第7話:追放された日の記憶
父の特別授業の日が近づくにつれ、俺の中に奇妙な緊張感が高まっていた。
「五十嵐家の歴史と本当の両親について……」
朝日を浴びながら窓辺に立ち、俺は深く考え込んでいた。最近の出来事——プライベートダンジョンの発見、六神スキルの存在確認、母からの謎めいた警告——全てが何かの前触れのように思えた。
部屋の本棚に目をやると、昨日見つけた古い日記帳が視界に入る。これまで断片的にしか読めていなかったが、今日はしっかり目を通してみようと思った。
「特別授業の前に、"元の努"の記憶をもっと知っておかないと」
日記帳を手に取り、ベッドに座る。中学生の努力のない字で綴られたページをめくると、ある日付のページで目が止まった。
「これは……」
日付は6年前。このパラレルワールドの努が4歳の時だ。
『今日、大変なことが起きた。父上と母上が私を連れて「追放式」に参加した。私の本当の両親が五十嵐家から追放されたのだ。父上は「無能な者は五十嵐の名を継ぐ資格がない」と言っていた。でも、本当の父と母は強そうに見えた。特に母の目は悲しそうだったけど、とても強かった。』
「追放式……」
そういえば、母が隠した金庫にある「本当の両親」からのメッセージについて言及していたことを思い出す。これはその「追放」に関連しているのかもしれない。
ページをさらにめくると、その数日後の記述があった。
『父上に聞いた。なぜ本当の両親は追放されたのか。父上は「スキルが目覚めなかったから」と答えた。でも、大叔父さんは「二人ともAランクの冒険者だった」と言っていた。何か変だ。』
「Aランクの冒険者なのに、スキルが目覚めていない? それはおかしい」
さらに読み進めると、当時の努の混乱がより鮮明に伝わってくる。
『父上も母上も私が質問すると不機嫌になる。誰も本当のことを教えてくれない。昨日、誠兄さんが「お前も同じ道をたどるぞ」と言っていた。怖い。』
そして、一番気になる記述を見つけた。
『今日、大叔父さんがこっそり教えてくれた。本当の父と母はスキルが目覚めていなかったわけではない。「別の力」を持っていたから追放されたらしい。その「別の力」が何なのか、大叔父さんも知らないと言っていた。』
「別の力……」
六神スキルのことだろうか? もしそうなら、俺の本当の両親も六神スキルを持っていたのかもしれない。
日記の最後の方には、もっと衝撃的な内容が書かれていた。
『本当の両親が「深淵の迷宮」で死んだと聞いた。父上は「無能だからだ」と言っていたけど、私は信じない。彼らはきっと強かった。いつか真実を知りたい。』
「深淵の迷宮……」
それはイグジノスでも名高い危険なダンジョンの名前だった。あの世界でも、最高ランクの冒険者でさえ命を落とす場所として知られていた。
もし両親が本当にAランク冒険者で、六神スキルを持っていたとしたら、なぜ「深淵の迷宮」で命を落としたのか?
「今週の特別授業で、少しでも手がかりが得られれば……」
俺が考え込んでいると、突然ドアがノックされた。
「坊ちゃま、誠様がお呼びです」
「誠兄さんが?」
珍しい。誠兄さんが俺を呼ぶことなどほとんどない。
「わかった、すぐに行く」
***
誠兄さんの部屋は西棟の最上階にあった。ビジネス書や経済誌が整然と並ぶ本棚、最新鋭のコンピュータが置かれたデスク、そして大きな窓から見える庭園の景色——全てが「成功者」の雰囲気を醸し出していた。
「入れ」
ノックすると、中から冷たい声が返ってきた。
「失礼します」
ドアを開けると、誠兄さんはデスクに向かって何かを書いていた。視線を上げることなく、椅子を指さす。
「座れ」
言われた通りに椅子に座ると、誠兄さんはようやく顔を上げた。
「努、近頃変わったな」
いきなりの言葉に、背筋が凍りついた。
「どういう意味ですか?」
「茜先生からの報告では、学習能力が急に向上したらしい。特に歴史と数学で」
「少し勉強に身が入ってきただけです」
「そうか?」
誠兄さんの鋭い目が俺を貫く。
「私のスキル【価値判定】は、物事の真の価値を見抜く。それは人間にも適用できる」
言葉に神経が張り詰める。このスキルで俺の変化を感知されたのだろうか?
「正直に言え。お前は"変わった"のか?」
しかし、この質問の真意は何だろう? 本当に誠兄さんは俺の転生に気づいているのか? それとも単に勉強の成果を確かめたいだけなのか?
「変わったというか……必死になっているだけです」
「何のために?」
「追放されないために」
その言葉を聞いた誠兄さんの表情が微妙に変化した。
「追放? 誰がそんなことを言った?」
「大和兄さんが"父上の機嫌は最悪だ"と言っていましたし、父上自身も寄宿学校に送ると……」
「ああ、それか」
誠兄さんは軽く肩をすくめた。
「努、お前に一つ教えておこう。父上の特別授業の真の目的をな」
「真の目的?」
「そう。あれは単なる歴史講義ではない。お前の"価値"を最終的に判断する場なんだ」
「価値?」
「五十嵐家の子として、お前に価値があるかどうかだ」
血の気が引いた。つまり、あの特別授業は俺の運命を決める場になるということか。
「もし価値がないと判断されたら……」
「そう、お前の両親と同じ道をたどることになる」
誠兄さんの冷たい声に、部屋の温度がさらに下がったように感じた。
「追放……」
「だが安心しろ」
誠兄さんは意外な言葉を続けた。
「私はお前に価値があると思っている」
「え?」
「お前の中には、まだ見ぬ何かがある。茜先生の報告だけでなく、母上も同じことを言っていた。私のスキルもそれを感じ取っている」
心臓が高鳴った。六神スキルの存在を感知されているのかもしれない。
「そして、私はお前を追放させるつもりはない」
「なぜですか? 誠兄さんは……」
「五十嵐家の評判を心配している? 確かにそれもある。だが、何より……」
誠兄さんは珍しく言葉を詰まらせた。
「お前の両親は私の恩人だったからだ」
「恩人?」
「八歳の時、私はダンジョンに迷い込んだことがある。命の危険があった。救ってくれたのが、お前の本当の父だった」
驚きのあまり言葉が出なかった。
「彼は優しかった。強かった。そして何より、彼の目には決して消えない炎があった」
誠兄さんは窓の外を見つめながら続けた。
「私はあの時、彼のような大人になりたいと思った。だが父上の教えもあり、彼らが追放された時、何もできなかった」
「それで……」
「負い目を感じている。だから、お前にはチャンスを与えたい」
誠兄さんが俺の方を向き直った。
「特別授業では、父上がある"試験"を行う。それに合格すれば、寄宿学校行きは取り消される。さらに、お前の真の出自についても語られるだろう」
「試験……何の?」
「それは言えない。だが、お前ならできるはずだ」
誠兄さんは立ち上がり、窓の方へ歩いた。
「ただ一つだけ忠告しておく。父上を敵に回すな。どんな試練も素直に受け入れろ。それがお前の生き残る道だ」
「わかりました」
「下がってよい」
俺が立ち上がると、誠兄さんは最後にこう付け加えた。
「努、お前の中にある"炎"を見せてくれ。それが彼らの子だという証を」
***
部屋に戻った俺は、誠兄さんから得た情報を整理していた。
「父の特別授業は俺の価値を判断する場……そして、追放されるかどうかの分かれ道」
そして何より、本当の父が誠兄さんの命を救ったという事実。そんな立派な人だったのか。
「父さん、母さん……一体どんな人たちだったんだろう」
金庫の中のメッセージを読みたい気持ちが高まったが、今はまだ時期ではないような気がした。何かが足りない。もっと情報が必要だ。
窓の外を見ると、空が徐々に暗くなりつつあった。そろそろ夕食の時間だ。
「まずは体調を整えて、特別授業に備えよう」
今夜はプライベートダンジョンには行かないことに決めた。体力を温存し、頭をクリアにしておく必要がある。
***
翌日、俺は図書室で五十嵐家の歴史について調べていた。公式の記録には、本当の両親についての詳細な情報はほとんどなかった。ただ、追放式の簡単な記録があっただけだ。
「五十嵐 剛三と心美、スキル不適合により家系から除外」
これだけでは何もわからない。
「お前、何を調べているんだ?」
背後から声がして振り返ると、大和兄さんが立っていた。
「大和兄さん……家の歴史について調べていました」
「父上の特別授業のためか」
「はい」
大和兄さんは隣に座り、俺が開いていた系譜の本を眺めた。
「そのページか……」
「本当の両親について知りたくて」
「ふむ」
大和兄さんは少し考えてから、こう言った。
「公式記録にはあまり載っていない。だが、私は彼らのことを覚えている」
「本当ですか?」
「ああ。私は当時12歳だった。彼らは……特別だった」
「どういう意味で?」
「一般的なスキルではなかった」
俺の息が止まりそうになる。
「彼らのスキルは、いわゆる"神の恩恵"と呼ばれるものだった」
「神の恩恵……」
それは六神スキルのことか?
「詳細は知らない。ただ、父上はそれを危険視していた。"制御できない力"だと」
「だから追放されたんですか?」
「そうだ。だが個人的には、父上の決断には別の理由もあったと思っている」
「別の理由?」
「嫉妬だ」
その言葉に驚いた。
「父上は彼らの力を恐れていた。特に母方の祖父——お前の本当の祖父が、彼らに家督を譲ろうとしていたからだ」
「でも、父上は長男でしょう?」
「血筋では長男だが、能力では劣っていたと言われている。祖父は"神の恩恵"を受けた者こそが五十嵐家を導くべきだと考えていたようだ」
「そんな……」
「もちろん、これは私の推測だ。父上に聞かれたら否定するだろうが」
大和兄さんは立ち上がり、別の本棚から一冊の本を取り出した。
「これを読め。五十嵐家の秘史だ。公式には存在しない本だが、祖父が密かに記録させていたものだ」
「こんなものがあったんですか?」
「母上から託された。"いつか努に渡すように"と」
震える手で本を受け取った。
「母上は……お前のことを気にかけている。彼女もまた、お前の中に"何か"を感じ取っているようだ」
「大和兄さん、なぜ教えてくれるんですか?」
「長男として家を守る義務がある。しかし、それは必ずしも父上の意志に従うことではない」
大和兄さんは一瞬、遠い目をした。
「五十嵐家の真の使命を全うするためだ。その使命については、その本に書かれている」
「ありがとうございます」
「特別授業は三日後だ。それまでに読んでおけ。そして……」
大和兄さんは声を低くした。
「追放された日の記憶を、心に刻んでおけ」
***
その夜、俺は大和兄さんから受け取った秘史を読んでいた。五十嵐家の起源、ダンジョン出現以前の歴史、そして……衝撃的な真実が記されていた。
『五十嵐家は古来より「神の遣い」を守護する家系だった。「神の恩恵」を受けし者を見出し、育て、世に送り出す——それが我らの使命である』
五十嵐家は元々、特殊な能力者を保護する家系だったのだ。ダンジョン出現以前から、世界には「神の恩恵」を受けた者たちがいた。彼らは表立って活動することはなく、五十嵐家のような古い家系に保護されていたという。
『しかし第43代当主・五十嵐剛の代になり、方針が変わった。彼は「神の恩恵」を危険視し、持つ者を排除する道を選んだ。これは五十嵐家の本来の使命に反する行為である』
俺の父——現当主である五十嵐剛は、家の伝統を覆したのだ。
そして最も衝撃的だったのは、次の記述だった。
『剛三と心美は「六神の器」と呼ばれる特別な存在だった。彼らの力は通常のスキルとは異なり、古の神々から直接授かったもの。その力は世界の均衡を保つために必要なものであったが、剛はそれを恐れ、彼らを追放した』
「六神の器……」
それは間違いなく、六神スキルのことだろう。
さらに読み進めると、追放式の詳細が記されていた。
『追放式は極めて屈辱的なものであった。剛三と心美、そして幼い息子・努を前に、剛は「五十嵐の名を返上せよ」と宣言した。しかし二人は毅然としていた。「我らの血筋は真の五十嵐。いつか必ず戻る」と誓ったのである』
そして最後に、こう記されていた。
『彼らは追放後、一般社会で生きることを選んだ。スキルを隠し、普通の冒険者として活動した。しかし彼らの力は隠しきれるものではなく、Aランク冒険者として名を馳せることとなった。そして、深淵の迷宮への挑戦——これが彼らの最期となった』
本を閉じた俺の頬を、熱い涙が伝った。
「父さん、母さん……」
彼らは誇り高く生き、そして誇り高く散った。そして今、彼らの息子である俺が、六神スキルを継承した。
「必ず戻ると誓った……その言葉を果たす」
その瞬間、金色の光が俺の周りを包んだ。まるで誰かが応える……そんな感覚だった。
「六神スキル……」
閉じた目の奥で、六つの光が強く輝いた。これまで眠っていた力が、徐々に目覚めつつあるのを感じる。
「追放された日の記憶……それは俺の原点だ」
記憶そのものは持っていないが、今読んだ記述から情景は鮮明に想像できた。両親の毅然とした姿、父の冷酷な宣告、そして幼い努の混乱と恐れ。
「三日後……全てが明らかになる」
特別授業に向けて、俺は覚悟を決めた。父が何を仕掛けてくるにせよ、正面から受け止める。そして、本当の両親の遺志を継ぐ。
窓から月明かりが差し込み、部屋全体を銀色に染めていた。
「六神の器……か」
その呼び名に相応しい存在になれるよう、俺は誓った。今はまだ力は未熟だが、必ず完全な姿を取り戻す。そして、真の五十嵐として生きる道を切り開く。
本当の両親が誇りに思えるような男になるために。
***
翌朝、奇妙な感覚で目が覚めた。
体が熱い。まるで全身に力がみなぎっているような感覚だ。
「これは……」
昨夜読んだ秘史の影響か、六神スキルがさらに活性化したように感じる。
試しに指先から少しだけ【ゼウスの雷霆】の力を放出してみると、小さな電光が指先から飛び出した。以前よりもコントロールしやすくなっている。
「感情が鍵なのかもしれないな」
五十嵐家の歴史、本当の両親のこと、追放の理由——これらを知ったことで、俺の内側に眠っていた何かが目覚めたのだろう。
鏡に映った自分の姿を見て、俺は決意を新たにした。
「始まるな……俺の逆襲は」
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