第3話 縁

「こんばんは」

「はい?あれ、縁ちゃん。こんばんは、どうしたの?こんな時間に」

「すみません、突然。お店、明日休みですよね。久しぶりに店長とご飯食べたくなっちゃって…今夜なら良いかなって。」

「そっか。大丈夫だよ。まだ片付けに時間かかるから、その辺座ってちょっと待ってて」

「いえ、手伝います。その方が早く行けるので」

「あー…じゃあお願いしようかな。ありがとう。よろしくね」

「はい。」

 彼女の名前は岸原 縁(ゆかり)、二十五歳。早くに父親を仕事中の事故で亡くし、以来母親と二人暮らし。家計の助けにと高校入学と同時にうちにアルバイトに来た事がきっかけで知り合い、未だに懇意にしてくれている。あの頃はまだ勉強の知識も辛うじて残っていたので、定期試験や受験対策の相談にのる内に懐いてくれて、家族での短大の卒業&就職祝いの席に招待された時は勝手ながら、立派になった娘を見送る父親の気分に浸らせて貰ったりもした。就職先は誰もが知る一流ホテル。彼女曰く、持ち前の生真面目さと、うちで磨いた接客スキルを駆使して勝ち取ったとの事だ。

 その後も、母にはぶつけづらい仕事の愚痴などを聞く為に父親役は継続中。俺では手も届かない世界で戦っている彼女に出来るアドバイスはもう無いので、せめてそのストレスの捌け口になるのなら僥倖だが、そろそろこう言うのは彼女の良い人の仕事ではなかろうかと心配もしてる。


「今日もここで良かったの?」

「はい。私、居酒屋とかよりこっちの方が好きなので。あ、でも、ビール…頼んで良いですか?」

「どうぞどうぞ。手伝って貰ったし、それくらい奢るよ」

 閉店作業後、俺達は最寄りのファミレスへ。件の卒業祝いもここだった。彼女のお母さんは当然もっと良い所でと思っていた様だが、彼女が頑として譲らなかったそう。


「それで、今日はどうしたの?」

 食事がてら一杯目を飲み干し、二杯目が届いた所でこちらから本題を切り出す。

「…あ…その…そうですね。えっと…実は私、仕事を辞めようと思うんです…」

「!?なんで?何かあった!?」

「あっ、違います違います!そう言うんじゃなくて…何て言うのかな…最近やっぱり、やりたい事と少し違ったなって思えてしまって…」

「あ…そう…。その違うって、どんな風に?」

「…前にも愚痴ってしまった事があったと思うんだけど、私、ずっとピリピリしてるのがやっぱり辛いんです…スタッフも、お客様も…。勿論、その緊張感が良い物である事は分かってます。…それでも、私はもっとくつろいで欲しいし、癒されて欲しいなって…。でもそれが…他でもないお客様から求めらていないなって感じられる事がまた続いてきて、それが…どうしても…」

「…そっか。」

 確かにああ言う所は決して休暇目的ばかりでなく、一流の舞台で戦い続ける一環として利用する人も多い。同じ接客業ではあるが、街の喫茶店とは根本的に客層も経営理念も違うだろう。そう言う事なら合う客層の仕事に移るのは悪くない。悪くないが…、じゃあどこが良さそうかなど俺には見当もつかない。どう伝えたものかと考えあぐねていたら、やがて彼女が口を開いた。

「…私…またミウラで働きたいな…」

…何と。そういう事だったか。それなら話が早い。

「そうなんだ。それなら相談に乗れそうだ。いや、丁度人手が欲しくてどこかに良い人居ないかなって思ってたんだ」

「ほんとですか!」

「ああ。給料は…向こうとは比べ物にならないけど、縁ちゃんがそれでも良いなら即戦力だし大助かりだよ」

「構いません。是非!」

「じゃあ今度マスターとも話さないとね。マスター喜ぶよきっと」

「…店長も、ですか?」

「勿論!…そっかそっか、縁ちゃん社員復帰か。いやー、それなら俺も安心して仕事辞められるよ」

「!?なんで?何かあったんですか!?」

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