第3話 それじゃ、貸してた俺の仲間は返してもらおうか

「な、何ですか……あれは……?」


 そんな光景を前に、『聖女』であるメルトが恐怖を含んだ声を上げた。

 しかし、その声に返す者は誰一人居ない。あまりにも現実離れした光景に、人々は恐怖で動くこともできず、ただ空を傍観することしか出来なかったからだ。


 そして、それは『勇者』を名乗っていたマグも例外ではなく、完全に腰を抜かし、情けないほどに口を開いたまま空とセリィを交互に見たまま震えることしか出来ず、そんな『勇者』の醜態を前に、セリィは幼い顔を軽蔑の色に染め上げると、長く伸びきった爪をゆっくりとマグへと向け、尊大な態度を崩すことなく口を開いた。


「加えて、我が主を侮辱したことの数々、楽に死ねると―」

「―そこまでだ」


 しかし、そんなセリィの言葉を遮るように俺が声を上げると、空が再び明るさを取り戻した。怒りで我を忘れていたセリィだが、俺が呼び止めたことでようやく冷静になったようだ。


 だが、止められたことが不服だったらしく、セリィは怪訝そうな顔で俺へと振り返ると、抗議の声をぶつけてきた。


「……なぜ止めた? このようなゴミ、居なくなったところで問題あるまい?」


 俺はそんなセリィの言葉に肩を竦めてみせると、ガタガタと震え、地面で尻餅を付いているマグに目を向けながら言葉を返した。


「あのな……俺のことで怒ってくれるのは構わないが、迂闊に力を使うな。お前が本気を出したら街が消えるだろうが」

「む……確かに……」


「それに、ここが街の中だってことを忘れるなよ? マグがどうなろうと知ったことじゃないが、俺や『聖女』のメルトはともかく、お前が魔力を使えば、魔力が弱い奴にとっては地獄になるんだよ。こいつだけじゃなく、大抵の人間はお前が直接魔法を使わなくても、魔力を放つだけで耐えられずに押しつぶされるんだ。場合によっては酸欠で死ぬ可能性もある。それを忘れるなよ?」


「ふむ……アイドやそこの『聖女』を相手にするのとは違うということか。感謝する、罪無き者を死なせるなど、仮にも『魔族』を統括していた者として恥すべき行いをするところであった」


 セリィはそう言って軽く銀色の髪を払い除けると、横目で俺へと視線を送りながら感謝の意を示してくる。王族として尊大に振る舞ってきたこいつなりの反省の仕方だ。


 ともすれば、反省の色が見えないかもしれないが、こいつとの付き合いがそれなりに長い俺にとっては充分だ。


 俺はそんな相棒の意を汲み取ると、呆れた様子で肩を竦めながら答えてやった。


「いや、分かってくれたなら良い。強過ぎるのもそれはそれで苦労するからな」

「お前ならそう言ってくれると思っていたぞ。……ふん、命拾いしたな、小僧。まあ、どちらにしろ、我でなくてもアイド自ら魔力を放出すれば終わっていただろうがな……。感謝しろ、貴様は生かされたのだ。貴様のような身の程知らずなど、アイドが魔力を放出すればとうに死んでいたのだからな。それをしなかった主へ存分に感謝をするが良い」

「な、何を言って―」


 ようやく言葉を発することができたマグは、この状況でも俺が自分より評価されることに納得がいかないのだろう。口の端に泡を吹きながらも、どうにかそれだけ口にしたマグに俺はゆっくりと真実を教えてやる。


「俺とお前の力の差に納得がいかないのか? 言ったはずだよな? 俺は『魔王』を倒した『勇者』だってな」

「ば、馬鹿なことを言うな! 君が『勇者』だって? 寝言は寝てから言え! 『勇者』は僕一人だ! それに、君が僕より強いわけがない! セリィが強いからって調子に乗ってるだけだろ!」

「まあ、信じられないのも無理ないか」


 もともとこいつは他人の言うことなんてまったく聞かないガキだし……ああ、そうだ。


「それなら少しだけ―格の違いってやつを見せてやるよ」

「へ……?」


 俺は軽く自分の中で魔法による術式を構築すると、それを軽く発動してみる。

 その瞬間、再び空が暗くなり―セリィが発動していた魔法よりもさらに強大な魔力が周囲に蔓延した。


「な、何……これ……? さ、さっきのより……やば……ぐっ……!」


 そう言って『剣士』のルクが片膝をつき、絶望した表情で夜空を見上げる。


「ルク……!? うっ……!」

「……っ! な、何ですか、これ……!」


 続いて、『弓使い』のセヴィリア、そして先ほどからずっと遠くで俺達の様子を見ていた『魔導士』マティも俺の発する魔力に耐え切れない様子で両手を付く。さらに、『聖女』であるメルトすらもその魔力に耐え切れず、膝を折ってしまっていた。


「こんな魔力……普通の人間に扱えるはずが―」

「我を倒した男だ。無論、我よりも優れているのは当たり前であろう?」


 俺の魔力に当てられ膝を付く仲間達を見ながら、満足げな表情でそう口にするセリィ。しかし、やがて呆れたようにため息を吐くと、横目で俺へと視線を向けてくる。


 腕を組みながら落ち着いた仕草を見せるその姿は見た目の年齢とは程遠く、どこか諌める老人のようでもあった。


「しかし……アイドよ、先ほどお前は私に『強大な魔力は街の人間を殺しかねない』と説教をしたばかりだったと思うが……にも関わらず、それ以上の魔力を放たれて、我としてはどう解釈すれば良いのだ?」


「大丈夫だ、俺の場合は制御して周辺には魔力がいかないようにしているからな。見ての通り、街の奴らは上を見てるだけで負荷は掛かってないだろ? とはいえ、さすがにパーティ全員に被害が出てたら世話ないが」


 先ほどのセリィの時とは違い、街の人々は空に浮かんでいる化物達を視認は出来ているものの特に実害は出ていない。


 つまり、俺の膨大な魔力の影響を受けているのはここに居るパーティだけであり、傍から見ればいきなり膝をついているわけだが、周囲の人間は空に浮かぶ化物に目を向けている為、俺達の変化に気付いている様子はなかった。


 そんな中、魔力に当てられ過ぎて言葉を発することもできず、泡を吹いて気絶しかかっていたマグへと視線を向けると、俺は軽く言葉を投げ掛けようとしたが―


「さて、これで俺が『勇者』だってことは分かったか―」

「こ、殺さないでくれ!」


 俺が『魔王』を倒したことを証明させる為に『魔王』であるセリィよりも強大な魔力を発したのだが―マグは慌てた様子で俺に命乞いをし始めた。


 そんな姿が哀れで少しばかり面白くなってきた俺は、手を下すつもりはなかったが、少しばかりその余興に付き合ってやることにする。


「そうだな……まあ、お前とも長い付き合いだからな。殺すと夢見が悪そうだ」

「そ、そう! そうだよね!? ここまで一緒に戦ってきた仲じゃないか! 僕を殺したりなんてしないよな!? な!?」


 こんな弱い存在に興味はない。

 魔力を行使するほどでもないし、肉弾戦でも一瞬で負けるような雑魚だ。

 俺が欲するのはただ一つ―全身でぶつかれるような『強敵』だけだ。


「あぁ、でも―」


 それでも、俺にはこいつを許せない理由がある。

 こいつが『自分で作った』と奢った勘違いをしている『勇者』のパーティ。何一つ努力せず、結局は俺が勧誘したことでできた女性ばかりのこの組み合わせ。


 「顔が良い」とか「スタイルが良い」とかそんな理由で選んだのはこいつだが、そいつらを入れてやったのは俺だ。


 関わったきっかけは微妙でも、俺にとっては大事な存在になっていた。だから―


「俺の大事な『仲間』に、その汚い目を向けたことだけは許さないけどな」

「へ―ぐぶふっ!?」


 すでに俺の魔法は消え去り、周囲の人々は何が起こったのか分からず辺りを見回す。そして、周りが俺達の存在に気付いたのを見計らい、俺は思い切りマグの顎へと向けて拳を放った。


「ぐえっ!」

「ナイスショット」


 『偽物勇者』は大勢の人間が見守る中で盛大に飛び上がると、ごみ置き場に見事に落下し、カエルのような声を上げていた。俺はそんな『偽物勇者』を見ながら自分を褒める掛け声を上げた後、手をプラプラと振る。


「あ~あ、手が汚れちまった。……さてと、それじゃあ昨日俺から奪った分と慰謝料含めて全額頂くとするか」


 そう言って、俺はマグが持っていた俺の財布とマグの財布から金だけ取り出すと、財布として使用していた袋を気絶していたマグの顔に被せてやった。


「その汚い顔を拝まなくて済むからな、その布切れは餞別だ。大事に使ってくれよ?」


 俺がそれだけ言って去ろうとすると、『勇者』のパーティだった奴らが全員付いてくる。まあ、『勇者』っていうのはもともと俺だったしな。


「それじゃ、貸してた俺の仲間は返してもらおうか。なあ―『偽物勇者様』?」


 そう告げた俺は、返事のない『偽物勇者』を置いて仲間達と共にその場を後にしたのだった―。

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