File.07「前夜・誘惑」

 ――ゴクリ。


 突如訪れた静寂に思わず固唾を呑んでしまったが、その僅かな音も拾われたのではないか、と錯覚するほど、彼女の眼光は鋭利なモノに見えた。


会場が完全に静まり返ったのち、軽く咳払いをした彼女は、マイクを手に取り口を開いた。


「受験生諸君、ヒュドール学園へようこそ」


突然の挨拶に困惑する一同、もちろん俺も呆気にとられていた。


しかし、彼女はそんな淀んだ空気を気にすることもなく、淡々と話を続ける。


「戦闘護衛部隊”クロッカス”への志願、誠にありがとう。心より感謝する」


 戦士のように厳格な口調で話す彼女は、受験生に対して深々と一礼した。顔を上げると再びマイクを口元に寄せる。


 「申し遅れてすまない、私は戦闘護衛部隊”クロッカス”総指揮官の”牡丹田 朱里ぼたんだ あかり”だ。君達が合格したあかつきには、訓練や戦闘において深く関わることになるだろう……受験生諸君の健闘を祈っている」


 牡丹田と名乗った彼女は、やはりヒュドール――クロッカスの関係者らしい。


 「あの人が、クロッカスのトップか……」


 牡丹田は目を細めながら辺りを見渡し、受験生の顔を覗っているようだ。元々険しい顔つきだが、表情も相まってさらに強面(こわもて)度が上昇している。目を合わせたら殺されるんじゃないか……?


 「それでは、今後の流れについて説明する。後ろの画面に注目してくれ。試験内容については明日、詳しく話そう」


 牡丹田が後方のスクリーンに注目を集めさせると、室内の照明が消えると同時にアニメーションが流れ始めた。


 「このあと16時30分から18時までは、君たちのために学食を開放してある。各自、好きなものを食べてもらって構わない」


 うひょー!何でも食っていいのかよ!クロッカスを受けて正解だったぜ――って、いかんいかん。聞き漏らしが無いようにしなくては。


「――夕食後はクロッカスの特別棟に案内する。受験生諸君には、受験番号に対応した個室で一晩過ごしてもらう。化粧室やシャワールーム、各種アメニティも完備されているから安心してくれ。21時に消灯、部屋外への移動は原則禁止だ」


 この人数分の個室が完備されているとは、もはやビジネスホテルじゃないか。そんな施設、普段何に使っているんだ……


「それと、君たちの手荷物と”メモリング”は一度回収させてもらう。試験用の”メモリング”を配布するので、試験終了まで必ず付けておくように」

 

“メモリング”――現在時刻の表示や位置情報の共有、さらには通話機能などが搭載された指輪で、トキシーが世に出現してからは常時装着が努力義務化されている。俺はあの日、メモリングを外して家出をしたため、親父はクロッカスの人に厳重注意されたんだとか。


要するに、このメモリングはクロッカスにとって人命救助の最重要アイテムなのだ。と、某蘊蓄うんちくメガネが言っていた。


「質問がある者は挙手を」


「ひとつ……よろしいでしょうか」

 

俺の何列か前方に座っていた女子生徒が遠慮がちに手を挙げた。他の受験生の視線が自然とその女子生徒に集まる。


「構わない」


「明日の試験開始時刻は何時になりますか」


「いい質問だ」


待っていましたと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべる牡丹田。


「結論から言うと、非公表だ」


「えっ……?」


困惑する女子生徒、そして周りもざわつき始める。まあ無理もないだろう。


「君らがとこに就いている時間だとは思うが――特別棟の館内放送が各部屋一斉に流れるだろう。その瞬間、試験開始となる。その後の流れは放送の指示に従うように。公平を期すために、全受験者が睡眠中の時刻に開始する予定だ。君らの睡眠状況はメモリングを介してこちらで管理してあるから安心したまえ。以上だ」


 女子生徒に続いて別の男子生徒も質問を続ける。


 「もし、故意に起き続けている受験者がいた場合はどうなるんでしょうか」


 「受験を放棄したと見なし、その時点で不合格だ。他にも、禁止行為を行った者や試験監督の私の指示に背く者は容赦なく不合格とする」


 なるほど、つまり特別棟の個室に入った瞬間から、試験は始まっているということだ。というか、とんでもない時間に起こされるってことだよな……


 「他に質問が無ければ――」


 「ちょっと、質問いいカナ?」


 牡丹田の言葉を遮った男子生徒、黒華苧環の張り上げた声が体育館に響き渡った。長い脚を組み直すと、指をパチンと鳴らし、まるで道化師のような素振りをみせている。


 「……構わない」


 黒華の態度が気に食わないのか、牡丹田はやや顔をしかめつつも、質問を許可した。

 

 牡丹田さん、その気持ち分かるぞ~~


 会場一体に謎の緊張感が走る中、この黒華苧環という男は、とんでもないことを口にする。



 「朱里チャンは、彼氏募集中かい?」



 予想だにしないヤツの挑発的な発言に、俺たち受験生は一斉に背筋が凍った。その一方で、黒華の取り巻き共はクスクスと笑っていた。黒華本人もニンマリと微笑を浮かべている。それに、この鬼教官みたいな人相手に”ちゃん”付けとは、怖いもの知らずにも程がある。コイツ、もしかして俺よりバカなんじゃないのか?


 俺は冷や汗をかきながら、牡丹田の返答を見守った。


 だが、牡丹田は態度を一切変えることなく黒華に視線を向けたのだ。


 「試験に関係の無い質問への回答は控えさせてもらう。以上だ」


 「う~ん、つれないねぇ」


 やれやれといった仕草をわざとらしくみせる黒華に対し、他の受験生は揃って絶句、雰囲気は最悪だ。これもヤツの策略なのか?


とりあえず、マサに忠告されたように、コイツの動向には十分に警戒しておこう。何をされるか分からないからな。


――明日の試験、何だか嫌な予感しかしないな。



————————————————————◇◆



「うひょーっ!!これ何でも食べていいのか?!」


学食に到着すると、高級ホテルのビュッフェに負けず劣らずのラインナップがズラリと並べられていた。海鮮、ステーキ、イタリアン、それにデザートも盛り沢山だ。ここまで好待遇だと、本来の目的を忘れてしまいそうだな。学食にはヒュドールの生徒らしき姿もちらほら見えるが、このビュッフェに関してはクロッカスの受験生限定のようだ。


 俺を助けてくれた彼女は……見当たらないな、残念。


挙動不審な動きをしていると不合格になる可能性も考えられるので、今は大人しく晩餐を愉しむとするか。


 「いただきま~す!」


 俺が選んだのは洋食ベースの料理だ。ローストビーフ、フライドポテト、グラタン、フライドチキン……やべぇ、偏食過ぎる。


 「んんっ~~美味い!」


 普段はカレーとオムライスばかりなので、久しぶりに好物で固められた夕食に箸が止まらない。他の受験生も各々が好きなものを食べているようだ。


だが、例外もいる。俺の向かいに座っている女子生徒は、あまり食欲が無いのか、かなり少量で済ませているようだった。背丈は低く、白く綺麗なショートヘアーが本人の意思とは裏腹に一際目立っている。顔立ちもかなり幼い印象だ。目のやり場に困っているのか、それとも体調が優れないのか、さっきから俯いたままだ。


心配になった俺は、つい声をかけてしまう。


「ねぇ君、食欲無さそうだけど大丈夫か?」


「……あっ!いっ……だ、大丈夫、です……と思います……」


いきなり話しかけられて驚いたのか、挙動不審な返事をした彼女はハッとして、口元を手で慌てて覆い隠した。


「あっ、悪い悪い。いきなり話しかけてすまなかった。君も――」


「わっ、御手洗行くのでっ、失礼します……!」


彼女は急に立ち上がり、颯爽と席から立ち去ってしまった。周りにいた受験生も彼女の背中を視線で追いかける。


「んえっ、ちょっと!っ……」


食べかけのクロワッサンを置き去りにした彼女は、その後も戻ってくることは無かった。


どうやら怖がらせてしまったかもしれないな……


それにしても、あんなに怯えた子がクロッカスを……何か、事情でもあるのだろうか。



————————————————————◇◆



 時刻は18時、食事を済ませた俺たちは、クロッカスの特別棟に案内された。5階建ての横長の棟が4つ、向かい合わせに建ち並んでいる。クロッカスの訓練場は高いコンクリート壁で覆われている閉鎖空間で、まるで刑務所のような殺風景だ。暗くて断言はできないが、奥の方には森林のような茂みも確認できる。


 「それでは、今から21時までは自由時間となる。各自、個室でゆっくりと過ごしてくれたまえ。扉の解錠は、メモリングを所定の位置にかざすことで可能となる。あとは部屋に記載された指示に従ってくれ。以上だ」


 牡丹田がパチンと手を叩き解散の合図を出すと、俺たちは一時的に自由の身となった。とは言っても直ぐに個室に閉じ込められるわけだが。


 俺の部屋はB棟の96号室、3階の真ん中辺りの部屋だ。2階から5階までが個室となっており、1階には調理室や多目的室などの共有施設が置かれている。階段は両端にのみ配置されており、建物の造りは至ってシンプルだ。


「94……95……96、ここか」


 重厚そうな扉のノブ付近にメモリングをかざすと、ピッと音が鳴り解錠することができた。


 扉を恐る恐る開けると、ビジネスホテルのシングルルームほどの広さがある部屋となっていた。ユニットバスや液晶モニター、簡易的なキッチンまで完備されている。もはやここに住むことも可能といえる。


 ただ、気になるのはロックがかかっているクローゼットだ。メモリングをかざしてみてもビクともしない。それに、試験だというのに最新のVRゲームや大量の茶菓子まで用意されている。


 そして、壁際の長机には注意書きが印刷された用紙が置かれていた。



《クロッカス入隊試験に関する注意事項》


 一、21時迄には必ず消灯すること。22時迄に入眠すること。


 一、試験監督の指示があるまで外出しないこと。


 一、他の受験生の妨げになるような行為をしないこと。


 一、体調の優れない者、質問のある者は内線を通じて申し出ること。


――以上         


ーヒュドール学園高等部ー 20xx年12月 改訂



 なるほど、これは先程牡丹田が話していた内容と同じだ。ただ、22時までに入眠か。きっと、『緊張して眠れない』は言い訳にしかならないのだろう。決して他人事ひとごとではないが、ここで脱落する受験生も何人か出るかもしれないな。となると、確実に入眠するにはもっと早い時間に消灯するのが吉か。


 ただ、この注意書きが個室内ルールの全てだとすると、ここにあるゲームやお菓子は自由に手を出しても良いということか。しかもこのVRゲーム機、この間親父に強請ねだったのに結局買って貰えなかったやつじゃねぇか。まだ消灯まで時間もあるし、少しだけなら遊んでもいいよな。


 ……ちょっとやったら寝るからな?いやホントだぞ??



————————————————————◇◆



 「ヨッ、セイッ、ヤッ!」


 なんだこれ、めっちゃ楽しいじゃねぇか!


俺が時間も忘れて熱中しているのは、レーザーガンで敵を倒してスコアを獲得していくシューティングゲームだ。指先や手首の繊細な動作で、弾道や威力を自在に操ることができる。まるで自分の指先から光線を放っているような感覚になれるので、これがまた堪らなく面白い。


「おっし!ハイスコア更新っ!もう少しで世界ランキングに乗れそうだな」


それにしても、入試前なのに無料タダで最新ゲームもやらせてもらえるとは、ヒュドール学園、最高の学校じゃねぇか。


そう、入試前。



――ん?



――おいちょっと待て。



俺はふと、現実世界に意識を引き戻され慌ててVRゴーグルを外した。


「マズいマズいマズい!!今何時だ!?」


俺はこれまでに無いほど大量の冷や汗をかきながらメモリングを無駄に連打して時間を確認する。



《20:58》



「どわーーーっ!!っぶねぇ!!!!」


間一髪、首の皮一枚繋がるとはまさにこのことだな。いやいや、そんな感心してる場合じゃないだろ!


そうだ、消灯だ消灯。別に今すぐ寝る必要は無い。部屋が暗くたって風呂くらい入れるさ。結局、22時までに寝ればいいだけの話だ。


俺はそそくさとゲームを片付け、部屋の壁に設置されている消灯ボタンを押した。


バチン!


「うおっ、暗っ」


まるでブレーカーごと落ちたかのような重厚な音と同時に部屋全体が真っ暗になった。


こうなると、メモリングの僅かな光だけが頼りだ。


さて、さっさとシャワー浴びて歯磨いて寝るぞ。



————————————————————◇◆



「ぐわぁぁぁあああああ!!!冷てぇぇぇえええええっっっ!!!」


俺の嫌な予感は的中していたらしく、例の消灯ボタンはこの部屋全体の電力、つまりは給湯器の電源も落としてしまったのである。俺は強制的にコールドシャワーを浴びる羽目になっていた。遊びすぎたバチが見事に当たったな……


もちろんドライヤーも使えないので、フェイスタオルで身体中の水分を必死に掻き集めるという情けない行為をすることになった。



《21:41》



タイムリミットまで残り20分弱、寝支度を終わらせた俺は毛布にくるまって横に伏せた。


「いよいよ、明日なんだな。明日、全てが決まるんだ」


 ゲームに熱中してしまうというハプニングはあったが、今の今までやれることはやってきたつもりだ。期末試験終了後は毎日肉体トレーニングに励み、クロッカスの仕事内容についてもそれなりに調べてきた、というよりもマサに知識を叩き込まれた。生活リズムも矯正したし、あとは自分を信じるのみ。


 「自分を信じろ、迷ったら進め。だもんな……」


 親父の前では強気になっていたが、いざ自分を信じろと言われると、なかなか難しいものである。何と言ったって、人間というのは自分よりも他人を信じた方が楽だし、いざという時も他責による自己防衛が可能なのだ。だが、クロッカスではそんな甘い思考は当然通用しないだろう。命の重みをまだ知らない15歳の俺には、まだ想像もつかないな。


 ――って、いかんいかん。俺に似合わずつい難しいことを考えてしまった。緊張で疲れてるんだろうな、きっと。


 俺は気持ちをリセットするように瞼を閉じ、祈るように眠りについた。


その後、期限までに寝れたのかどうかは、明日の俺にしか分からない。



 助けてくれたあの子も、どこかで見ているのだろうか。

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