合わせた。
小さな窓から見える空には星が残ったまま、空は白み始めている。夏のはじめにヴォルクスが希望の村にやってきてから、一か月が経とうとしていた。
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