お仕置き案件 ~その浮気。気づいていないと思ったら、大間違いなんだからね~

夏笆

一、





 結婚して三年。


 夫の朝也ともやが浮気していると知ったのは、可愛い可愛い私の娘美里みりが未だお腹にいる時だった。




 あんの、腐れ外道!


 私が苦しんでいる時に!




 浮気の事実に気付き憤るも、悲しいかな。


 職を持たない私が家を飛び出したところで、露頭に迷うのが関の山。


 それでも、ひとりなら朝也ともやに離婚を突きつけてやらかしかたも知れないけど、身重であれば慎重にもなって、私はこっそり、朝也が携帯を使う時、衝立代わりにしている鏡を、マジックミラーと差し替えるにとどめておいた。




 私って優しい?




 いやいや、これも作戦というもの。


 いきなり家出をすれば露頭に迷う一直線でも、ちょいと準備をすれば、周りに心配をかけることなく、朝也と別居出来る状況を作り出すことが出来る。


『まりも。お疲れ様。本当にありがとう・・ありがとう』


 そして美里みりが生まれた時、陣痛の、その最初から出産まで、ずっと付き添ってくれた朝也は涙ながらにそう言っていて、私もちょっとぐっと来た。


 でも、退院して日常生活が始まれば、ふとした拍子にもやもやが浮かびあがる。




 朝也ともやのやつ、あの浮気相手とはどうなっているんだろ?


  未だ、続いているのかな?




 そもそもが、朝也の携帯に相手から連絡が来たのを偶然見て、その後、朝也の様子のおかしさと、しみついた香水の匂いから断定するに至ったわけなんだけど。


 そういえば、それ以来、朝也ともやの行動に矛盾も無ければ、あの香水の匂いもしない。


 むしろ、美里みりが生まれた後は、ほぼ美里の匂いしかしないし、会社から帰る時間も一定している。


 ていうか、帰宅時間にぶれが無いのは、結婚してからずっとなのよね。


 大体がして、ずっと判で押したように同じ生活サイクルだったくせに、あの時だけ狂わせたら、浮気だってすぐにばれると思わなかったんだろうかと、我が夫のことながら遠い目になってしまう。


 朝也の行動パターンなんて、定時でまっすぐ仕事に行く、定時でまっすぐ家に帰るが定番で、そこに時折会社での付き合いとか、友人と会うってのが入るくらいなんだから。




 でも、私が気づいていないと思っているのよねえ。


 あの、あんぽんたん。




「ふぎゃ」


「おお、よちよち。きれいきれいしようねぇ」


 すっかり首も座って、更に色々な表情も見せてくれるようになった、可愛い美里みりのおむつを替えながら、私は決意した。


 


 やっぱり、もやもやは解消しよう。


 そうしよう。




「美里ぃ。おじいちゃんとおばあちゃんのおうちに、行こうねぇ」


 おむつも替え、お腹もくちたことで満足そうな美里を抱いて、私は用意のスーツケースをクローゼットから取り出すと、それをごろごろ引きながら家を出た。


 朝也ともやへの書き置きはもちろん『しばらく実家に帰らせていただきます』だ。


 さて。


 朝也は、どう出るかな。








「すみません、お義母さん。暫くお世話になります」


 美里と荷物を抱え、降り立ったのは勝手知ったる朝也の実家がある駅。


 今、朝也と美里と三人で住んでいる家からも、私の実家からも然程離れていないここが、私が選んだ逃亡先。


 いや、逃亡っていうとなんか私が悪いみたいだけど。


「いらっしゃい、まりもさん。美里ちゃんも、よく来たわね」


 にこにこ笑って迎え入れてくれる、義母の存在が心休まる。


 何を隠そう。


 朝也の浮気を断定した時、私はお義母さんにだけは話をした。


 だって、私の実家に言っちゃうと、取り返しのつかない大騒ぎになりそうだったから。


 うん、つまり。


 私も、本気で朝也と別れようなんて思っていないわけだ。


 でも、かなりの衝撃だったことは確かで、私はひとりで抱え込むことを早々に諦め、お義母さんに泣きついた。


 『浮気されて辛い、悲しい。朝也ともやに裏切られると思わなかった』と、いつも手土産に欠かさない、お義母さんの好物、栗羊羹も持たずにいきなり現れて、ぐすぐす泣いた私を、お義母さんは優しく抱き締めてくれた。


 そして、お義母さんとふたり、考えた朝也へ与える試練が今回のこれ。


<暫く美里みりと別々に生活させる>


 朝也は、とにかく美里を可愛がっているから、この方法が一番効くと私は踏んでいる。


これで朝也に『それなら離婚しよう』なんて言われたら、私がへこむかも知れないけど、お義母さん曰く絶対にそんなこと言わないそうだし、私もそう思う。


 だって朝也、人をだますとか嘘を吐き続けるとか絶対に出来ない。


 でも、秘密を守るってなると絶対で、そんなときの朝也は、凄く格好いい。




 ・・・ええと、だから。


 つまり何が言いたいかっていうと、たぶん、浮気はあの時の一回だけなんだろうなって思っているってこと。


 別に、朝也の良さを思い出してなんていない。




「ふぎゃ」


美里みりちゃん。あらあら、ご機嫌ななめかしら。知らない場所に来て、緊張しちゃったかな?」


「でも、思ったより大丈夫そうで、良かったです。やっぱり、お義母さんが居てくれると心強いのかな」


 私と同じでと、私は美味しいお茶を飲む。


 今日は、ちゃんと買って来た栗羊羹と共に。




 うん。


 おいしい。


 幸せ。



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お仕置き案件 ~その浮気。気づいていないと思ったら、大間違いなんだからね~ 夏笆 @hisuiusagi

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