書庫と異世界と悪夢
橋下悟
第一章 罠師
第1話
「嘘だろ……」
俺はATMの前で固まってしまう。
フリコミ 700,000
記帳した通帳には確かに記入されている。
70万……。
一桁間違えたんじゃないか?
バイトだぞ!?
俺はただの大学生だぞ!?
どうなってんだよ。
◇
俺は大学3年生の貴重な夏休みをだだっ広い屋敷で過ごしている。
アルバイトだ。
この古びた屋敷は別荘で、なんでも明治初期に教授の親族が建てたらしい。
当時はよく利用されていたようだが、今ではほとんど使われていない。
いわゆる管理のアルバイトなのだが、書庫の整理を頼まれている。
何故こんなバイトをしているか、というのは置いておこう。
今は考えたくない。
しかし、すごい数の本だ。
どれもこれも古い。
基本的に見たこと無い本ばかりだな。
しかし、読めないほど古いかと言われればそんなことはない。
この建物は明治初期に建てられたのだが、本自体はそこまで古くなく、歴史の教科書に見られるカタカナ混じりのものは無い。
一日中薄暗い部屋に籠もって本の整理をし続けるのは結構きつい。
談話室で休憩をしよう。
この別荘は個人宅としては大きいが、豪邸というほどではない。
建物は古いが、インフラは問題無く、電気も水道も普通に使える。
まぁこの時期に冷房無しなんて無理だからな。
ここは別荘地なので、コンビニにも行ける。
別荘地にやや浮いている古びた洋館があるのだ。
俺はコンビニで買ってきたジュースを飲み、スマホをいじる。
電波は普通にあるので、ゲームもできる。
監視の目が無いのは良いが、バイトの最終日にはチェックが入るらしいからな。
そもそもサボる気はないが、休憩を取りすぎるのも良くないだろう。
「うーん……」
俺は大きく背伸びをする。
よし、後半戦も頑張っていくか!
◇
しばらく本を整理していると、部屋に違和感を感じる。
統一された本棚の中に、一つだけ違うものがある。
形は異なるが色は統一されているので、あとから塗装をしたのか?
棚の作りが違うんだよな。
本が増えすぎて後から取り付けたのかな。
俺は何気なくその本棚から本を取り出す。
ドサッ!
しまった……。
俺が取り出した本のせいで、同じ棚の本が落ちてきてしまった。
ん?
この本棚、背板が無い。
本が落ちてきたことで、後ろの壁がむき出しになる。
おいおい……。
「マジかよ」
思わず声を出してしまう。
本棚の後ろに、扉があるのだ。
隠し部屋ってヤツだろう。
これは行くしかないっしょ!
俺は本棚の本を一旦全部取り出し、本棚をどける。
あれ?
思ったより力がいらないな。
よく見ると、本棚の下が溝になっており少ない力でスライドするようになっている。
木製の扉があるな。
鍵穴?
しまった。
そりゃそうか。
隠し部屋に鍵かかってなかったら意味ないよな。
あとで管理会社に問い合わせてみようか。
……いや、待てよ?
俺は談話室へと戻り、鍵束を取る。
この中に、この隠し扉の鍵があるかも。
ガチャガチャ……。
俺は古びた金属の鍵を一つ一つ試していく。
ガチャッ!
おぉ!
開いたよ!
これだ!
ギィ……。
木製のドアをゆっくりと開ける。
ブワッ!
風!?
正面から風が吹き上げてくる。
地下?
扉の奥は真っ暗で、入り口だけ明かりで見える。
石の階段だ……。
やばいな。
ちょっと怖い。
電話して誰か呼ぼうか。
◇
こういうときに限って誰も来れないんだよな。
実家に帰ってるヤツとバイトしているヤツばかりだ。
ブー……。
お、通知だ。
「今飲み会中。何?」
俺はさっきからみんなに送っている文章をコピーして送信する。
「別荘地で住み込みのバイト中。隠し部屋発見したんだけど、一人じゃ怖くて入れないわ。だれか来れるヤツいる?」
「いいね!動画アップしろよ」
「いや、一応バイト中だぞ。アップしたらやばいだろ」
アップはしないけど、とりあえず動画撮るのはアリだな。
「誰も来れないっぽいから、とりあえず動画撮って入ってみる」
俺はスマホの明かりで前を確認しながら入ってみる。
ここは別荘地だが、近くにはコンビニも他の別荘もある。
大丈夫、怖くない……。
スマホの明かりを頼りに、ゆっくりゆっくりと階段を一段ずつ降りていく。
書庫……。
6畳くらいの狭い部屋だ。
本棚が所狭しと置いてあり、ただただ本がある。
まぁそりゃそうだよな。
ここも書庫の一部ってわけだ。
ビビって損したな。
俺は壁沿いにあるスイッチを押す。
カチッ!
ここの地下室も普通に電気がつくな。
電球は切れていない。
ということは、人が入ってからそれほど時間は経っていないだろう。
俺はスマホの動画とライトを切る。
この地下の書庫は整理しなくてもいいんだよな?
住み込みで書庫の整理をしろとしか言われていない。
こんな隠し部屋のことは言われていないんだから、ここの整理はしなくてもいい……と思う。
それに、ある程度整頓されているな。
価値のありそうな、豪華な本が多いように見える。
俺は一冊の本を手にとってみる。
表紙が分厚く、装飾されている。
豪華な作りだ。
「罠師」
変なタイトルだな。
なんだか腹が減った。
今日はもう結構働いたし、終わりにするか。
俺は部屋へと戻る。
住み込みの寝室は、もともと別荘なだけあってなかなか豪華だ。
大きなベッドと小さなテーブル。
建物自体は古いが、定期的に手入れされていたのだろう。
清潔感があるので、不気味な感じは無い。
趣があるといったところか。
ん?
どうやらさっきの本を持ってきてしまったようだ。
もともと読書は嫌いじゃないし、読んでみるか。
プシュッ!
俺は缶ビールを片手に本を読む。
仕事終わりに、コンビニのツマミとビール。
そして読書だ。
悪くないな、このバイト。
◇
なんというか微妙な本だった。
貴族の少年が自分の領地を与えられ、領地に行った途端に魔物に殺されて終わり。
なんとも微妙な物語だ。
そしてタイトルの「罠師」これ関係なくないか?
表紙間違えてんじゃないかってくらい微妙だった。
そんなに長い話じゃなかったけど、なんで全部読んだのか不思議だ。
マジで面白くなかった。
「ふわぁ~あ」
俺はあくびをして背伸びする。
寝るかな。
慣れない場所だったが、真面目に本の整理をして疲れていたのだろう。
一瞬で眠りにつくことができた。
◇
あ、これ夢だ。
明晰夢っていうんだっけ?
夢を自覚するやつだな。
俺は何やら広い屋敷で目覚める。
目覚めた瞬間に、これが夢であることが理解できた。
「マガタ、東の地コクテをお前の領地とする」
ん?
これ、俺に言ってんのか?
「おいおい、返事もろくにできねぇのかよ……」
目つきの悪いガキが俺をみてほくそ笑んでいる。
でかい部屋だな。
城?
「マガタ……」
誰だ俺に話しかけてくるおっさんは。
ずいぶん偉そうだな。
てか俺マガタじゃないし。
おっさんは、汚物を見るような目で俺を見る。
あ……
あぁ!
これ、あれだ。
昼間読んだ本の内容だわ。
「謹んでお受け致します!」
とか言ってみる。
「やれやれ……」
「クスクス……」
うわぁ、すっげぇバカにされてるわ。
なんだっけな。
このマガタだっけ?
妾の子?
確かすげぇ不遇なんだわ。
そんで東の領地って、超貧乏で治安悪いところだよな。
◇
なんか、すげぇ夢長いんだけど。
東の領地に出発するっぽい。
この汚い馬車で。
「おいおい、汚ねぇ馬車だな」
「確かに……」
俺は嫌味にうなずいてしまう。
さっきからうるさいのは異母兄弟の兄、ルオカだ。
「確かに……じゃねぇよ! お兄様が見送りに来てんだろうが!」
ガッ!
俺、いやマガタが蹴り飛ばされる。
ズザァッ!
蹴りの勢いで、地面を転がる。
おいおい、服が汚れる……ていうか、痛いな。
夢なのに痛い。
もうちょい痛ければ起きるかもな。
「まぁまぁ汚物が出て行って、このお屋敷もきれいになるではありませんか」
「泥が服についてかえって綺麗になったんじゃねぇか!?」
「ハハハ! お似合いだ!」
言いたい放題だな。
まぁ夢だからどうでもいいし。
「うるっせぇ!!」
俺は大きな声で怒鳴る。
「おい、今喋ったやつ。全員顔覚えたからな。笑ったやつもひとり残らず!」
一瞬シーンとなる。
「ウォオイ! 誰が、しゃべっていいつった?」
ルオカがこちらを睨みつける。
「は? しゃべるのに許可がいるの……」
ガツッ!
俺が話し終わる前に、顔面を蹴られる。
「がはっ!」
痛ぇ!
マジで痛ぇ……
ガッ!
ルオカは、俺の髪の毛を掴み頭を持ち上げる。
「お前は、何するにも許可がいるんだよ……わかってんだろ?」
顔面を近づけ俺に凄む。
なんつー夢だ。
不愉快極まりない。
「ペッ!」
俺は眼の前のルオカの顔面に血の混じったつばを吐きかける。
「あ、許可とるの忘れた」
「貴様!」
ドガッ!
ルオカ俺を投げ飛ばす。
だから、痛いって。
そろそろ起きないのかな。
「この下衆が! 私の顔に……許さん、許さんぞ!」
ルオカは剣を引き抜く。
「いやぁ、流石にそれで斬られたら起きるだろ」
ズシャッ!
ルオカの剣?
超高速で振り下ろされた剣は、俺が気づく頃には俺の身体、正確にはマガタの身体を分断していた。
◇
ガバッ!
俺はベッドから飛び起きる。
「はぁ……はぁ……」
すごい冷や汗だ。
なんだったんだよ。
久しぶりに目覚めが悪い……てか過去一目覚めが悪い。
ベッドの横の本を見る。
これこれ。
コイツのせいで最悪の夢をみたんだわ。
パラパラと本をめくる。
え……?
昨日と内容が違う……
これ、夢の……?
俺は焦りながらも本の最後のページを開く。
「いやぁ、流石にそれで斬られたら起きるだろ」
俺が言ったヤツ?
ちょ……マジで?
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