第9話 煉獄のスケキヨ

 メールを開く。空白のタイトル。怪しい。どう見ても怪しい。


 差出人は「煉獄のスケキヨ」とあった。なんだ、この炎上で有名な配信者みたいな奴は。


 メールを開くと、うさん臭さはさらに増していく。


 本文は次のように始まっていた。


 前略


 突然のメールで申し訳ございません。


 わたくしの名前は煉獄のスケキヨと申します。


 このたび、貴方に向けられる誹謗中傷を見て心を痛めておりました。概要はネットの中で把握出来ました。それで全てではないでしょうが、大変でしたね。我が身に置き換えたらと思うと恐ろしくて夜も眠れません。


 ――中断。画面から目を逸らす。


「なんか、やべえ奴が出てきたな」


 途中まで読んで、思わずひとりごちる。


 目的は知らないが、この煉獄のスケキヨなる男は俺のネット放火未遂と、その顛末に至るまでを把握しているらしい。メールの内容に関係者でないと分からないような詳細が書いてあるので、誰かのリークを本当に読んだのだろう。


 まあ、そんなことはどうでもよくて――


「お前はなんやねん」


 思わず漏れる関西弁。俺は生まれも育ちも東京だ。


 だが、それを差っ引いても関西弁でツッコまずにはいられないような要素がたっぷりとあった。


 ネットの好事家というやつなんだろうか。名乗られてもほぼ匿名なので、怪しさが抜群に際立っている。


 それでも深夜でテンションがおかしくなっていたのか、それとも不眠気味で思考能力が落ちていただけなのか、気付けば先を読み進めていた。


 ――なぜこのようなメールを送ったのか。その理由を訊かれますと、わたくしはあなたのファンです。いや、「でした」と言った方が正しいのでしょうか。


 どうあれ、あなたが誹謗中傷を苦に今まで書いてきた素晴らしい作品を引き下げてしまったことは非常に遺憾です。


 奴らは文字通り名ばかりのネット有名人であり、犬畜生にも劣る卑劣な輩でございます。


 そこで僭越ではありますが、一人のファンとして貴方を助けたいと存じます。


 今回の事件を引き起こした犯人たちと思しき人の暴露を投稿されたようですが、不発に終わったと聞いております。まとめサイトを見ただけなので詳細については分かりかねますが、もっと上手いやり方があるかと存じます。


 幸いにして、わたくしめにはネットに関する知識がいくらかあります。それをあなたの力添えとして使わせていただきたく存じます。


 貴方の作品を読むことは人生の悦びでした。それを奪った者たちを赦そうとは個人的にも思いません。彼らは制裁を受けるべきです。出来るなら貴方の代わりに奴らへ天誅を下したいとさえ思っています。


 ですが、これはあなたの物語です。わたくしめが口を挟むことではないことは重々承知しております。


 つきましては、貴方の正当な権利である復讐にいくらかの助力を出来れば幸甚でございます。


 何か助けが必要でしたら何なりとお申し付け下さい。


草々


 メールはここで終わっていた。


 なんだこれは。怪しいというか、怪しさしかないぞ。


 しかも社会人のメール文章みたいな筆致でえらく物騒なことが書いてある。俺以上に鮫島や真田を嫌っているように見えた。


 やはりネットの大海は広い。こんなにヤバい奴が潜んでいるなんて。


 助けは――まあいい。素性の分からない人間にそれを求めようと思うほど俺もアホじゃない。


 たとえワナビでも、さっきの文章がヤバいのぐらいは分かった。正直まだ高校生だからビジネス文書みたいなのは分からないけど、それでもあのメールが一般的な社会人の送るものでないことぐらいは分かる。あんなメールを顧客へ送った日には取引を停止されるだろう。


 しかし、俺の作品を読んでいることが人生の悦びか。この部分だけ3億回ぐらい読み直したいな。そう思いつつメールを閉じる。このヤバい奴が超絶美少女だったら良かったのに。


 不思議なもので、ついさっきまでは「これで断筆か」と思っていたのに、そんな気持ちは一瞬で吹き飛んだ。やはり読者に作品を求められているっていうのはそれだけの活力を作家に与えるのだろう。


 明日から不登校かとすら思っていたが、そうもいかない。それで親に勘当されたらマジで生きていくのが無理ゲーになる。それぐらいなら鮫島を刺して捕まった方がまだマシだ。


 さて、これだけ立場が悪くなった中でどうやって生き抜けばいい?


 自分に問いかける。少しして、また閃きが舞い降りる。


 思えば今日の作戦は文字だけだったのが良くなかった。どれだけファンに守られていても、鮫島が俺の腹をけり上げた映像や音声があれば擁護のしようがない。多くの者は失望して離れていくだろう。


 そうか、証拠を掴んでしまえばいいんだ。


 なんかの悪役も言っていた気がする。誰かをコントロールしたいなら、その人の弱みを握ることが肝要だと。あいつらが俺にしてきたことがバレれば無事で済むはずがない。


 これからも俺は殴られるだろう。それならば、その瞬間を収めておけばいいだけだ。


 ふと明智颯太が俺のボコられる映像を撮影していたのを思い出す。あの映像はLINEや他のSNSを使って仲間内で共有されているはず。下手をすれば俺以外のクラスメイトが全員映像を持っている可能性すらある。


 そこから映像をもらって、また匿名アカウントで投下をすれば……。


 勝機が見えてきた。手っ取り早いのは明白に奴らの暴行を音声なり映像で押さえることだ。その後は好き勝手出来るだろう。


 鮫島や真田が「何でもするから許して」と土下座するのを想像すると胸がすっとする。


 よし、やられっぱなしでは終わらないぞ、俺は。


 世界を自分のものと勘違いしたクソガキたちに、一泡吹かせてやる。


 この俺を敵へ回したことを後悔するがいい。

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