第37話 初めて感じる命の危機
現れた巨大スライム。その数は三体。
元々三体を討伐する予定で来たのだから数に驚きはないけど、思っていたよりも大きいその身体には驚いてしまった。
それでも、力を合わせた結果スライム一体を倒すことに成功。リーシャーの身体能力とセルティーア嬢の魔法あってこそだ。
……私、なにもやってないな……
と、ともかく、一体倒すことができた。この調子なら、残る二体も問題なく倒せるはず……
そう、思っていたのに。
「アンデッド……ティラノ……?」
残るスライムは二体とも踏み潰され、その身体は弾けるように散ってしまった。
核が無事ならば、スライムは再生する。そう聞いていたけど、その様子はない。おそらく、核ごと潰された際、核が傷ついてしまったのだ。
弾力があり打撃を吸収する身体とはいっても、圧倒的な質量に潰されてしまえば吸収しきれない。おまけに、その衝撃で核にまでダメージがいった。
核が傷つけば、スライムは再生しない。それが核が核たるゆえんだ。
……って、今はスライムの分析はどうでもいいか。問題なのは……
「お、大きい……ですね」
見上げ、震えたような声を絞り出すセルティーア嬢。いや、実際に震えている。
スライムを潰した張本人……いや張本獣の存在に、圧倒されているためだ。
そいつを見て、リーシャーは言った。『アンデッド・ティラノ』……と。私も、その名前は本で読んだことがある。
「こいつが……」
本には絵も一緒に載っていて、それを見たときの第一印象は、まるでティラノサウルス……だった。名前もそうだし。
もちろん、ティラノサウルスなんてイメージの中の話だ。今生きている中で実際に見た人間はいないだろう。
前世で読んだ恐竜図鑑に載っていたティラノサウルス、その姿のまんまだった。
……いや、まんまと言うのは語弊があるか。確かに姿形はティラノサウルスで、まさしく恐竜という感じだった。
ただ一点、大きな違いがあるとすれば……
「き、気持ち悪……」
その見た目が、全身皮膚に覆われていない……ということだ。
皮膚というより鱗か。まあそれはどっちでもいい。
全身の半分ほどに鱗はなく、というか溶けている感じになっていて。鱗のない部分からは、骨が露出している。
よく、学校なんかには人体模型や骨格模型があると聞く。でも、恐竜の場合はその多くは博物館だ。なので誰も見ることができるわけではない。
私は博物館に行ったことは……小学校の頃一度あったかな……そこで見た恐竜の骨格。それがむき出しになっている状態。
身体半分が鱗に覆われ、身体半分が鱗が溶け骨が露出している。それが、アンデッド・ティラノだ。
「アンデッド……まるでゾンビみたい」
その見た目と名前から、こいつは普通の生き物じゃないのは明らかだ。でもこの世界には、他にもアンデッド系のモンスターが存在している。
前世じゃいるはずのない生き物。スライムの時点でそうだけど、ここはやっぱり異世界なんだと再認識する。
そのアンデッド・ティラノは、私たちに気づくどころかスライムを潰したことにも気づいていないのだろう。
キョロキョロと周囲を見回して……湖に近づき、水を飲み始めた。
「ゾンビでも水飲むんだ……」
「お二人とも、固まっている場合ではありません。今のうちに逃げましょう」
アンデッド・ティラノが私たちに背を向けたのを確認したリーシャーが、私とセルティーア嬢の近くへ。
そして、あいつに気づかれないうちに逃げようというのだ。
その声は、あいつに気づかれてしまわないよう最小限に抑えたものだ。
「そ、そうですね」
セルティーア嬢もここはさすがに、リーシャーに賛成のようだ。
それに、リーシャーが険しい顔をしている。それだけ、このモンスターは危険だということだ。
それも当然だ。読んだ本によると、アンデッド・ティラノは危険度A……つまりAランク冒険者が対処するべきモンスターなのだ。
そんなモンスターが、どうして国の近くのこんな場所にまで来てしまったのか。
国の近くには特殊な魔石が設置してあり、特定以上の危険度を持つモンスターは近づかないようになっているのだとか。
だというのに……どうして。
「わかった。じゃ、スライムの核だけ回収して……」
私としては、モンスターと戦ってみたいという気持ちはある。でも、スライム討伐に来ていきなりアンデッド・ティラノなんて、心の準備ができていない。
モンスターと戦いたいとは言っても、心構えもなしに挑むほど無謀じゃない。
なので、スライムの核を回収したらとっとと帰るのが吉だ。図らずも、アンデッド・ティラノが踏み潰したおかげで残り二体のスライムも倒されてしまったわけだし。
なんか、あいつの手柄みたいでもやっとするけど。
そして、私は核を回収しようと一歩踏み出して……
「いけませんっ、なにを考えているんですか!」
私の前を塞ぐようにリーシャーが腕を伸ばし、道を阻む。その声は、さっきよりも大きくなってしまったが、それだけ焦りが見える。
幸い、あいつには気づかれていないようだ。
「り、リーシャー、でも……」
「……セルティーア様が倒したスライムの核はともかく、残り二体の核はアンデッド・ティラノの足元です。奴に気づかれる恐れがあります」
そう、リーシャーの言うように、スライム二体の核はアンデッド・ティラノの足元だ。
湖の水を飲むために移動したとは言え、それはほんの三、四歩。充分危険なリーチだ。
もしも気づかれでもしたら、今度は私たちが踏み潰され、スライムのように命を散らしてしまうことになる。
「でも、報酬……」
「たかがCランクの……いえ、どのランクであっても、その報酬と引き換えに命を危険に晒すのは感心できません。まして、あれは依頼内容から外れたものです」
「……」
……そう、だよね。スライム討伐の報酬のために、アンデッド・ティラノ相手に身を危険に晒すのはだめだよね。
依頼としてアンデッド・ティラノに挑みに来たならともかく、依頼とはまったく関係のないアンデッド・ティラノの出現。これはまったくの予定外。
Cランクの初報酬を逃すのは惜しいけど……
「それに、この件は早く冒険者ギルドに報告した方がいいでしょう。国の近くにアンデッド・ティラノが出現したなど、見過ごせる案件ではありません。
その後高ランク冒険者が討伐するかどうかはわかりませんが、確認のためにここに来てスライムの残骸を発見するかもしれません。アンデッド・ティラノが潰した二体はともかく、セルティーア様が燃やしたスライムでしたら私たちの功績が認められ、少なからず報酬が出るかもしれません」
「……」
……リーシャーの言うように、この件はすぐに冒険者ギルドに報告するべきだ。ギルドから国へ、正式に報告がされるかもしれない。
いや、ともかく私たちだけで抱えていい問題じゃない。あいつがまだこっちに気づいていないうちに……
そう思い、ゆっくりと後退りをする。リーシャーも同じくなるべく足音を立てずに一歩一歩を歩く。
セルティーア嬢も同じように……と、目で合図するために首を動かした。すると……
「はーっ……はー……」
息を荒くして、アンデッド・ティラノを見ているセルティーア嬢の姿があった。
その姿から見えるのは、恐怖……恐ろしい姿をした、圧倒的な迫力を持ったモンスターに、恐怖しているのだ。
息が荒いだけではなく、足が震えて……動かなきゃいけないのに、その場から動けない。そういった気持ちが伝わってくる。
「セルティーア様っ」
小声で、でもなるべく届くように呼びかける。あいつに気を取られているのではなく、こっちに意識を向けてくれと。
だけど、声は届いていないのか、セルティーア嬢はこちらを向かない。
くそぅ……でも、無理ないことかもしれない。セルティーア嬢も私と同じく、冒険に出てモンスターを目にするのは初めてだ。
事前にティラノの情報があった私や、何事にも冷静なリーシャーはともかく、セルティーア嬢には刺激が強かったかもしれない。
セルティーア嬢もそりゃ、本なんか読んでアンデッド・ティラノの姿は知っていたかもしれないけど、実際目にした迫力はまた別の……
……いや、違うな。セルティーア嬢が震えているのは、初めて感じる命の危機だ。
種類は違っても、前世ではベッドの上で何度も命の危機を経験した私。そういうのには、慣れている……のかもしれない。
でも、セルティーア嬢そういうのは初めてで……
「セルティーア様っ」
「あ、あぅ……」
再度呼びかける。だけどセルティーア嬢は首を振り、こちらを見ないままに後退りをしようとして……
パキッ、と落ちていた木の枝を踏んでしまった。
……その直後、圧倒的な存在の意識が、ついに私たちを捉えた。
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