3 言い過ぎちゃった



 ──翌日。

 さすがに二日連続で詐欺に遭うことはなく、無事始業前に登校した海斗は、クラス内の空気が微妙に変化していることに気付いた。


 それは、雷華に注がれる視線の変化。


 その美貌ゆえ、入学当初から居るだけで注目を集める存在ではあったが、今日は少し違った。

 その視線の中に、ネガティブな感情が混ざり始めていたのだ。


 ひそひそと話す女子たちの会話に耳をそばだてると、


「昨日のあれは男子が悪いよね」

「でも、鮫島さんも言い方キツくなかった?」


……といったやり取りが聞こえてくる。


 海斗は、昨日自分が登校する前に起こったであろう出来事を想像する。

 そして、窓際の席でひとり校庭を眺める雷華の姿を一瞥し……

 昨日の放課後に見た、寂しそうな横顔を思い出した。



 

 ──昨日に引き続き、海斗は雷華と未空と共に放課後の教室に残り、調査テーマについて話し合うことにした。


 まずは、それぞれが考えてきた案の発表から。

 雷華が提示したのは、『藍山市のご当地銘菓についての調査』というものだ。

 一通り話を聞き、海斗は、「ふむ」と頷く。


「確かに、藍山市には特産品のそば粉を使った銘菓が数多くあるからな。そういうのが好きなのか? 鮫島」

「別に好きってわけじゃないわよ」


 と、やはり否定で返す雷華。

 普通の男子ならここで会話が終わるのだろうが、全てを肯定で返す男・温森海斗の場合は違った。


「そうか。嫌いなものをテーマにするのも、かえって面白いかもな」

「はぁ? 嫌いとは言ってないし。むしろ大好きなんですけど」

「俺も甘いものは好きだ。何が一番好きなんだ?」

「あんたに教える筋合いはない」

「それもそうだな。言いたくないのなら無理には聞かない」

「言いたくないわけじゃないわよ! お饅頭! そば饅頭が一番好きなのっ!」

「おぉ。あれは美味いよな。昔、じいちゃんがよく買ってきてくれた」

「誰もそんな話聞いてないし!」

「あぁ、悪い。ちなみに、鮫島のおすすめはどこの店で……」

「ストップストーップ!」


 まるで格闘技のレフェリーのように、見兼ねた未空が手を広げ、会話を制止する。


「……温森くん。やっぱり君ってすごいよ」

「え、そうか?」

「うん。まさか雷華の好物を聞き出せる男の子がいるとはね。見てよ、このコの嬉しそうな顔。久しぶりに男の子と会話できて、昨日からちょっと浮かれているんだから」

「はぁ?! 浮かれてなんかいないし! つーかこっち見んな!」


 顔を赤くした雷華に吠えられ、海斗はそれ以上見つめるのをやめた。


「雷華と会話してくれるのはありがたいんだけど……このままじゃ一向にテーマが決まらない。温森くんも、無理に肯定しなくていいんだよ? 間違っていたり矛盾していたりすることは遠慮なく否定していいから。じゃないと話が進まない」


 と、困ったように笑う未空。

 海斗はすぐに頷き、


「わかった。以後、気をつける」


 そう、聞き分けよく答えた。




 しかし、未空が懸念した通り、その後の話し合いも平行線のままだった。


 海斗の考えた案を、雷華が否定する。

 それを、海斗が肯定する。


 雷華の考えた案を、海斗が肯定する。

 それを、雷華が否定する。


 結局は互いの案を全否定する形になり、話がこんがらがって終わってしまうのだ。




「雷華も雷華だけど……温森くんも、何と言うか……」


 三日後の放課後。

 西日が差し込む教室で、未空はこめかみを押さえた。


 その日も、海斗と雷華は互いの案を否定し肯定し、堂々巡りな話し合いを繰り返していた。

 ため息をつく未空に、海斗は目を伏せる。


「弓弦の言う通り、確かに俺の返答の仕方に問題がある。申し訳ない」

「ううん、雷華を否定しないでいてくれること自体はすごくありがたいんだよ? この会話を素でしているのなら、雷華の話し相手としてはこれ以上ない程の人材なんだけど……ただ、結論を出すための話し合いとなると、ね」


 仕方ない、と言わんばかりに首を振ると、未空は鞄から書類を取り出し、二人に差し出す。


「はい」

「……なによ、コレ」

「私が考えてきた調査テーマの案だよ。これ以上話し合っても埒が明かないから、もうこの中から選んでちょうだい」


 どっさり分厚いレポート用紙を、怪訝そうに受け取る雷華。

 そして、それを海斗にも見えるようにペラペラと捲り始める。


 そこに書かれていたのは、このような案だった。



・藍山市における過去五十年の気温の変化と、藍染湖の水位変動の因果関係について。


・藍山市から出土した土器の分布から、縄文および弥生時代の地形や生活を予想する。


・藍山市内の神社を取材し、「古事記」や「日本書紀」に登場する神々との関連性を調べる。



 ……などなど。

 つまり、端的に言えば、


「……めんどくさっ!」


 である。

 率直な感想を口にする雷華に、未空は呆れたように息を吐く。


「あなたたちが持ち込んだ、給食だとかご当地銘菓ランキングだとかの案よりよっぽど有意義な内容だと思うけど?」

「こんなん大学生がやりそうなテーマばっかじゃん! むりむり! めんどくさい!」

「仕方ないじゃない。久しぶりに雷華とまともに話せる男の子が現れたから極力口を挟まずにいたけど、一向に決まらないんだもの。さすがに限界。もうこの中から選んで」

「うぅ……だからって、何もこんな難しいテーマにしなくても……」

「じゃあ二人の案から決めよう。給食とお菓子、どっちにするの?」

「そ、それは……」


 先ほど散々話し合って決まらなかった案を再度突き付けられ、雷華はぐぅっと奥歯を噛み締める。

 それを見た海斗は「まぁまぁ」と仲裁に入り、


「そういうことなら、鮫島のご当地銘菓の案でいいだろう。元より俺は、何でもいいと思っているからな」


 そう淡々と言うが……

 それを、雷華はキッと睨め付ける。



「……いいわけないでしょ。ていうか、『何でもいい』って何よ? あんた、そうやってなんでも肯定して、相手に合わせてばっかりで、『自分』ってものがないの? そんなんじゃ一生、否定されっぱなしの人生になるわよ?」



 その言葉に、海斗は……一瞬、息を止める。

 しかし、すぐに自嘲気味に笑って、


「……うん、鮫島の言う通りだな。悪い、不快な思いをさせて」


 と、やはり肯定と謝罪で返した。

 その途端、雷華はおろおろと狼狽える。


「いや、ちがう! あたしが悪い! あたしが何でもかんでも否定しちゃうから……!」


 手を振りながら、慌てて否定する姿を見て、未空は困ったように笑う。


「あはは……私もごめん。意地悪なこと言い過ぎた。今日はこれ以上話してもまとまらないだろうし、少し頭を冷やして、また明日集まろっか」


 諭すように言う未空の横で、雷華はいまだ申し訳なさそうな顔をし、俯いていた。

 

 

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