婚約破棄されたい令嬢は、しかし婚約破棄できない

白い彗星

第一章 転生令嬢は婚約破棄を願う

第1話 婚約破棄されて自由になりたかっただけなのに



「シャルハート・アルファー! 私アベノルド・リーム・ナンスコッタは、キミとの婚約を破棄する! そして、キミを国外へと追放する!」


 ……貴族学園の、大きなホール会場。そこで高らかに告げられたのは、私にとって衝撃的な言葉。

 婚約破棄、そして国外追放というものだった。


 その場にいた誰もが、その言葉に唖然としていることだろう。少なくとも、王子とその取り巻き……そして彼の隣にいる女性以外は。

 私とは違って、おとなしそうな子だ。なんとも、守ってあげたくなるタイプの女性。


「……婚約、破棄」


「そうとも!」


 自分の言葉が届いていたことに満足しているのか、得意げに笑う王子のにやけ面が腹立たしくてならない。

 だけど、私が腹を立てているのは彼の顔に対してであって、婚約破棄に対してではない。


 今自分で名乗ったために説明はいらないだろうが、彼アベノルド・リーム・ナンスコッタはこのナンスコッタ王国の第二王子だ。

 そして私シャルハート・アルファーは、その婚約者に当たる。それがたった今、婚約を破棄されたところだ。


 彼は第二王子でありながら、この国の実権を握っている。もちろん国王様とか第一王子とかいるけど、そのあたりの堅い話は置いておこう。


「彼女セルティーアに対する数々の暴力に暴言、到底見過ごせるものではない!」


 叫び、王子は隣の女性を抱き寄せる。セルティーアってのが彼女の名前か。


 当然だけど、私はそんなことはしていない。暴力に暴言だなんて、そんな野蛮なことするはずがない。

 ……ま、婚約破棄をさせるために私がなにもしなかったか、と言われれば答えはノーなのだけれど。少なくとも彼女に実害を加えてはいない。


 とにかく、これはつまり……"そういうこと"だ。

 彼女が私から嫌がらせを受けたことにして、体よく婚約者である私を捨てたいのだ。それが婚約破棄……果ては国外追放。


「……」


 本来なら、ここでショックを受けるべきなのだろう。でも、私の心は静かだった……いや、違う。徐々に熱い気持ちがわき上がってくる。

 これは怒り、ではない。喜びだ。


 なんたって私は、婚約破棄させるために今日まで動いてきたのだから。これは、私が望んだ展開と言える。

 まあ、まさか国外追放にまで発展するとは思わなかったけど。


「ふははは、あまりの衝撃に言葉も出ないようだな!」


 それにしても、わざわざ貴族学園の卒業パーティーで、こんなことをしなくても。

 第二王子様は、よっぽど私にショックを与えたいと見える。


 こうして見ている分には、わりとイケメンなんだけどなぁ。それにスタイルだって悪くない。

 当然権力者だし、性格も思い込みが激しい所に目をつぶればそれなりにいい方だった。それも見直すべきなのだろうけどね。


 ま、それももう関係ない。婚約破棄を言い渡された私は、彼との関係はなくなったことになる。

 けど、それってつまり……私は正真正銘、"自由"ってことよね!


 王子様の婚約令嬢なんて、堅苦しい身分ともおさらば! まあ、ここまで私を育ててくれた両親には悪い気もするけど。

 ともかく、これで私は……


「わかりました、その申し出謹んでお受け……」


「ちょっと待て!」


 自由になれる。その気持ちを抑えながら、婚約破棄及び国外追放を受け入れる。

 そのつもりで、ドレスのスカートの端を持ち上げようとした。


 しかし、そこにちょっと待ったコールがかかった。


「シャル様がそんなことするわけねえだろ!」


「そうだそうだ、言いがかりだ!」


「ふざけたこと言ってんじゃねえぞこのとっちゃんぼうや!」


 ……次々と上がる、私の婚約破棄&国外追放に反対する声。それは、部屋の外から聞こえてきた。

 それは、一人や二人ではない。それも、どんどん声は大きく広がる。


 私たちは、窓の外を見て状況を確認した。


「シャル様は、お優しい方なんだ! 人を傷つけるなんてするわけねえだろ!」


 ……建物の外に、詰め寄せる人、人、人……


「なっ……わ、私に意見しようと言うのか! これは決定事項で」


「なにが意見だ! てめえこそ俺たちのシャル様になんて無礼を働くんだ!」


「誰の税金で飯が食えてると思ってんだ! こんな時ばっかり偉そげにしてるんじゃねえ!」


 何十……いや百以上いるのか? 平民の皆様が押し掛けていた。

 この国の実質トップの人間に、すごい言いようだ……


 ちなみに、この王子は貴族と平民の格差社会をなくすと常に言っている。そのため国民からの信頼は厚い。はずだ。

 単なる人気集めの気もするが。


 ただ、なんでこの場に平民の皆様が駆けつけているのか……


「今日は王子とシャル様の婚姻発表の日だ! そう聞いて、建物の中には入れなくてもせめて近くで見守ろうと思っていたのに……」


「それが、なにを言い出すかと思えば婚約破棄……挙げ句国外追放だと!? ふざけるのもたいがいにしろ!」


「なっ……わ、私になんという口の利き方を……」


 図らずも、平民のおじさんが応えてくれた。


 そう、今日は学園の卒業パーティーだけでなく、本来なら私と王子の婚約から正式な婚姻の場になるはずだったのだ。

 それを聞きつけ、建物の中には入れないのに駆けつけてくれた。


 ……そして聞こえてきたのは、婚約破棄&国外追放という、バカみたいに大きな王子の声だったというわけだ。


「い、いいか、これは決定事項だ! 私が婚約破棄と言ったら、婚約は……」


「ふざけんな、シャル様を婚約破棄!? 冗談も休み休み言え!」


「とうとう常識すらわからなくなったのかクソ王子!」


「てめえ勝手のために権力を振り回してるんじゃねえぞ!」


 ぎゃいぎゃいと王子と平民の皆様の言い合いは続く。

 会場は、すっかり混乱の渦に巻き込まれていた。わ、私だってそうだ。


 いや、あの……皆さん? 私のために怒ってくれるのは大変うれしいんだけどね?

 私は別に婚約破棄されてもいいっていうか、むしろ婚約破棄上等と言うか……


 ……私は、婚約破棄されて自由になりたかっただけなのに……


「婚約破棄はんたーい!」


「「「はんたーい!!!」」」


 どうしてこうなるの!?

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