四、







「ごちそうさまでした・・・ふう。本当においしかった」


 朝からおいしいごはんを食べた私は、満足のため息を吐く。


「ごちそうさまでした。ふふ。お粗末さまでした。そんなに喜んでくれて、嬉しいわ」


「お義母さんのお味噌汁、絶品ですから」


 昆布にしいたけ、鰹節など、具材に合わせて出汁を取るからか、お義母さんの作るお味噌汁は、味に深みがあって本当においしい。


 是非、伝授されたしとお願いして、教えてもらっているけど、まだまだ私ではこの味を出せずにいる。




 でも、朝也ともやは、大抵おいしいって言ってくれるんだよね。


 薄かったり濃かったりも、ちゃんと言ってくれるし。




「お義母さん。洗い物は、お任せあれです」


「お願いね」


 朝也とは、味の好みも合って、そこも嬉しいと思うし、食事の時に感想を言ってくれるのも嬉しい。


 おいしくもないのに褒められたくないし、ただ『おいしい』だけ言えばいいなんていうおざなりな感想もいや、だけど貶されるのはもっと嫌な私は、朝也の『これはちょっと』っていう、苦言じみた言葉に怒ったりもする。


 思えば、結婚して最初の喧嘩は、それが原因だった。


 でもすぐ、これが原因で感想を言わなくなるのは嫌だって言ったら『それはない』って言ってくれたんだよね。


 率直な感想は欲しい、でもそれで怒ることがあるなんて『面倒な奴』と思われてるかもな、それは嫌だけど、つい言っちゃうんだよな、なんて思いながらお茶碗を洗っていると、美里の可愛い声がして来た。


「あー、あー!」


「美里ちゃん。これ、この木の玉をね、こうしてここに乗せると」


「きゃああ!わああああ!」


 美里が、大絶賛、大絶叫しているのは、お義父さんが買ってくれた木製のおもちゃ。


 くるくる円を描く滑り台みたいになっていて、木目がきれいな玉を上から転がすと、くるくる回りながら滑り落ちて来る、いわゆる玉転がし。


 それが美里にはたまらなく楽しいらしい。


 お義父さんとお義母さんには、美里が初孫ってこともあるのか、本当に可愛がってくれている。


『まりもが幸せそうで、お母さんも幸せ。でも、何かあったらちゃんと言うのよ?』


 そして不意に、昨日実家でお母さんに言われた言葉を思い出した。


 いつも私のことを気にかけてくれる両親と、優しい義理の両親、そして朝也と美里。


 大切なひと、大好きな人たちに囲まれている私って、実は凄く幸せ者なのではと改めて思う。




 ・・・まあ、朝也には浮気されたけどね。










「美里ぃ。お夕飯は、ビーフシチュウを作ってくれるって。嬉しいね」


 お義母さんの言葉を思い出し、鼻歌でも歌いたい気分で、私はスーパーのカートを押す。


「あー」


 すると、カートの椅子部分に座る美里が、恨みがましい目を私に向けた。 


「なになに?『どうせ私は食べられない』って?ふふーん。美里には、特製の野菜スープを作ってくれるって言っていたよ。それも美味しそうだよね」


「あー!」


 分かっているのか、途端に機嫌よく笑う美里が可愛い。




 いやしかし。


 美里ってば、けっこう食い意地が張っているのでは?


 ・・・だけどまあ。


 よく食べるのは、いいことだよね?




『食べすぎに注意すればいいのよ』


 実の母と義理の母。


 ふたりの子育て経験者の言葉を思い出し、私はにこにこ楽しそうにお肉のパックに手を伸ばす美里の手を、そっと掴んだ。


「駄目だよ、美里。ぷっちんしないの」


「やあ!」


「やあ、じゃない。これは、このお店の品物。美里の物じゃないんだよ」


 美里は、スーパーのパックに指を突っ込むのが好きで、隙あらばと狙って来る。


 今はもう慣れたけど、初めてやられた時には目を瞠ってしまったよね。


 パックには、見事な穴が開いていて、きゃっきゃと喜んでいるんだから。


 当然、お買い上げしたけど、それからは厳重に気を付けるようにしている。


『まあ。まりもに似たのかしら。貴女は、よくお魚の目を潰そうとして大変だったわ』


 『ほんとに、どこで覚えたんだか』って、ため息ついてそんな美里の話をしたら、実家の母にそう言われてしまった。




 美里みり


 変なところ、似なくていいから。




「牛肉、牛肉。ビーフシチュウの牛肉」


「あー、あー、あー、あー」


 未だ昼間だからか周りに人影も無く、私は適当な節を付けながら、わくわくした気持ちで、美里と一緒に牛肉を選ぶ。


 ビーフシチュウは、私も朝也も好物だけど、如何せん牛肉は高い。


 だから、なかなか食べられないそれを、そんな金銭事情まで知っているお義母さんが作ってくれると聞いて、私は小躍りした。


 でも『朝也にも食べさせたい』って、ぽんと出た私の言葉に、お義母さんは人の悪い笑みを浮かべて『今夜はビーフシチュウだって教えてあげるといいわ。それで、絶対に呼ばないの』と宣った。


 


 朝也、地味に辛い罰を受けているよね。


 浮気なんて、するからだよ。




「山中さん?」


「え?」


 『ざまあみろ、とは、思わないけど』なんてことを思っていると、不意に名前を呼ばれた。


『そっか。姉ちゃん、山中まりもになるのか。山中湖にも、まりもいるよね』


 朝也ともやとの結婚が決まった時、いたずらっぽい笑いを浮かべて弟が言った苗字。


 最初はなかなか慣れなくて、返事するのが照れくさくもあった苗字。


 そして、大好きな朝也と同じ苗字。


 その苗字を呼ばれて、振り返った先に居たのは、笑いながら私に刃物を向けている女の人。




 え。


 刃物?


 なんで?




 スーパーの牛肉売り場という日常。


 いや。


 牛肉売り場というのが、私にはちょっと非日常だけど。


 そんな平和な場所で、私はきらりと光る刃物が自分に向かって来るのを見た。


~~~~~~

ありがとうございます。


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