第8話 導き3

「『むして』…とは、どの様に行うのですか?」


 聞けば料理の担当はメイドさん達の持ち回りらしいのだが、基本的に『煮る』か『焼く』で事足りていたそうで、調理道具もシンプルな竈に鍋とフライパン、金網くらいしかないらしい。調味料類もこれまでは他国との貿易で手に入っていたものが、つい先日大きな戦があり、その影響で流通が封鎖され一時的な鎖国状態になってしまい、急に出来る事が少なくなってしまってやり繰りに難儀しているとの事だ。どうやら“この世界が危機に瀕している”と言うのは本当らしい。

 とりあえず『蒸す』くらいなら、フライパンに水を張って金網を乗せ、その上に食材を置いて鍋を逆さまにして被せるだけで出来るので、ざっくりとそう説明したら、

「早速この後私たちの食事用で試してみます。お知恵を貸して頂き、ありがとうございます、賢者様」

 と、いたく感激されてしまった。お役に立てたのなら何よりなのだが、この程度の知識でまたしても外堀が埋まってしまい正直胃が痛い。


「ご歓談中失礼いたします、賢者様」

 ついつい料理談議に夢中になってしまい、部屋に人が入っていた事に全く気付かなかった。見ると、昨夜挨拶をしてくれた男性ともう一人、綺麗な群青色のローブを纏った女性が立ってた。確か彼女もあの広間にいた気がする。

「いやはや、たった一口スープをお飲みになられただけで我々の食糧事情を見抜き、すぐさま改善策までご提示頂けるとは、流石は精霊様の遣わされた賢者様ですな。実に頼もしい限りです」

 俺はただ「薄いスープを作るくらいなら蒸し野菜の方が美味しいよ」と言っただけだ。戦争うんぬんはこのメイドさんから聞くまで知りませんでしたが?

「まだお食事の最中で申し訳ないのですが、時間も惜しいのでどうかそのまま。我々の話を聞いて頂いても宜しいでしょうか?」

 ここで『いいえ』と言えば聞いてくれそうだが、食事中が食後に変わるだけで特に意味はないだろう。ここまで来たらちゃんとこの世界の事を聞いておきたいのでお願いする。


「それでは改めまして、私はこの国の大臣をしておりますパウロと申します。以後お見知りおきを、賢者様」

「はあ、どうも…パウロさん」

『賢者』を肯定しない様に慎重に言葉を返す。

「先ほど、そこのアンからの話にありました通り、現在この国は鎖国状態にあります。

 事の始まりは約一月ほど前。遥か果ての大陸の山奥にある竜の民の国の長が、ある日突然魔王を名乗り、邪気で支配した魔物たちを率いて我々に宣戦布告いたしました。突然のことに各国と対応を協議しようとした矢先、魔王は見せしめとばかりに一番近くの国を一夜にして滅ぼしてしまいました。これは是非もなしと、我らはすぐさま連合軍を結成し、魔王軍を迎え撃ちました。

 結果は双方に大損害を出しつつの痛み分け。魔王軍は引きましたが、我々にも追い打ちをする余力はなく、一度兵を引くことに。すると今度は卑劣にも、各国に対し分断工作を仕掛けられました。ある国では野盗が急速に力を持ち始め民の生活を脅かし、またある国では王が乱心し圧政を敷き始めたとも。

 仕方なく我らは一時交流を絶つ事になりました。わが国では海岸線を封鎖し、同盟国との転移魔法陣も封印。現在に至るというわけです」


 …パンと目玉焼きを齧りながら聞いていい話じゃなかったな。はっきりと理解できたのは、今日のメイドさんの名前がアンさんだという事だけだ。どこから確認していいか分からないし、そもそも人違いの俺がこれ以上踏み込んでいいものかどうかも分からない。


「しかし籠城に入ったは良いものの、我らは小国。ここから反撃に出る手段もなく、いたずらに備蓄だけが減り続け、もはやこれまでかと思われた正にその時!我が国の王の元に精霊様からの啓示が降ったのです!」

 なんとなくこの人のノリが分かって来たのでもう驚かない。ここで精霊様が出てくるのなら、この先は一言一句聞き逃さない様にしなければ。

「精霊様は仰いました。『この十日後、王宮の広間に異世界の賢者を、さらに其ののち、賢者の定めた地に、救世主たる勇者を導きましょう』と!そしてその言葉通り昨夜、あの広間に現れたのがそう!貴方様なのです!」

 …それだけ?

「あ、あの、すみません、ちょっといいですか?」

「はい、賢者様。ご質問は何なりと」

「精霊様は他に何か言ってませんでしたか?こう…賢者や勇者はこんな感じの人だよ…とか、賢者には何々して貰え…とか」

「いえ。特には。後は極力二人の自由にさせて、皆は協力を惜しまぬ様に、くらいですかね」

 なんだその「後は若い二人だけで~」みたいなノリは。どうしてそんなフワッとした話にここまで縋れるんだ?

 肯定も否定も出来ない気まずさから、また一口スープを啜る。

 

 …薄い。


 …それほど迄に待ち望んだ賢者への、精一杯のもてなしがこれなのか…。


「…ッ…!」


 途端に溢れそうになる涙を堪えるべく、咄嗟に上を向いて大きく息を吸って止め、ゆっくりと吐き出し鼓動を整える。それでも漏れ出る嗚咽が収まるのを、誰も急かしたりはして来ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る