世界の終わりのマジック:ザ・ギャザリング

阿野二万休

01 新宿の《稲妻/Lightning Bolt》[M10]


 誰もいなくなった新宿の、何も映さなくなったアルタビジョンに、それは描かれていた。《稲妻/Lightning Bolt》。M10のイラスト。


 生きて動いているのはもう、僕1人しか残っていない新宿駅東口。かつての賑わいはもう、遠い昔の無人の街。荒廃に負けてはげちょろげ、雑草に持ち上げられてるアスファルト。剥がれかけてる点字タイル。都市の抜け殻を足で蹴飛ばしながら僕は、ふらふら、そこに近づいた。


 近くで見てみても、たしかに《稲妻/Lightning Bolt》だった。M10の。


 僕はしばらく、巨大な、巨大すぎる、横も縦もメートル単位のイラストを見つめた。想定外の場所に、想定外のものを見つけてしまった頭の空白の中、ぼんやり、たぶんこれは歴史上一番大きな《稲妻/Lightning Bolt》だろうな……なんてよぎって、少し笑う。もう歴史なんてとっくに終わっちまってるのに。地球上で動いているのは僕しかいない。その僕ときたら、あちこちうろついて、どこで人生を終えるのが一番カッコいいかな、なんて考えてる始末。


 それで思いついたけど――《稲妻/Lightning Bolt》の前で死ぬってのは、なかなかいいんじゃないか? 最後の最後、クリーチャーが死滅したこの地球で、僕は《稲妻/Lightning Bolt》に撃たれて死ぬのだ。


 そいつはなかなか、気が利いてるじゃないか。


 バックパックを下ろし、中のナイフを抜いて、ぴたり、首に当てる。夏でも冷たい刃の感触。ああ、痛いだろうなぁ、でも、まぁ、もう生きている意味なんて、かけらも残ってない。何もかもが終わって、消えようとしてる世界で生き続ける意味なんて――




 その時まさしく稲妻みたいにフレイバーテキストが蘇った。そして、気付いた。アルタビジョンに描かれたイラストは、誰かが描いたものだ。わざわざここに来て、M10の《稲妻/Lightning Bolt》のイラストを、ペンキか何かで、こんな、こんな精緻な筆致で――





 まだ、誰かいるのか?

 僕以外に、誰かがこの地球に、残ってるのか?




 そして――そいつは――MTGをやってた――?




 アルタビジョンに、M10の《稲妻/Lightning Bolt》を描くほどに?




 気付くと、からぁん、と乾いた音がした。手からナイフが落ちていた。それでも僕は《稲妻/Lightning Bolt》を見つめてた。




 どくんっ、と、心臓が鳴る音を聞いた気がする。




 どれだけの間そうしていただろうか。やがて、この終わってしまった世界の中で、僕がやるべきことを思いついた。近隣の店をあちこちあさって見つからなくて、結局新宿の外れの画材屋まで行って、塗装用のスプレー缶を見つけアルタ前に戻る。そして、ぶちぶち、邪魔な地面の草をむしり、大きく、道路に書く。










〝 火花魔道士は叫び、彼が若かった頃の嵐の怒りを呼び起こそうとした。驚いたことに、空はもう再び見られないと思った恐るべき力で応えた。 〟










 書き終えたら、スプレーをリュックサックにしまい、僕は歩き出した。誰だか知らないし、もうとっくに死んでいるのかもしれないけど――アルタビジョンに《稲妻/Lightning Bolt》を描いた誰かに、出会うために。

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