浅草花街の風 「だんごより色気」
神崎 小太郎
第一話 浅草の風
江戸の風情を色濃く残すレトロな街並みが広がる浅草。雷門をくぐり、仲見世通りを抜けた先に、由緒ある観音様の寺と三社祭で名高い神社が見えてくる。
この神社には商売繁盛の神『恵比寿様』が祀られているが、そのことを知る人は少ないかもしれない。
毎年、梅雨の始まる頃、浅草の街は本社御輿の宮出しで三社祭の熱気溢れるクライマックスを迎えることになる。
空を見上げると、思わず『雲ひとつない天気だ!』と叫びたくなる。透き通った空に、大好きなスカイツリーが近くに感じられる。今年もまた恵比寿様のおかげで絶好の祭り日和が訪れたのだ。
私は母とともに伝法院通りに来た。神輿を担ぐ父の粋な勇姿を心待ちにしている。父は氏子の役員総代を務め、「三社祭って、実は隅田川を渡御した船祭が原型なんだよ。それに、七百年以上も続いているんだぜ!」と誇らしげに語っていた。
父の職業は銭湯の壁画に命を吹き込むペンキ絵師だ。全国の湯船の壁に、神輿を乗せた御座船から富士山を仰ぎ見る光景を描きながら飛び回っていた。
我が家は三代続く生粋の江戸っ子だ。祖父は神技が光る熟練工のペンキ職人で、祖母は下町一番の団子屋の菓子職人。父は旅がらすの巧みな銭湯絵師。すべては自称であり、その真偽は定かではない。
そして、四人目が私だ。名前は野々村百合子。地元の高校に通う三年生だが、おしとやかではなく、名前の百合の花のイメージとはかけ離れている。
そんな粋で負けん気の強い家族。唯一生まれが異なるのが母。大阪ミナミ出身で、「えべっさん」のようなふくよかな頬と大きな福耳を持っている。「高校生時代には有名な神社の福娘を務めとった」と、時おり大阪弁で自慢していた。
新世界の「幸福の神様」ビリケンさんをこよなく愛し、彼の足の裏を撫でると幸せになれると得意げに語っていた。
東洋一のスカイツリーを「ただの近代的なビルやろ!」と揶揄する母。近所のたこ焼き屋をパートで手伝いながらも、外はカリッ、中はトロッとした大阪風のたこ焼きを一番早く上手に作れると自負する気の強い性格だ。
たこ焼き屋の女将からは、特に私と母、そして祖母は顔も性格も似ている『だんご三姉妹』みたいだとよく笑いの種にされている。
私たちは三人とも男性を手の平で転がすような強気な女性なので、思い当たる節はあるが、それをそのまま鵜呑みにすることはできず、悔しくて仕方がなかった。仲が良い証拠だと自分に言い聞かせていた。
春が訪れ、祭りが近づくと、父の心はそわそわし始める。神輿を磨き上げ「俺もそろそろ引退かもしれない」と弱音を漏らすこともあった。
午後二時、威勢の良い掛け声とともに、鳳凰や擬宝珠が添えられた御輿が次々と通り過ぎる。百基あまりの御輿が上下に揺れながら伝法院通りを進む様子は圧巻だ。担ぎ手たちの額に光る汗が、全身からほとばしる熱気を物語っている。
神輿を担ぐのは男性だけでなく、女性も積極的に参加している。高校の制服を着た私にも「姉ちゃん、早くおいで」と呼ばれる。
新花園町会の桜模様の藍染の香りがする祭り半纏を羽織ると、神輿を担ぎたい気持ちが湧き上がる。祭りの「ソイヤ、オイサ……」という掛け声とともに、藍染の香りが負けず嫌いの心を躍らせる。
父もまた「若い者には負けられん」と自慢しつつ、真ん中の花棒をかっこよく担ぐ姿を期待していた。
「父さんの姿が見えないね」
「ほら、百合子、あそこや」
母が指差す方向に顔を向けると、父は呼笛を吹きながら手拍子を打つ先導役を務めていた。私たちと目が合うと、申し訳なさそうに首を垂れた。これまでかっこよく憧れていたのに、今は本当に情けない父さんだ。
先導役が悪いわけではない。でも、やはり今回は勇ましく神輿を担ぐ姿が見たかった。昨年までの勇姿が最後だと思うと、胸が締め付けられた。
周囲には「びんざさら舞」の勇壮なのぼり旗を持つ氏子たちや、風に吹かれる白い紙垂がひらひらと舞う光景が広がっている。
御輿の担ぎ手たちが立ち止まり、「シャ、シャ、シャン、シャ、シャ、シャン」と威勢の良い掛け声が三回響き渡ると、手締めの拍子木が高らかに鳴り響いた。
練り歩きは続き、いつの間にか見物人が増え、父の後を追いかけることも叶わず、呆然と見送るしかなかった。
浅草寺の雷門を背景に、彩り豊かな提灯が立ち並び、黄昏時の祭り見物の終わりが近づくとともに、幻想的な光景が広がる。近くに見えるスカイツリーには黄昏雲が漂い、特別な一瞬が訪れようとしていた。
多くの屋台が軒を連ね、美味しそうな香りが漂う。金魚すくいやスマートボール、射的などのゲームに夢中になる子どもたちの笑顔が一層輝いていた。
私と母も彼らに交じり、スマートボールで金賞を射止めた。景品としてもらったりんご飴を、恥じらいもなく大きな口を開けて頬ばっていた。
祖母が団子屋だというのに、二人ともまさに「花より団子」の心境で、そこに穴があったら入りたくなるほどだった。
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